猫獣人たかお 74

 不死テレビの食堂――いや、レストランと言った方がいいかな――は、陽射しが差し込んで暖かかった。それにとても清潔で綺麗。
 三十代くらいのやり手のサラリーマンみたいな人が人待ち顔で座っていた。誰かにゃあ。
「待たせてすみません。駒井さん」
 えーっ?! この人が駒井サンなの?! ちょっとイメージと違う……。もっとラフな格好した人かと思ってた。ちょっと遠藤サンを思い出した。
「初めまして。緑間君。高尾君」
 駒井サンが真ちゃんに手を差し出す。真ちゃんは固くなりながら握手をする。
「は……初めまして……」
 真ちゃん、すっかりカチンコチンだ。そうだよねぇ。おは朝のプロデューサーと言ったら真ちゃんにとっては殿上人だもんねぇ。
「おは朝、いつも観てます。特に占いのコーナーは」
「本当? 嬉しいね」
 駒井サンは笑いながらオレとも握手をする。
「初めまして、駒井さん。真ちゃんおは朝の大ファンなんですよ。特に占いのラッキーアイテムは欠かさず用意するんですよ」
「毎日かい?」
「うん、毎日」
 オレの返答に駒井サンは鳩が豆鉄砲食らったような表情になった。
「あの無茶なラッキーアイテムを全部かい?」
「ええ」
 真ちゃんが真剣に答えた。駒井サンは笑い出した。
「あれはねぇ、緑間君。我々の間でもネタみたいなものだよ。『ああ、またマザー・デボラの無茶ぶりが始まった』って」
「そんなことはありません! オレはラッキーアイテムのおかげで何度も命拾いしています!」
「そうなのか……君、本当に今日のアイテムいちいち持ってきているのかい?」
「はい。今日のラッキーアイテムはスイカでしょう。カードでなく、ちゃんと指定された通り、果物のスイカを」
「――そうだったっけ?」
 駒井サンにもわからないようだった。木村青果店で買って来た物だ。真ちゃん、氷室サンよりも真ちゃんの方がムダ金使っている気がするよ……。
「貴方では話になりません。マザー・デボラに会わせてください」
「マザー・デボラはここにはいないよ」
 駒井サンがあっさり言い切った。
「な……何だって……?」
「彼女とはいつもはメールでやり取りしてるんだ。電話の時もあるけれどね。彼女も忙しい身でね。世界中を飛び回っている」
「さすが、マザー・デボラ……」
 真ちゃん、キラキラしてる。何だかますます尊敬の念を深めたようだ。好きな人がいるって幸せだな。尤も、オレは真ちゃんが好きなんだけどね。
「後でサインでも送ってきてもらおうか!」
「是非お願いします!」
 真ちゃんが意気込んで答えた。にゃあ……。
 それにしてもさっきから近藤サンのことを忘れてるようだけど……近藤サンは慣れているのかとち狂っている真ちゃんの様子を面白そうに見ている。
「たまにいるんだよな。マザー・デボラの占いを頭から信じ込んでいる人」
「彼女に連絡しておくよ。君達も連絡先、教えてくれないかい?」――駒井サンが言う。
「――喜んで!」
 あー、真ちゃんて結構単純だな。それに調子いいんだから、もう。
「もしかしたら、いつか、マザー・デボラに会えるかもしれないのだよ……」
「いつになるかわかんないじゃん」
 オレのセリフも真ちゃんには右の耳から左の耳なんだろうな……。マザー・デボラは真ちゃんにとって神に等しい人――いや、神そのものだもんな。
「俺からもマザー・デボラにメール送っとくよ。ここにいる熱烈なファンの為に。何か食わないか? お腹空いたよ」
 近藤サンが言った。オレも腹減ったにゃあ……。オレの猫耳も尻尾もへたっている。
「ああ、そうか。かずなり、何頼む?」
「美味しい物!」
 オレの言葉に近藤サンは苦笑した。
「不死テレビの食堂の料理はどれも美味しいよ。でも、そうだな――俺のお勧めはA定食だよ。値段も手ごろだしね。君達の分は俺が払うよ」
「にゃあ、ありがとうございます」
「おごってくださるんですか」
「まぁね――呼んだのは俺だし。食費ぐらいでケチケチしないさ」
「近藤君。私も緑間君達と話がしたいのだが」
「あ、どうぞ」
 駒井サンは結構偉い人みたいだった。
「駒井さん――発言力あるみたいですね」
 オレが言うと、
「んー、朝のドル箱番組おは朝のプロデューサーだからな」
 と、近藤サンが答えた。
「実を言うとね――来週のおは朝に緑間君と高尾君に出て欲しいんだ」
 ……え?
 真ちゃんもあまりの展開に言葉を失ったようだ。
「ダメかな?」
「ダメな訳ありません!」
 真ちゃんはガタッと勢いよく立ち上がった。
「おーい、メニューどうする?」
「オレもかずなりもA定食……じゃなくって!」
 真ちゃん、何だかあたふたしている。
「お……オレ達なんかがおは朝出てもいいんですか?」
「ああ。君はバスケの『キセキの世代』だし、高尾君は獣人だ。しかも二人ともイケメンだから話題性はバッチリだよ」
「オレ、トークはできませんが……」
「何を言ってるんだい。『ゴールデンスタジオ』観たけどなかなか話ぶりも達者だと思ったよ」
「話なら高尾の方が得意だと思ったんだが……」
「にゃ」
「大丈夫。MCは他にいるからね。君もおは朝観てるならわかっていると思うけど」
「真ちゃん、MCって何?」
 オレはこっそり訊く。
「司会進行役のことなのだよ」
 真ちゃんもこっそり返事する。
「色良い返事を待っているよ。この食事が終わるまでにね」
「いえ。もう、オレの心は決まっています。――かずなりと一緒におは朝に出演させてください」
「引き受けてくれるのかい。良かった。断られたらどうしようとそればっかりを考えていたからね」
「ラッキーアイテムを持っていれば大丈夫なのだよ」
「ラッキーアイテムね、うん、そうだね……」
 駒井サンが何となく笑っているように見えた。
「緑間君、その『なのだよ』と言うのは口癖かい」
「ええ、まぁ。――いつも使ってたら定着してしまったのだよ」
「面白いね。よし、それも活かすか」
 駒井サンがノートを取る。小さなノートだ。さらさらとシャープペンが動く。何を書いているのかはこっちからは見えない。プロデューサーのノートというのも一度見てみたかったんだけどにゃあ……。
「ところで近藤君」
「ん」
 近藤サンが返事とも言えない返事をした。近藤サンは続ける。
「今度の『ゴールデンスタジオ』は二時間スペシャルなんだが、緑間君と高尾君にまた出てもらいたい」
「え? ほんと?」
「それでね――」
 近藤サンはちょっと言いにくそうだった。
「高尾君には水森君と対談してもらいたいんだよ」
「にゃあ? どうして?」
 また水森か――うんざりするような気持ちがオレを襲った。ま、適当に話合わせておけばいっか。真ちゃんもおは朝に出られるってんで夢心地だし。
「君と水森君が獣人だからだよ。――でも、君にとっては水森君がどうも虫が好かないようだ、ということは浅井から聞いているがね」
「否定はしません。でも、出演を受ける代わりに条件をつけたいんですが――今度の放送では『獣人会』の話をしてもいいですか? 正式名称は『獣人の権利を守る青年の会』と言うんですけど」

2018.12.21

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