猫獣人たかお 79

「そういえばかずなり。近藤さんからメールが届いていたのだよ。――大丈夫かって」
「いつ?」
「ゆうべ届いていたらしい」
「――また、メールがいっぱい来たんでしょ」
「……ああ。処理しきれないくらいにな」
 真ちゃんはうんざりしたように溜息を吐いた。
「おは朝に出たら、きっとこんなものではないのだよ」
「そっか――」
 身の周りが変わって行く。――オレ達自身は何も変わっていないのに。それが、少し怖い。
 まぁ、それを覚悟でオレは動き出したんだけど。
「パソコン、壊れてない?」
「まだそこまではいかない」
「朝ご飯食べる?」
「そうだな」
「えーと……あ、冷蔵庫空だ」
「仕方ない。買い物に行くのだよ。かずなり」
「ラジャ!」

 ――買い物に行くと、二、三人の人に声をかけられた。動画を撮っている人もいる。
「真ちゃん……」
「何だ? かずなり。怖いのか?」
「ううん。そういうんじゃないんだけど――」
 何だか密かに見張られてるような気がして――。
 ええい、怖気づくな! たかおかずなり!
 今は真ちゃんと一緒だから平気だもんね。オレ達の関係をどうこういうヤツには見せつけてやる! オレは真ちゃんの腕に手を絡ませた。
「か……かずなり……」
「なぁに、真ちゃん、照れてんの?」
「いや、それもあるがしかし――大胆だな、お前」
 でも、今回は真ちゃんは無理に振りほどこうとはしなかった。
「ふふっ。夜は真ちゃんの方が大胆な癖に」
「――そう言うことはおは朝では言わない方がいいのだよ」
「うん!」
 オレ達はコンビニで買い物した。またコンビニの食料でごめんね、真ちゃん。スーパーまだ開いてないんだもん。
 そして、朝食の後、オレ達は揃っておは朝のホームページを観る。土・日はおは朝放送してないもんね。
 今日のラッキーアイテム。プラバンで作ったアクセサリー。
 そんなもの家にあったっけ、と思いながら真ちゃんを見ると――。真ちゃん、何やらごそごそしている。何か探してんのかな。
「良かった。あったのだよ」
 プラバンのアクセサリー、あったんだ――。さすが真ちゃん。死角なしだね。
「かずなりもつけるのだよ。二つあったから」
「いいの?!」
 オレはさぞ目を輝かせていたに違いない。わーい。真ちゃんからの贈り物だー。明日は返すね。
 真ちゃんのプラバンのペンダントは四つ葉のクローバー、オレはハート型ね。
「ふー。まさかの時の為に購入しておいて良かったのだよ」
「真ちゃん、さっすがー」
「何がラッキーアイテムになるかわからないからな」
 真ちゃんも些か得意そうだ。口元が綻んでいる。何だか知らないけど、良かったにゃあ。
「おは朝に出演したら、もう夏休みも終わるのだよ」
「そうだね――オレ達一躍有名人になってるって言う話だったよね」
「近藤さんはちょっとオーバーに言っただけなのだよ」
 その時、真ちゃんのガラケーが鳴った。――ラッキーアイテム用のだよ。いつも使ってるスマホは壊れちゃったもんね。
「もしもし、ああ、近藤さん。え?! もうですか!」
 真ちゃんがオレに向き直る。
「――もうオレ達のことが噂になっているらしい。ネットというのは怖いのだよ」
 ふーん……。
「真ちゃん、引き下がるの?」
「冗談! もしもし。オレとかずなりの関係は今度の『ゴールデンスタジオ』で公表するのだよ」
「真ちゃん……近藤サン何だって?」
「近藤サンは喜んでいるのだよ。これで話題作りが出来るって」
「よくわかんない人だな、近藤サンも」
「スキャンダルが飯の種って言ってたからな。もしもし――え、ああ、そうか。その週刊誌はまだ買ってないのだよ。ちょっとかずなりの身内に不幸があってな……」
 オレの母親のことだ。真ちゃん、あの時は話を聞いてくれてありがとう。オレは真ちゃんにすりっとする。
「こら、かずなり――いや、こっちの話です。……そうですか。火曜に『ゴールデンスタジオ』での対談収録ですか。――いえ、もう課題は終ったので、そちらに参るのだよ」
『ゴールデンスタジオ』――あの水森とも会うんだなぁ……。何かやっぱり複雑。
「わかりました。もうすぐ学校があるんで。はい。はい――切れたのだよ」
 真ちゃんが言った。
「ちょっと戻るのだよ――週刊誌を買って行くのを忘れたし」
「はあい」
「それから――人前ではあまりいちゃつかない方がいいかもしれないのだよ。その代わり――」
 真ちゃんはオレの耳元でこう言った。
「人目につかないところではたっぷり可愛がってやるのだよ」
 にゃーん……。真ちゃん、イケボ。お耳が幸せ。

 週刊誌の中身はほぼ予想通りだった。
「山田三郎……」
 真ちゃんはぎりっと唇を噛んでいる。オレも悔しかった。
 けれど、みーくんは最後に葉奈子さんとデートできて幸せだったと思う。
 それは、オレが保証する。みーくんは葉奈子さんがいて幸せだった。
 真ちゃんは唇が切れていた。
「真ちゃん、唇から血が出てる……」
 オレは真ちゃんの唇を舐めた。真ちゃんは自分の唇をバッとかばった。
 にゃあ……拒まれてちょっとショックだにゃあ……。
「何をするのだよ。かずなり」
「だって、血が出てたから……」
「これぐらい自分で治せるのだよ。――朝から煽るのではないのだよ」
 真ちゃんは真っ赤になって手で口元を拭う。
「……予想以上に出ていたのだよ」
「ほらー、やっぱりー」
「自分で手当てするのだよ」
 真ちゃんは応急キットを持ってきて、消毒する。
 にゃあ、つまんないの。
「人目につかないところではたっぷり可愛がってくれるんじゃなかったっけ?」
 消毒を終えた真ちゃんに向かって、オレはちょっと不機嫌な声で言った。
「ほほう……あくまでこの俺を挑発する気だな……」
 真ちゃんの眼鏡がきらりと光る。怖い。真ちゃんが眼鏡を外す。やっぱりイケメンだにゃあ……。
 オレが見惚れていると――。
 真ちゃんがキスをしてきた。
「にゃっ、にゃっ、こんなところで……!」
「うるさい! 誘惑したのはお前なのだよ! 今から掃除するところだったが、後回しにする!」
「にゃあああああああ!」
 真ちゃんはオレをお姫様抱っこして寝室に連れて行く。それからどうなったって? ――わかってるくせに。

2019.02.16

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