猫獣人たかお 75

「なるほど、『獣人会』か――赤司君の記者会見も話題になったな」
 近藤サンが独り言ちる。
「水森君が『獣人会』のことを高尾君に尋ねる――うん、いいかもしれないな」
「にゃあ……『獣人会』のことは多分赤司の方が詳しいと思う……」
「そうか。いずれ赤司君にも連絡するからいいとして――アニマルヒューマン保護機構も山田興業も今、大変らしい」
「山田興業?」
 オレが訊いた。
「山田三郎の会社だよ」
 あっ、そっか。山田三郎ね。
「山田三郎がどうして大変なの? 葉奈子さんのことがあったから?」
「いや――あの会社は前々から黒い噂があったんだ。そして――雨園みきお事件を今日発売の週刊誌がすっぱ抜いた」
「でもあれはもう時効じゃ……」
 今度は真ちゃん。
「そうなんだけど……獣人を真の意味で保護しようという機運が高まっている時だったからねぇ……スキャンダルとしては充分だろ?」
「一応、帰りにその週刊誌を買うのだよ」
 確か『ゴールデンスタジオ』の再現ドラマではその部分はカットされた気がする。あまりにもどぎついもんな……。獣人の子供だって観るだろうし。でも、この先どうなるかわからない。
「Y社では山田興業について追っかけるらしい。あの会社はそういう嗅覚だけは長けている」
「おいおい、近藤君、『ゴールデンスタジオ』のことを悪く書かれたからって、ここで陰口はまずいよ」
「そうですね、駒井サン――アンタも人のことは言えないと思うけど」
 そう言って二人はくつくつ笑う。業界人としての会話なのかにゃあ。かなり不穏だけど。
「こいつらとはあまり関わり合いになりたくないのだよ……」
 真ちゃんがこっそり言った。オレが頷いた。
「聞こえたぞ。緑間君、高尾君」
 にゃっ、バレた?!
 オレの尻尾がぴーんと立った。
「俺達テレビマンは悪く言われてなんぼなんだからな」
「近藤君、テレビマンは古いよ」
 駒井サンはまたもくつくつ笑っている。
「それにしても、私達の裏の顔を垣間見て、緑間君はがっかりしたかな?」
「――いいえ。このくらいのことは学校ではしょっちゅうですし――ただ、オレの目の前でスキャンダルの話はどうかと……」
「すまんね。テレビマンと一緒に過ごしていると感覚がマヒしてしまうんだなぁ。いかんいかん」
 駒井サンもテレビマンという言葉を使う。
「いえ――週刊誌のことを知ることができたのは大きな収穫だったと思いますが」
 そうだねぇ。多分赤司辺りならもう掴んでる情報だと思うけど。
「オレ達も共同戦線を張るか」
「ですね」
「それはありがたいのだよ」
 真ちゃんが如才なく言う。
「そうすると、うー……あのY社とも手を組まねばならんのか」
「近藤君、我慢我慢」
 駒井サンがなだめる。
「赤司君に仲介頼めないかな」
「近藤君……赤司君はいくらしっかりしてて将来お父様の跡を継ぐとしたって、まだ大学生だよ」
「大学生をなめてはいけない。政治の腐敗の為に立ち上がるのはいつだって若者、青年と相場が決まっている。俺達の親の世代だからよくわからないところもあるが、学生運動、すごかったらしいじゃないの」
「その通りなのだよ!」
 真ちゃんが大声で同意したので、駒井サンも近藤サンもびっくりしたらしかった。オレもびっくり!
「でも、赤司には学業にも専念して欲しいのだよ」
「ま、真ちゃんの言うこともわかるけど、赤司のことは赤司が自分で決めるよ」
「む……そうだな」
 俺に反駁されて真ちゃんが眼鏡を直す。
 気持ちい~い。一度こんなセリフ言ってみたかったんだ!
「勿論、緑間君にも協力してもらうよ」
「強力な味方が協力する……」
 真ちゃんが目を瞠った。何々? どうしたの?
「かずなり、お前……いつの間に伊月先輩の病気がうつったのだよ」
 病気とは酷い。後で伊月センパイにチクっちゃえ。
「オレがダジャレ言うの変?」
「いや、そんなことはないが……それに、身贔屓かもしれんが、伊月先輩より上手いのだよ」
「えへへ」
「君達……遊んでないで聞きなさい。もうすぐ大学も休みが終わるね」
 駒井さんが口を挟む。そうか……この盛りだくさんだった夏休みももう終わるんだ。
 寂しいな……。
「ええ。九月には」
 真ちゃんが答える。
「学校の方にも連絡しておきなさい。君達はこれから忙しくなるよ」
「まるでスターみたいなスケジュールになるね」
「オレも予定があるんですが……」
 真ちゃんが駒井さんと近藤さんに反論する。
 そうだよ。それに、オレにだって人権と言うものがあるんだからね。……オレは猫獣人だからにゃん権か。
「もう既に……スターと言うか有名にはなっているようですが……」
 真ちゃんは人ごみを思い出したのか吐きそうな顔をしている。
 真ちゃんて変なの。皆が吐いてるバスケの時は涼しい顔をしている癖に、人ごみには吐いちゃうなんて。――まだ本当に吐いた訳ではないけど。
「うーん、さすがゴールデンスタジオ。威力は抜群だね」
 駒井サンは涼しい顔をして言った。近藤サンが続けた。
「いえいえ。おは朝には敵いません」
「おは朝!」
 おは朝……その一言で真ちゃんが我に返ったようだった。
「おは朝の収録は……いつ……今日ですか?」
「ああ。まだ台本渡してなかったね」
 おは朝は生番組だ。駒井サンが時間を教えてくれた。月曜の朝に来て欲しいということだ。
「わかりました。台本、読んでおきます」
「まぁ、食べてからでもいいじゃない。急いだって碌な結果にはならないよ」
「はい……ありがとうございます」
 しかし、真ちゃんは食べるのは諦めて台本を覚えるのに熱中している。真面目なんだからなぁ、真ちゃんは。でも、そこが好きなんだよなぁ……。
 オレはコンソメを飲んだ。――美味しい。
「真ちゃん、このソテー美味しいよ」
「悪いがそれどころではない」
「じゃあ食べさせてあげる。あーん」
 真ちゃんはあーん、と口を開けて豚肉のソテーを食べる。そこで、ここがどこか気付いたらしい。ここが我が家ではないことに。
 オレと真ちゃんは口移しで酒を飲むこともあるんだけどね。
「しまっ……!」
 真ちゃんは焦っているようだった。近藤サンはニヤニヤしているし、駒井サンは目を見開いている。
「何と! 君達はそういう関係だったのかい」
「忘れて欲しいのだよ、死にたいのだよ……」
 何でそんなに照れているのかわからない。真ちゃん、真ちゃんが死んだらオレも死ぬよ。
「なんてね。君達がそういう関係なのは明らかだよ。噂にもなってたしね。それに今時『あーん』ぐらいじゃ誰も驚かないから」
 駒井サンがそう言うも、
「死にたいのだよ、死にたいのだよ……」
 と呟いている真ちゃんの耳には届かなかった。近藤サンは笑っていた。そして続けた。
「でも、緑間真太郎が高尾和成を性奴隷にしているという話は、もしかしたらスキャンダルになるかもしれないな。早くY社を取り込んだ方がいいかな。揉み消しやすいように」

2019.01.03

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