猫獣人たかお 87

「おーい」
 誰かの呼ぶ声がする。この涼しい声は赤司だな。
「おーい、かずなりー」
「緑間くーん、高尾くーん」
「――邪魔者が来たようなのだよ。起きろかずなり」
「にゃん」
 真ちゃんが妙なところでシャイモードを発揮するのは知っている。オレはそれを真ちゃんの性格だと飲み込んでいる。
「ああ、こんなところにいたのか」
 嬉しそうな赤司と水森。
「ここはいいところだな。空気も美味しいし」
 真ちゃんがお世辞を言う。いや、お世辞なんかじゃない。ここはいい匂いがする。
「だろう?」
 赤司の言葉に得意げな響きが混じり込んでいる。
「流石、お前が自慢げに言うだけのことはあるな」
「世話しているのは庭師の伊東なんだがね」
「また来ていいか?」
「勿論だとも。君達なら喜んで迎えてあげるよ」
「浅井サンにも見せてあげたいなぁ」
 水森が呟く。良かったね。浅井サン。水森も浅井サンのこと、ちゃんと考えているよ。
「良かったら、浅井という男と一緒に水森君、君達も来たまえ」
「え? いいんですか?」
「ああ」
 赤司は、かなりいい男だと思う。ちょっと偉そうだけど、優しいし、オレ達のことも気遣ってくれるし。――顔もいいし。ちょっと降旗が羨ましくなった。
 それにしても、赤司、太っ腹!
「戻ろうか。セバスチャンが心配する」
 セバスチャンねぇ……ベタな執事の名前第一位だな。まぁいいんだけどさ。そのことで親に文句いう訳にもいかないだろうし。
「ここは真太郎が気に入ってたからねぇ。かずなりとしけ込むならここだと見当はついてたんだ」
「赤司……しけ込むなんて下品な言葉を使うな」
「ごめん。悪かったね」
 赤司が冗談半分という感じで謝った。
「ところで、他にお客さんが来てるよ。誰だと思う?」
 一瞬の沈黙を置いて真ちゃんが言った。
「――誰でもいい」
 嘘だ。真ちゃん、かなり気になってる。
 この俺の『真ちゃんの考えを読む能力』はかなり高性能なのだ。ぴるぴる。
「山田葉奈子だよ」
「ほう……」
 真ちゃんが余裕たっぷりに答える。正体がわかって安心したのだろう。
「こんなところに寄って行くとは、葉奈子は余程暇と見える」
「まぁ、本当はそんな暇でもないんだろうけどね……こう見えて僕も忙しいし」
「それにしては優雅じゃないか」
「今は仕事中と言うことにしてるしね。水森と話し合うと言う大義名分もあったし」
「え? オレ?」
 水森が動転したように自分を指差す。水森、主語が『オレ』になってるぞ。
「こら、赤司。水森をダシに使うななのだよ」
 真ちゃんが言う。
「ははっ。言われてしまったなぁ」
 赤司が笑う。水森は優しい顔でオレ達を等分に見ている。――そして言う。
「赤司さんは案外お茶目なんですね」
 赤司……この男はお茶目って言うのかなぁ……うーん」
「そうだねぇ。少なくとも真太郎より石頭ではないつもりだよ」
「な……赤司! お前……俺を引き合いに出すんじゃないのだよ!」
「そうだよ! 真ちゃんてこう見えて結構面白いんだよ!」
 真ちゃん派のオレとしてはここは応戦せねば!
「面白いとはどういう意味なのだよ。かずなり」
「かずなりにも言われてしまったな。――真太郎は真面目過ぎて面白いんだよ。でも、時々暴走するから気をつけて」
「オレは車じゃないのだよ」
 オレと水森が同時に笑った。
「かずなり! 水森! 笑うんじゃないのだよ!」
 真ちゃんがムキになる。こういうところは可愛いなぁ。
「真ちゃん、可愛い……」
 つい心の声が洩れた。
「……可愛いかね」
「僕は浅井さんの方が可愛いと……」
 赤司と水森は今度は理解に苦しむ、と言った態で首を傾げる。ふんだ。真ちゃんの魅力はオレだけが知っていればいいの!
「まぁ、冗談はともかく、皆、早く行こう。葉奈子が待ってる」
 ああそうか。葉奈子さんが来ているんだった。来ているのは葉奈子さんだけじゃないんだけど。
「もう少し待たせておいてもいいんじゃないか?」
 と、真ちゃん。
「そうだなぁ……彼女もいろいろ大変だったろうし、少し休ませるか。ゆっくり歩こう。真太郎。――涼、薔薇は好きかい?」
「はい。好きです。それから、下の名前で呼んでくださってありがとうございます」
 水森が赤司に頭を下げた。
「そう畏まることもないのだよ。赤司は気に入った人物は下の名前で呼ぶんだ」
 黄瀬ちゃんが気に入った人のことを名前の下に『~っち』とつけるのとおんなじか。
「それに、赤司はお前がいて助かったんだから。まぁ、尤も、赤司はマスコミ対応には慣れているのだよ。小さい頃から有名だったからな」
「でしょうね」
「だろうな」
 オレと水森が同時に言った。オレが軽く睨むと、水森が微笑んだ。うー、やっぱりオレこいつ苦手。
「真太郎。お前達もマスコミから身を護る術を覚えないとヤツらに骨までしゃぶられるぞ」
 怖い冗談言うなよ~。赤司~。
 つい怖くなって真ちゃんの方を見ると、真ちゃんは難しい顔していた。
「何、どったの? 真ちゃん」
「うーん。これはかずなりをテレビに出さない方が良かったかもしれないのだよ」
「でも、話に乗ったのはオレだし……」
「もう少し後でも良かったような気がするのだよ。ちゃんとマスコミ対策もして――」
「真ちゃん。近藤サンも駒井サンもいい人だよ」
「そう一人一人取ればいい人なのだよ。だから厄介なのだよ」
 何となく、真ちゃんの言いたいこと、わかる。
 敵意がある相手より、善意の相手の方が扱いがわからないというような……。
 例えば水森涼。
 いいヤツだし、努力家だし、眼鏡取ればイケメンだけど――オレにとってはどうもいけ好かない。好き嫌い分かれるキャラなのかにゃあ。水森って。オレは水森に似てるそうだから、オレにもそんなところがあるのかなぁ。
「涼、お前は黄瀬涼太と名前が似ているからすぐに覚えたよ」
「黄瀬君、いい人ですよね。水森っちと呼ばれてます」
 ――赤司と水森は仲良くなったようなのに。
 オレだって水森と喧嘩したくない。でも、どうしても喧嘩腰になっちゃうんだ。こんなオレ、嫌いだよ。
「かずなり。葉奈子に会うのは嫌か? 何か覇気がないが」
 真ちゃんの言葉にオレは首を横にぶんぶんと振った。
「ううん。葉奈子さんに会えるのは嬉しい」
「そうか。――葉奈子のことも許したか。かずなり。お前はこのところ急激に成長しているのだよ」
 だって、みーくんといた時の葉奈子さん可愛かったもん。前はあんなに怖かったけど……。真ちゃんはオレにとっていいことを言ってくれる。それだけじゃないけど、真ちゃんは好きだ。

2019.05.15

次へ→

BACK/HOME