猫獣人たかお 85

「見て見て! 高尾君! すごい眺めだよ!」
 水森涼ははしゃいでいる。子供みたい。これが将来の金の卵かねぇ……。
 まぁ、誘ったのはオレだし。文句も言えないけれど。
「少し前のかずなりを見ているような気分なのだよ」
 真ちゃんも嬉しそうだ。ふーんだ、何さ。オレの方が大人だったわい。
 今、オレは真ちゃんと水森と、赤司邸に向かっている。赤司は高校は京都だったが、また東京に帰ってきたらしい。赤司と結婚したら、降旗玉の輿だよな。
 オレは真ちゃんがいるからいいけど。
「わぁ、自然がいっぱい」
 水森は尚も嬉しそうだ。心和む風景と言えば言えなくもない。
 ――オレは別のことを考えていた。
 不死テレビにオレ達の話を持って行ったのは誰だろう。外国の人、と近藤サンは言っていたけど。
 どうでもいいっちゃどうでもいいんだし、下手に首を突っ込むと、好奇心猫を殺す(この諺は猫だったオレは真っ先に覚えた)ということにもなりかねないし。
 けれど、何となく気になった。――マザー・デボラかな。でも、それだと近藤サンが秘密にした理由がわからない。
 考えても仕方のないことだけど、頭の体操にはなる。
 不死テレビの人々は、近藤サン始め、皆優しかった。水森さえも――というか、オレ、水森には随分失礼なことをしたと思っている。オレが水森だったら怒っていたところだ。
「着いたぞ」
 真ちゃんが言う。運転手の方が車のドアを開ける。赤司が迎えに寄越した車だ。
 いつ見てもすごい緑。その緑の向こうに赤司家があるのだ。
「うーん、緊張するなぁ」
 特に緊張した様子もない水森が言った。
「――の割にはのんびりしてんじゃん」
「これでもドキドキしてるんだよ。赤司さんってどういう人なんだろう……」
「謎だよね」
「謎なのだよ」
 オレは真ちゃんと同時に言って、うん、と頷き合った。
「ミステリアスなんだね。素敵だなぁ」
 水森の、浅井サンに対する気持ちと赤司に対する気持ちが違うのはわかっている。多分、水森は純粋に赤司に憧れているのだろう。
「赤司、いいヤツだよ」
「ふぅん。羨ましいね。赤司さんとタメ口きけるなんて……」
「じゃあ、水森もそうすれば?」
「いやぁ、恐れ多くて……」
 水森はぽりぽりと頭を掻く。とんぼ眼鏡の奥の目がいやに澄んでいることに、オレは今改めて気が付いた。
「そんなに固くなるほどの人物ではないのだよ。赤司は」
 真ちゃんも話に割って入る。
「んー……でもねぇ……」
「早く行こうよ」
 オレは水森を急かす。
「そうだね。行こうか。賽は投げられたんだし」
 運転手の方が案内してくれる。チップははずまなくてもいいのだろうか。ここは日本だからにゃあ。それに、赤司とは友人だし。
「やぁ、待ってたよ」
 赤司がラフな格好で現れる。
「こんにちは。お初にお目にかかります。水森涼と申します」
 水森は赤司に向かってお辞儀をした。お初にお目に……だなんて、芝居がかっているのだよ。にゃあ、真ちゃんの口癖が移った。
「赤司なんてそんな大した者じゃないのだよ」
「黙れ真太郎」
 赤司がわざと低い声を出した。
「水森君、初めまして。確かに僕は真太郎の言う通り、ただの一介の大学生だよ」
 一介の大学生がこんなところ住むとは思えないけどね。降旗は幸運なのか不運なのか。
「君のことは知っているよ。ドラマは好きで観てるからね」
「あの……僕、獣人会に入りたくて来ました」
「獣人会か――」
 赤司がほんの少し眉を寄せた。
「入りたいって人は多いんだよね。相田さんと相談して、入会する人を選ぶという方式にしたんだ」
「まさかこんなことになるとは思いもよらなかったのだよ」
 と、真ちゃん。
「僕は或る程度予想はしてたけどね。僕は誰でも入会できる、という方針にしたかったんだけど、反獣人派の人々の動きもこの頃活発だからね」
「にゃあ」
 赤司の言葉にオレは返事した。オレだけ何も知らない。何も――。
「でも、比較的獣人に対して好意的な人は多いよ。水森君達がテレビで活躍しているおかげだよ。ありがとう」
「いやぁ……」
 あ、水森のヤツ、満更でもなさそう。
「その一方で、獣人のテロも増えているけどね」
「過渡期の混乱だと思います」
 水森が言った。
「獣人と人間が手を取り合って平和な世界を作ることができる日が、きっと来ますよ」
「だといいけどね」
 赤司はふわっと笑った。
 ――てっちゃん神様もそれを望んでいるんだろうな。だからこそ、テストケースにオレが選ばれた――んだろうな。多分。てっちゃん神様はああ見えていたずら好きっぽいところがあるもんな。
「赤司、かずなりがただの獣人でないことは知っているだろう?」
 真ちゃんの言葉に、赤司は頷いた。水森も。
「元々は猫だったんでしょ?」
 水森が言う。隠しても仕様がないから、オレも頷いた。
「僕は――生まれた時から獣人だったからね。皆そうなんじゃないかな。高尾君のことが知られれば、一大センセーションが巻き起こる」
「にゃ?」
 猫から人間に――デンプシィだってそうだったじゃないか。オレのようなのはそんなに珍しいかにゃあ。
 デンプシィが猫に戻った今、元猫として証言できるのはオレぐらいしかいないようなのはわかるけど。そう言えば、デンプシィは元気かにゃあ……。
 でも、オレのことはどこで調べたんだろう。水森のヤツ。
「水森、どうしてオレのことを?」
「――笑わないでよ」
「早く言え」
「――神様が枕元に立って、教えてくれたんだ。そういえば、高尾君はどことなく他の獣人と違うからね」
 てっちゃん神様……どこにでもふらふら出てくんじゃないよ……。まぁ、人は選んでいるのだろうが。
「真太郎。何げんなりした顔をしてるんだ?」
 赤司が訊く。
「またあいつかと思ってな――」
 真ちゃんはうんざりしているようだ。
「僕は――獣人会に入れるでしょうか」
「うん。水森君だったら大歓迎さ」
「やったー!」
 赤司の言葉に水森が小躍りする。贔屓と言えば言えなくもない。でも、無邪気に喜ぶ水森はちょっと可愛かった。
 これで水森も仲間か。やれやれ。
「高尾がその辺にいる普通の猫だったと言うことは、これからはあまり言って回らない方がいいんじゃないかな。真太郎も。特にマスコミの連中には」
「かずなりは普通の猫ではないのだよ。それに、水森には知っていてもらいたかったのだよ。今、ここで話すつもりだったのだよ。クロコのヤツ、先回りしやがって。――まぁ、言っても誰も信じないのだよ。かずなりが神様の力で猫から人間になった、なんて」
「僕は信じるよ。でも、どうして? 緑間さんはどうしてオレにそんな秘密を喋ろうと思ったの?」
「水森はかずなりに似ているからなのだよ」
「同類嫌悪だからね」
 オレは言った。それにオレが猫だったことはオレにとっては秘密でも何でもなかったし、秘密になるようなことだとは思ってもみなかった。だって、今だって猫時代の仲間大勢いるし――。それに……そうだ。真ちゃんだって猫獣人にされたことあったじゃん。すっかり忘れてたけど。
「オレ、アンタのこと嫌いだけど、オレはきっとアンタに似ているんだ。真ちゃんがそう言うんだもの」
「それは本当に光栄なことだよ。いつか言ったかもしれないけど、僕は高尾君、好きだよ。何だか弟ができたみたいで」

2019.04.20

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