猫獣人たかお 73

 たかおかずなり、ただいま飼い主の真ちゃんと不死テレビに向かっております。てっちゃん達はもうとっくにそれぞれの家に帰ったよん。
「駒井プロデューサーに会うのが楽しみなのだよ」
 ――以上、緑間真太郎氏からのコメントでした。
「真ちゃんてほんと、おは朝好きだよね」
「おは朝の占いには何度も助けてもらっているのだよ。本当はマザー・デボラに会いたかったんだが」
「真ちゃん、さっきからそれしか言ってない~」
 マザー・デボラに妬いちゃうよ。全く……。
 それでも不死テレビは嫌いではないし、真ちゃんとのお散歩デートは楽しいのでオレは上機嫌だった。
「たかちん、たかちん」
 ――あ、この気だるげな声は!
「ムッ君! ……に、氷室サン?」
「やあ」
 氷室サンが片手を上げた。ムッ君、ゆうべはオレ達の家に来なかったんだよね。ムッ君はスナック菓子をサクサクと口に入れている。ムッ君はお菓子無しではいられない体なのだ。――自分で言ってたもん。
「どうしたの? ムッ君。氷室サンと喧嘩してたんじゃなかったの?」
「はぁ? いつの話?」
 そういやいつだったろ。最近のような気もするし、遠い昔のような気もする。
「君達、どこ行くの?」
 そう訊いたのは氷室サン。ムッ君じゃあ面倒がってオレらがどこへ行くかなんて気にもかけないもんね。
「不死テレビだよ~。そっちは?」
「大きいパフェが美味しい店に行くつもり」
「にゃ! オレもそっち行きたいにゃあ!」
「かずなり。駒井サンが待っているのだよ……」
「じゃあ真ちゃん一人で行きなよ」
「それでは意味がないのだよ。お前も乗り気だったじゃないか。不死テレビの皆に会えるって」
「にゃあ……」
「後で場所教えてあげるね。でも、本当に大きいから覚悟して食べないとお腹壊しちゃうよ。勿論、アツシ程の胃袋があれば別だけどね」
 ああ、氷室サンが天使に見える……。
「――青峰とタイガも平らげちゃうかもにゃあ」
「そうだね、あの二人もね」
 氷室サンはくすくすと笑った。やった。ウケた。
「紫原、あまり氷室さんにあまりムダ金使わせるのではないのだよ」
 真ちゃんが注意する。
「真ちゃん、有名になってお金がどんどこ入って来るようになったら一緒に食べようよ」
「そうだな」
 真ちゃんは優しい目をしている。元から優しかったんだけど、もっと穏やかな目を時々するようになった。
「みどちん、食べたそうな顔してる~」
 ムッ君がゆる~く言う。
「な、何をなのだよ」
「……パフェ?」
 オレが口を挟む。
 何だよ。真ちゃん。パフェ食べたいなら正直に言えばいいのに。
「アツシ……そろそろ行こう」
 氷室サンが焦ってる。どうしたのかな?
「うん、じゃあね。みどちん、かずちん」
 ムッ君はお菓子食べながらフラフラと、氷室サンはそんなムッ君の周囲を気にしながら歩いて行く。
「真ちゃんもパフェ食べたいの?」
「――今日は昼飯の約束があるだろう。もしどうしても食べたい時には今度な」
「真ちゃんだって食べたいんでしょ?」
「――そうじゃないのだよ……」
 真ちゃんは複雑な顔をしている。じゃあ何だって言うんだろう。
「どうせ紫原は氷室さんにたかるつもりだろう。どうしようもない。女と氷室さんを取り合って紫原が勝てる訳ないのに……」
 真ちゃんの声音が少し寂しそう。真ちゃんはムッ君とはオレより長い付き合いだ。いろいろ知ってんだろうな。
 ムッ君は、氷室サンが好き。
 でも、多分、氷室サンは女の子の方が好きだ。
 ――真ちゃんはどうなんだろう。オレのこと、好いてくれてるのはわかってるつもりだけど――。
 オスとして、魅力的なメスに惹かれる瞬間とかないのかにゃあ。マザー・デボラは論外として、リコさんとか桃井サンとか。あっちはあっちで迂闊に手を出せば修羅場が待ってるかもしれないけどね。
「ねぇ、真ちゃん。真ちゃんは人間のメスには興味ないの?」
 真ちゃんが電信柱に頭をぶつけた。
「かずなり……急に変なことを言い出すのではないのだよ」
「えー? 大事なことっしょ」
 そう言えば、真ちゃんはリコさんが初恋だって言ってたにゃあ……。
「オレは氷室さんとは違うのだよ」
「何それ、どういう意味?」
 真ちゃんは黙ってオレの肩を抱く。わー、真ちゃんいい匂い。オレを惹きつける爽やかな香りだ。
 真ちゃんは足が長いからどんどん歩いていく。オレなんかついていくので精一杯。
 オレ達は何か噂になっているようだ。
(あ、あの緑の髪の人――)
(名前なってったっけ。超イケメン)
(緑間?)
(ゴールデンスタジオ……ほら、高尾君もいるよ)
「高尾くーん、こっち向いて~」
「隣、緑間君よね!」
 何人かの女の子がはしゃいだ声を出すと、周りもぎょっとする。
「おー、あいつらテレビで観たぜ」
「テレビよりイケメンじゃねーの」
「サインもらっとく?」
 オレ達の周りにわらわらと人が集まってくる。
「押すな、押すななのだよ、お前ら」
「わー、テレビと同じ、変な語尾ー」
「高尾君もサインしてっ!」
 異常なのは、これが嫌がらせとかではないってことだ。嫌がらせならまだ対処の仕方があるんだけど。
「――逃げるぞ! かずなり!」
「アイアイサー」
「あ、待ってー!」
「かずなり様~」
 追っかけには獣人も含まれていた。オレにもファンがついたらしい。オレの中身はちっとも変わっていないのに、環境だけ変わったみたいだ。
 そうか――これが有名になると言うことか。
 オレ達はきゃあきゃあと主に若い男女に押されながらテレビ局へやって来た。
「……着いたのだよ」
 真ちゃんは、はあはあと肩で息している。オレも。
 オレ達、運動しているから体力は有り余っているはずなのに、普段とはまた違うエネルギーを消耗したみたいだ。――バスケならそんなに疲れないのにな。やりたいな。バスケ。
「おはよう、緑間君、高尾君」
 何で、テレビ局って挨拶がおはようなんだろう。
「もう十二時半っすよ、近藤さん~」
「あはは。高尾君はへろへろだね」
「笑い事じゃないですよ~」
「こんなことになるなら赤司に頼んで車を回してもらえば良かったのだよ」
 真ちゃんは自分専用の車を持っていない。でも、人に運転してもらう真似はみっともないと言っていた。これでも真ちゃん、免許はあるんだけど。
 その真ちゃんがプライドをかなぐり捨てて、『赤司に送ってもらいたかった』と言うようなことを口にするのは、余程さっきの騒ぎに懲りたんだね~。冗談かもしれないけど。ていうか、タクシー拾えば良かったじゃん。
「とにかく、駒井さんがお待ちだ。今日は仕事が早く終わったらしい」

2018.12.12

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