猫獣人たかお 76

「近藤さん!」
 真ちゃんが叫んだ。そして、俺の方を睨んだ。牽制の意味もあるのだろう。
 だーいじょぶだって、真ちゃん。オレ、余計なこと言わないよぉ。
「オレと真ちゃんは恋人同士だもんね♪」
「かずなり~」
 真ちゃんが地を這う声を出す。やばい。怒らせた。
「ふんふん、お似合いだよ。君達」
 近藤サンがのんびりと言い、駒井サンがちょっと、まずったな……という感じの顔で見ている。まずったな……駒井サンがどこでそう感じたかはわからないけれど。
「おは朝はお茶の間の奥様方も見てるんでねぇ……君達が恋人同士となると、俺の嫌いな騒動が起こる予感がするんだよね」
 駒井サンが人差し指でこめかみを叩く。
「や……すみません。駒井さん――オレはおは朝出られなくてもいいです。オレにはかずなりの方が大事ですから」
「にゃあ?!」
 皆さん聞きました?! あのおは朝狂の真ちゃんが、おは朝よりオレの方が大事だって言ってくれたよ!
「真ちゃん!」
「何をするのだよ、こら、かずなり! 離れろ!」
「公共の場で暴れないでくれたまえ!」
 真ちゃんと駒井サンの声が混じる。でもいいもんね。仕様がないもんね。
「何だ。駒井サン。アンタも案外しっこしがないなぁ」
「むっ、何だい、近藤君!」
「俺にとっては大歓迎なんだけれどね。こういう展開は」
「スキャンダルでもいいって言うのかい?」
「俺はそれで食ってきましたからね。『ゴールデンスタジオ』だってスキャンダルの嵐だし。――ここだけの話、うちのADとある獣人の役者はデキてますよ」
「――仕方ない。こうなったら一蓮托生だ。近藤君、緑間君に高尾君、私は君達に協力しよう」
「あ……ありがとうございます……」
 真ちゃんは感激で舌が縺れているようだった。
「緑間君、違うだろ。ここでは、『ありがとうなのだよ』、でいいんだよ」
 駒井サンはそう言ってウィンクする。結構軽い人なのかもしれない。
「あ……ありがとうなのだよ……」
「台本読んでおいてくれたまえ。それじゃ」
 駒井サンは去って行った。オレ達はぽかんとしていた。
「まぁ、彼も忙しい人だしね。それでも君達の為に時間を割いてくれたんだ。感謝するように」
「にゃんで近藤サンがエラそうにするのさ」
「はは、たかお君に一本取られたな」
「じゃれ合っている場合ではないのだよ。かずなり。お前も台本を読んでおくのだよ」
「帰ったらね~」
 オレ達は残りの料理を平らげた。
「ありがとう、近藤サン。お料理美味しかったよ」
「それは良かった、高尾君。じゃ、今度は月曜日に。俺もおは朝のスタッフには顔が利くんで見物させてもらうよ」
「はい」
「オレからもありがとうなのだよ」
「――緑間君。君が駒井サンに刃向かった時はびっくりしたよ。あの人怒ると怖いからね。でも――ほんと君達は愛し合っているんだね」
「そうでーす」
「ふん」
 オレは上機嫌だった。真ちゃんは眼鏡をカチャカチャ言わせている。
「駒井さんが協力しないとなると――俺も立場がなくなるところだったよ」
 近藤サンが言った。
「にゃあ? 駒井サンてそんなに権力あるの?」
「俺と同じくらいかな。だから、俺とあいつは対等に話せる。きっさま~とおれと~は」
「同期の桜?」
「そ。年も大体同じくらいだし」
「そうなの?」
「そうは思えなかったのだよ」
「へぇー、じゃあ、君達には俺はいくつぐらいに見えるんだい?」
「四十代かな」
 と、真ちゃん。
「三十代!」
 オレが答えた。
「高尾君のが正解だよ。――緑間君、俺達はそんなに老けて見えるのかい?」
「いえ、まぁ……近藤サンも駒井サンもこの世界に長くいてそうですし……」
「まぁね。俺はたたき上げだけど、駒井サンはエリートコースを歩いて来た秀才だし――けど、どこかウマが合うんだよなぁ……」
「にゃあ……」
 ウマが合う。確かにそうかもしれない。
 オレと真ちゃんはウマが合うと言う言葉とは程遠いけど――。
「でもね、駒井サンと会う時は最初はちょっと緊張するんだよね」
 にゃあ……オレも近藤サンの気持ちわかる。オレは駒井サンは平気だけど、真ちゃんがねぇ……。
 真ちゃん、機嫌悪い時は人を圧するオーラを放つもん。大分慣れたけど。
 でも、真ちゃんは優しい時はすごーく優しいから……。
 穏やかな陽の光。オレはとろんと眠たくなって来た。うとうとして来た……。
「大丈夫か? かずなり」
 真ちゃんが優しく訊いてくる。
「にゃあ……少し、眠い……」
 だって、オレ、猫だもん。
「こんなところまで引っ張り出して悪かったな。約束通りここは持つよ。君達が安上がりなんで良かった」
 食事のことを言っているのだろう。
「いいえ。近藤さん、駒井さんに会わせてくださってありがとうございます」
「真ちゃん、マザー・デボラに会いたいんじゃなかったの?」
「ああ。でも――駒井さんがいつか会わせてくれると思うから……」
「テレビ局にいなくて残念だったね。マザー・デボラ」と、オレ。
「ああ。でも、力のある占い師だ。きっとどこでも引っ張りだこなのだよ」
 真ちゃんは自分に言い聞かせるかのように言った。
「マザー・デボラの仕事を邪魔しては悪いのだよ……」
 真ちゃんはどことなく遠い目になった。その目はまだ見ぬ彼女を見ているみたいだった。
 近藤サンのスマホが鳴った。
「――あ、はい。え? マザー・デボラ?」
「な……繋がったんですか? マザー・デボラと」
「ああ、はいはい。もうすぐ帰って来られるんですか。お待ちしております。――え? 本当ですか? 確かにいますけど――緑間君、マザーが君と話がしたいそうだ」
「はい。お電話変わりました。マザー・デボラ、初めまして……えーと、日本語でいいんですよね。それにしてもどうしてオレなんかに話を――」
 真ちゃん、テンパってる。憧れの人と初めて言葉を交わすんだから無理もないけど。思えば、オレも真ちゃんと初めて会った時、そうだったのかなぁ……。もうあんまり覚えてないけど。でも、とても嬉しかった。真ちゃんもそうだといいけど。
「はい、はい――」
 真ちゃんの目元が光る。真ちゃんが眼鏡をずらす。
「あ、いえ、何でもありません。ラッキーアイテムのスイカ、ちゃんと持ってます。――え?」
 真ちゃんが心配そうな目でこっちを見た。
「――かずなり。お前の身近な存在に不幸が起こると……」
「――え?」
 オレは思い当たる節がないでもなかった。
「長老!」
 オレの尻尾はぴーんと立っていた。もしかして長老が――。だから、あの時、長老眠ってたの? いつも早起きの長老が? もしかして、長老、具合悪かったの?! オレが昨日のんきに『ゴールデンスタジオ』の番宣などしていた時に――。
「長老!」
「待つのだよ! かずなり!」
 走るオレと、それを追いかける真ちゃん。もう昼下がりの道は普段通りの顔に戻っていた。

2019.01.14

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