猫獣人たかお 82

「にゃあ……」
「寝ている場合ではないのだよ、かずなり」
 真ちゃんの声がいつもより優しいような気がする。尤も、真ちゃんはこの頃いつでも優しいけどね!
「真ちゃーん、腹減ったのー?」
「そういう訳ではない。お前こそ疲れてないか?」
「そーだねー……疲れてないっちゃ嘘になるね」
「ピザ注文するから待ってろ」
 真ちゃんも流石に今は外を出歩くのは危険だと悟ったらしい。電話でピザを注文する。
「えーと、シーフードピザとグラタンピザと……後、チェダーポテトがあったら最高なのだよ」
 そして、真ちゃん、変な顔してオレを見遣る。
「どうしたの? 真ちゃん」
「相手が、「あなたはあの、今日の『おは朝』に出ていた緑間真太郎さんですよね?」と訊いてきたのだよ。――あ、はい。その通りですが」
 ふぅん。真ちゃん、有名人。真ちゃんがまた電話の相手と一言二言喋る。
「仕事中でなかったらもっとお話聞かせてもらうところですが、だって言ってるのだよ。今は仕事に専念したいんだそうだ」
「してないじゃん、全然」
「――だな」
 真ちゃんがくすりと笑った。
「じゃあ頼んだのだよ」
 真ちゃんが電話を置いた。
「バイト君かな」
「かもな。――もっと仕事に真面目に取り組むよう、言っておきたかったのだよ。普通ならもっとビジネスライクに話を進ませるのだよ」
 なるほど。真ちゃんの言う通りだ。
「ピザ食べながら課題やるのー?」
「それもいいが、今はとにかく課題に集中するのだよ。注文が届くまではな」
「はーい」
 オレが真ちゃんと一緒にノルマをクリアしようと頑張っていると、ピザが来た。配達員はオレ達が『緑間真太郎』と『高尾和成』ということにこだわることなく、温かいピザを渡してくれた。
「ちょっと休むのだよ」
 俺達はシーフードピザをはむはむ食べる。美味しいー!
「ねぇ、真ちゃん。このレポート、写真があると映えると思うんだけど……」
 オレが言った。
「むっ、そうだな……」
「写真撮りに行きたいなー」
「……今日は止めといた方がいいと思うのだよ。……騒ぎになっても困るし。――お、電話なのだよ」
 電話を取った真ちゃんがまたしても微妙な顔。
「どうしたの? 真ちゃん」
「バラエティー番組からオファーが来たのだよ。『イブニング6時』とかいうの。断っておいたがな」
「すごいなー、オレ達モテモテ?」
「というより、単に珍しがられているだけなのだよ……」
 真ちゃんが眉根を寄せた。
「これは、近藤さんの言う通りになるかもしれないのだよ。好むと好まざるとに関わらず、オレ達はスターなのだよ」
「えー?! 何かすごくない?」
「すごくないのだよ……静かな日常を返してくれなのだよ」
「でもさ、真ちゃんだって覚悟の上だと思ったんだけどなぁー……」
「まぁ、それはな」
 ピザを食べた後、オレ達は課題をやっつけた。
「終わったよん、真ちゃん」
「ああ……今度も店屋物か?」
「まだ食材は残ってるよ。オレが作るから♪」

 オレは台所に立った。鼻歌まじりで料理を作る。人間の食べる物の料理の作り方は大体覚えた。今では真ちゃんより上手いと言われる程。
 あー、いい匂い。今日は鮭汁だぁ。
「旨そうな匂いがするのだよ」
 真ちゃんの嬉しそうな声。でしょでしょ?
 ご飯も炊いてあるからねー。
「何だか、立場が逆になってしまったような感じなのだよ」
「?」
 オレは首を傾げる。
「オレがお前を拾った時には、オレがお前のご飯を用意してやったのに、今はすっかり逆転してしまったのだよ」
 あー、そゆこと。
「でも、真ちゃん、カリカリと缶詰とミルクしか与えてくれなかったじゃん」
「猫にとってはそれが一番いいのだよ。――まぁ、オレがあまり料理が得意でない、というのもあるかもしれんが」
「いやいや。真ちゃんのご飯だって充分旨いよ。リコさんや桃井サンに比べれば」
 そう言ってオレは慰めようと真ちゃんの肩に手を置いた。
「あの二人と比べられるのは些か心外なのだよ」
「あー、言ーってやろ言ってやろ。今真ちゃんが言った言葉、リコさんと桃井サンに言ってやろ」
「わかった。わかったから大声出すななのだよ」
 慌ててオレの口を塞ぐ真ちゃん。真ちゃんの手の力が抜けると、オレはニッと笑ってやった。
「ねぇ、真ちゃん。また真ちゃんの手料理食べたいな」
「そうか……では、期待して待っていろ」
「ラジャ」
「夕飯が終わったら、お前を食べたいのだよ――」
「にゃあん」
 オレができるだけ艶っぽい声で鳴いてやったら、真ちゃんの顔がマジになった。
 ん? これ? ご飯前にオレが食べられちゃうフラグ?
 でも――。
「やっぱり飯にするのだよ」
 真ちゃんはあらぬ妄想を追い払うかのように手をぶんぶんと振り回した。
 ああ、真ちゃん、照れてるんだ。かーわいい。
「真ちゃんて可愛いね」
「お前の方が可愛いのだよ」
「あ、火を消さなきゃ」
 オレはコンロの火を消して、ご飯と鮭汁、そして切干大根とニンジンや昆布を和えたものを用意した。本当はもっと用意できれば良かったんだけどにゃあ。
「今度はもっと豪勢な夕食にするね」
「いや、これでいいのだよ。――いただきます」
 真ちゃんがゆっくり噛み締める。
「――旨いのだよ」
「ほんと?」
「今度はお前のことも手伝ってやるからな」
「いいっていいって。無理しなくても。真ちゃんは掃除の方が好きなんでしょ?」
「拭いたところが綺麗になっていくのを見るのは悪くない」
 もうー。素直に掃除が好きって言えばいいのに。でも、真ちゃんらしいかなぁ。
「お代わりなのだよ」
「はいはい」
 なんか、テレビで観た新婚夫婦みたいだにゃあ。やることもやってるし。にゃん。かずなりのエッチ。
「どうしたのだよ?」
「にゃん。今持ってくね」
 オレは真ちゃんに鮭汁を持っていく。やっぱり温めた方が美味しかったかにゃ。でも、真ちゃんも早く食べたいだろうと思って。
「お前は魚料理が上手いな。猫なだけあって」
 普通の猫はそもそも料理なんかしないと思うけどにゃ。この間、魚を三枚に下ろす高等テクニックも身につけたよ。
「猫なんて、どうしようもない生き物だと思ってたけど、お前とお前の仲間は特別なのだよ。――かずなり、愛してる」

2019.03.21

次へ→

BACK/HOME