猫獣人たかお 78

「え――?」
 オレの、母親が? 亡くなった――?
「たかお、お前にとってはショックかもしれんがしかし……」
「ショックなんかじゃありません」
 オレは長老に向かって反論した。
 猫は――ある程度の年齢になったら親離れする。それだけのこと。俺は母親もとっくに亡くなったものと思っていたから。
 それに、オレには長老達がいるから――。
 でも、実の親に死なれたらやっぱり悲しいかな。そう思うオレは、人間に感化されているのかもしれない。
「かずなり……」
「真ちゃん……」
 オレは真ちゃんにすり寄った。
 もう親離れはしてるけど……。
 記憶の中の母は優しかった。だから、オレも他の猫に優しくしようと思った。
「お母さん……」
 オレは呟いていた。
「オレのお母さん、どこにいましたか?」
「隣町に住んでいたようだよ。親切な金持ちの人に拾われたらしい。たかおとたかおの妹には会う気はないと言っていた」
 長老が言う。
「幸せそうだった?」
「――多分な」
 良かった――お母さんが幸せで良かった。
 そう言えるのは、オレが真ちゃんの元で幸せに暮らせているからだけど――。
 お母さんも猫の天国に行ったのかにゃあ……。なっちゃんとは会えたのかにゃあ。
 いつかはオレも、猫の天国にいくのかな。でも――オレは獣人となってしまったからなぁ……。
「彼女の住んでいた家で葬式をやるそうだ。たかお、お前も参加するか?」
 長老が言う。
「ううん」
 オレは首を横に振った。オレも親離れしたいもんね。ここでお母さんのこと、お祈りするだけに留めておくよ。
「お前達のことも、忘れてはいないと思うよ。お前達の母親は」
 そっか。長老の言う通りなら、少しは気が晴れるかな。
 一人前に育ててくれてありがとう。お母さん。
 お母さんのことを思い出す時、胸がほわっとあったかくなる。
 でも、オレには真ちゃんがいるから――。
 だから平気。幸せ。
 なっちゃんもお母さんも猫の天国で幸せに暮らしているのがわかっているから……。

 オレは、お母さんとの思い出に浸っていた。もう親からは独立したつもりだったのに。
 お母さんの遺体は飼い主側にある。けれど、オレは真ちゃん家に帰って、そこに遺体があるかのように改めて母の冥福を祈った。
 オレは真ちゃんにお母さんのことを話した。
「お前を生んだ猫だからな。オレの恩人なのだよ」
 真ちゃん、嬉しいこと言ってくれる。それを聞いて、オレは泣いた。オレはかなり人間ナイズされているのかもしれない。
 お母さん……真ちゃんのこと、見せたかったよ。オレが幸せだってこと、伝えたかったよ。もう手遅れだけど。それから、オレの仲間達。もう皆帰っちゃったけど。
 でもオレ、本当はお母さんよりなっちゃんの方が好きだ。
 真ちゃんのことを愛しているのはそりゃもう絶対なんだけど……。
 今日は真ちゃんに抱かれてオレは眠った。

「たかお君」
 ああ、てっちゃん神様の涼しい声だ……。
「てっちゃん神様……カガミがいないね。どうしたの?」
「ちょっと喧嘩をしてしまいまして……」
 てっちゃん神様が苦笑する。てっちゃん神様達も喧嘩するんだ……。でも、訳は訊かない方がいいのかにゃあ。
「それはそうと、この度はご愁傷様でした」
 オレのお母さんのことだな。
「ううん。てっちゃん神様。気を遣ってくれてありがとう」
「実は、君の母親のララさんには何度か会ってます」
「そうだったんだ……」
 教えてくれてもよかったのに……。でも、オレのお母さんを知っていたとは、流石てっちゃん神様。一応神様なだけのことはある。
「君には自分のことは知らせないでくれ、と言っていました。もう子離れしたんだから――と」
 猫の世界は結構シビアだ。猫は親子でも、時期がくればスパン、と別れる。でも、何でだろう。オレの母だからかな。お母さんのことは嫌いになれない。
「ララさんは君達のことを話す時、嬉しそうでしたよ」
「なっちゃんは……」
「ああ。なっちゃんのことも気にかけてました――死んだと知った時はやはり泣いたそうです」
「二人とも、猫の天国にいるんだね?」
「ええ。幸せに暮らしています」
 てっちゃん神様の淡い色の眼がオレを射抜いた。
「それだけは、確かです」
 確信に満ちた声。てっちゃん神様は知っているのだろう。今、なっちゃんとお母さんが再会できてどんなに喜んでいるか。
「にゃあ……」
「因みに、みきお君もなっちゃん達に会いましたよ。皆、たかお君のことを気にしてます」
「どうして……?」
「ちょっと危なっかしいですからね。たかお君は」
「余計なお世話だよ。もう」
 オレはちょっとカチン、と来ていた。
「それに――ボクも何か気にかかるんです」
「何が?」
「それがわからないんですよ――ボクだって万能じゃありませんからね」
「ふぅん」
「そうそう。『ゴールデンスタジオ』、ララさんも観たようです。隣町の電気屋で。姿かたちが随分違っていたので最初驚かれたようです。たかお君だってわかってはいたようですが」
「……何か恥ずかしいな……」
 そういえば、月曜の朝にはおは朝に出るんだった。お母さんが生きていたら、カメラに手を振ってあげたのに……。
 でも、今までお母さんのこと、忘れていた。どっかで元気に暮らしているんだろうな、とは思ってたけど。オレはそれどころではなかった。
 母には母の、オレにはオレの生活があるんだから。
 オレは今まですっかり独り立ちした気分でいたのだ。でもオレ、独りで大きくなった訳じゃなかったんだもんね。
 離れていても、お母さんはオレのこと、愛してくれていたんだね。きっと、きっと――。そう――それに、オレの傍には真ちゃんもいたし。なっちゃんや長老もいたし。
 真の独り立ちとは、ひとりぼっちになることではなく、周りの存在と上手く共存していくことなのだろう。
 お母さんとも生前に再会できたら良かったのに……。ああ、だけどお母さん……きっとまた会えるよね。オレはそう信じているんだ。
 だから、それまでは、真ちゃんと共にいさせてくれる?
「あ、カガミ君……!」
 てっちゃん神様は彼の目の前に現れたカガミを抱き締めた。
「どこ行ってたんですか――探しましたよ」
「悪ぃ、クロコ……オレ、へそ曲げちまって」
「いいんですよ」
「よぉ、たかお」
 てっちゃんに抱き着かれたまま、カガミは手を挙げた。
「こんちは。カガミ」
 良かったね、てっちゃん神様。相棒――というか恋人?と仲直りできて。何で喧嘩したのかわからないけれど。
 しばらく二人きりになりたいんだろうな。ここを去ろうと思った時、パチッと目が覚めた。真ちゃんはオレの隣で綺麗な寝顔を見せていた。
 真ちゃんは眼鏡外しても綺麗だにゃあ……。オレが見惚れていると、真ちゃんも瞼を開けた。そして、にこっと笑ってこう言った。
「おはようなのだよ。――よく眠れたか? かずなり。何か、吹っ切れたような顔をしているのだよ」
 ――えへへ。そうかな。

2019.02.06

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