猫獣人たかお 86

 弟ねぇ……。
 喜んでいいんだかわからないや。兄貴が水森だなんて。
 勿論、相手が真ちゃんだったら大歓迎だけど。交尾はできないかもしれないけど、真ちゃんと一緒にいるだけでオレはハッピーなんだにゃあ。
「赤司さん、あのう……」
 水森がおずおずと言う。
「サインしてくれますか?」
「ああ、いいよ」
 赤司、サインなんて書けるの?――と思っていたら、お手伝いさんに用意させた色紙にさらさらと書いていた。赤司もハイスペックだにゃ。
「赤司もサイン書けたんだね」
「ねだられることも多いからね」
 赤司がオレに向かって笑いかける。――ん? 今の自慢?
「ありがとうございます! 一生大切にします!」
 んあ~、なんだかにゃあ……。水森も意外とミーハーなんだにゃあ。
 そう言ったら多分真ちゃんに笑われるな。
「お前もミーハーなのだよ」
 ――って。おは朝狂の真ちゃんには言われたくないけどね。そう思いながらじっと真ちゃんを見ていると。
「何か言いたいことでもあるのか? かずなり」
 真ちゃんに尋ねられてしまった。
「別に」
「水森のことは気にしなくていいのだよ」
 ああ、真ちゃん、ずれた発言。オレは別に水森なんてどうでもいいのだよ――やっぱり真ちゃんの口癖ってどうしてもうつるなぁ。
 一緒に住んでるからかな。にゃへへ。
 今度は笑いが洩れたらしい。
「考えこんだり思い出し笑いしたり、今日のお前は気味が悪いのだよ」
 そりゃないぜ。真ちゃん。――オレは真ちゃんにぴとっとくっついた。赤司がくすっと笑った。
「ケーキでも食べるかい? 真太郎、かずなり、水森君」
「是非!」
 水森のとんぼ眼鏡の奥ではおめめがきらきら光っていることだろう。……やれやれ。

「このケーキ、本当に美味しいです!」
 水森がケーキを頬ばりながら言った。
「そうかい? 僕の好みで作らせたんだ」
「この紅茶も美味しいです」
「それはね……」
 オレは赤司の紅茶談議など右の耳から左の耳だった。
「後でお土産に持たせてあげるよ」
「ほんとですか!」
 水森のヤツ、喜んでる、喜んでる。
「で――」
 赤司がこほんと咳ばらいをした。何だって言うんだろう。
「水森君、等価交換という言葉は知ってるよね」
「? ――はい。ハガレンで見ました」
「何かをもらったら、その人にも何かをあげないといけないんだよ」
 赤司の言葉に、オレ達は固唾を飲んだ。赤司、水森に何か要求しようとしている。――何だろう。
「僕にできることは――」
 流石に水森は呑み込みが早い。
 赤司は言って色紙を取り出した。
「水森君、この色紙にサインしてくれたまえ」
 ――何と、赤司もミーハーだった!
「君のことはミステリードラマの死体役の頃から注目してたんだ!」
「えー? あの『硝子の扉』の?!」
「そう! 完璧に死体としか思えなかった」
 死体の演技って……上手いとか上手くないとかあんの?
「真ちゃん……」
「放っておくのだよ。かずなり」
 赤司と水森がきゃあきゃあ言い合っている。ウマが合うんだな。
 オレ達は無言でケーキを食べていた。ケーキは美味しいし、天気はいいし、まずは快適なおやつタイム。水森も赤司も慎しみがあるのかそんなにうるさくないし。
「オレ、散歩に行ってくるのだよ」
「待って、オレも」
 赤司と水森の仲の良さを見せつけられちゃ、オレも真ちゃんといちゃいちゃしたくなるのは当然のことじゃない?
「案内はつけなくていいね?」
 と、赤司。
「一人で行けるのだよ」
 真ちゃんがむっとして言う。水森がくすくす笑う。
「二人っきりにさせといてあげようよ」
 水森、すっかり言葉遣いが砕けている。
「じゃ、ごゆっくり」
 赤司がはんなりと笑いかける。赤司も浅井サンもいい男だし、水森は男を見る目はありそうだにゃあ。
 ――まぁ、でも、真ちゃんをゲットしたオレには敵わないよね。
 尤も、真ちゃんがオレのことどう思っているかいまいちわからないけれど。可愛がられているし、愛されている自信もあるけど――時々ちょっと不安なんだ。
 オレ達は外へ出る。日差しが眩しい。オレが真ちゃんのところに駆けて行くと、真ちゃんはぎゅっと肩に置いた手に力を込めた。
 もしかして、真ちゃんもオレと同じ――?
「薔薇園へ行くのだよ。かずなり」
「にゃん!」

 赤司家の薔薇園はそれはそれは立派なものだった。庭師が丹精込めて育てているらしい。
 オレは黄色い薔薇が特に好きだ。
「綺麗だな、かずなり」
「にゃん」
「お前、今日は大人しくないか?」
「そんなことないよ。いつもと一緒だよ」
「ならいいが……」
 オレ達はあずまやに向かう。
「やはり水森は嫌いか?」
「うーん、そうだねぇ……嫌いだけど、何だか憎めないや」
「憎めないのはお前もなのだよ。ちょっと」
 真ちゃんはオレの体を倒した。自然、頭の下が真ちゃんの膝に来るようになる。
「お前が猫だった時には――お前はよく膝に乗っかっていたよな」
「にゃあ……」
 何だかドキドキするんだけど……でも、嫌なんじゃなくて、体の芯がとろけるような――はっきり言って、かずなり超幸せでっす。
「赤司と水森を見てたら触発されたのだよ」
「えー、水森には浅井サンがいるじゃん。赤司には降旗がいるし」
「オレは邪な男なのだよ……」
 もっと邪になっていいよ。真ちゃん。全部受け止めるから。
 その体も爆発も――。オレは顔を手で隠した。
「どうした? かずなり」
 なんてことないその言葉も、低いエロボで言われるとどうしたらいいかわからなくなる。
「オレも邪なこと考えた。二人合わせて邪ブラザーズだよ……」
「――お前はネーミングセンスがないのだよ」
 ふふっと笑いながら真ちゃんはオレの頭や首を撫でてくれた。オレの耳がぴくぴく動くのを真ちゃんは優しく触ってくれた。

2019.05.01

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