猫獣人たかお 72

「あ、不死テレビの近藤さんですか? 緑間です。――はい、はい。たかおならいますが……かずなり、電話だ」
 真ちゃんが受話器を渡してくれる。
「はい、たかおですが――」
「ああ、高尾君? 近藤だけど――今日の昼、社食おごってあげるよ。だから、不死テレビに来てくれるかなぁ」
「うん。俺はいいけど――」
 オレは受話器の送話口(最近覚えた言葉だから使いたいんだ)を抑えて真ちゃんにこう訊く。
「真ちゃん。近藤さんと昼食だって。真ちゃんはいいの?」
「かずなりが良ければいいのだよ」
「いいそうです」
「良かった。それで、君達にも会わせたい人がいてね――」
「誰です?」
「『おは朝』のプロデューサーの駒井さんも同席していいかな」
「おは朝――?」
 真ちゃんがおは朝のラッキーアイテムにこだわっているのは知ってる。そういやおは朝も不死テレビだったな。
 おは朝をチェックするが真ちゃんの毎日の日課だった。
「おは朝がどうしたのだよ」
「ああ。昼飯におは朝のプロデューサーも一緒に来るって」
「何ッ!」
 真ちゃんの眼鏡の奥の瞳がぎらりと光った。それはまるで思いがけなくバーゲン会場を見つけた時の主婦のようで――俺の例えもちょっと正確じゃないかな。それよりももっと迫力あったもん、真ちゃんの目。んーと、餌を見つけた、鷹?
「貸すのだよ!」
 真ちゃんが受話器をオレからひったくる。えーん。何すんだよぉ。
「あ、近藤さん、お電話変わりました。はい、行きます。マグニチュード8の大地震があろうと――死んでも行きます! それであの……お願いがあるのですが……マザー・デボラのサインをですね……」
 マザー・デボラと言うのは、おは朝の占いコーナーのおばさんのことだ。ラッキーアイテムとかもこの人が決めてんだろうな。
 でも、真ちゃんも結構ミーハーだな……オレはくすりと笑った。
「ああ。おは朝のプロデューサーに会える……」
 真ちゃんの頬が上気してピンク色になっている。オレの恋敵は水森などではなく、駒井さんかもしれない。
 プロデューサーでこれなんだから、マザー・デボラと言う占い師に会ったら、真ちゃん、感激で失神してしまうのではなかろうか。
「ありがとう、黒子。お前が電話線を繋いでくれたおかげでおは朝の関係者に会えるのだよ」
「はぁ……」
 感動している真ちゃんに比べ、てっちゃんは気のない返事をした。てっちゃんもまさかこんな展開になるとは思いもしなかったのだろう。――電話線は再び引き抜かれた。
「おーい、うっせぇぞー」
 青峰が言った。そっか。もう朝か――つか、夜明けか。
「真ちゃんがおは朝のプロデューサーに会えるの、楽しみにしてるんだ」
「――はん、下らねぇ」
 真ちゃんが聞いたら怒りそうなセリフだ。真ちゃんの耳に入っていないようで良かった。
「俺はまだ寝る」
 はいはい。勝手に寝て下さい。青峰さん。
 でも、こんなにとち狂った真ちゃん見るの、珍しいかもね。
「私も起きてたんだけど――」
 と、リコさん。大学の男バスのカントクなのに、普段はデコの可愛い女の子。皆、このキュートな女の子が男バスの監督だなんて聞かなきゃわからないだろう。
 そして――
「今朝は朝ごはん私が作るわね」
「やめてください。それだけは」
 ――ものすごく料理下手だと言うことも。オレは土下座して丁重に断った。
 いや、料理下手と言うのとも違う。一応、食べられるのは作れる。ただ……リコさんの料理は一種のテロだ。
 真ちゃんだって、
「リコと桃井の料理は命ある間は決して食いたくない」
 と、言っている。
 相田リコと桃井さつき。性格もおっぱいの大きさも全然違うのに、料理の腕だけは似ている。桃井サンの料理もリコさんの料理と似たり寄ったりなのだ。
「ポイズンクッキングを作るヤツ、桃井の他にいるとは思わなかったぜ」
 ――前に青峰が言っていた言葉だ。タイガもその横で頷いていた。そういや、青峰とタイガも似た者同士だにゃあ。
「オレ、ちょっとコンビニ行って買ってくるよ」
「たかお君、あんまりコンビニ弁当が続くと体に悪いわよ」
 そう言うセリフはせめてまともな料理を作れるようになってから言ってください。
「じゃあオレが作るよ。こう見えてもオレ、真ちゃんより料理上手いんだぜ」
「オレを引き合いに出すななのだよ」
 あ、真ちゃん聞いてたの? まだ夢見心地なのかと思ってたよ。
「まぁ、かずなりならリコよりもマシな料理作るのだよ」
「緑間君。それ、どういう意味?」
 リコさんがむくれる。真ちゃん、怖い物知らずだねぇ。
「言った通りの意味なのだよ」
「まぁま、二人とも喧嘩しないで」
「作るならボク、手伝いますよ」
 ああ、てっちゃん――助かった。険悪なムードが一挙に解消した。
「リコ、こいつの料理は良くも悪くも普通だからな」
 真ちゃんの言うこいつ、とはてっちゃんのことだ。てっちゃんは本当に普通だからなぁ。こんなに普通でいいのかと思うくらい。影はすんごい薄いけど。
「そうね……食べたことあるけど」
「えー? テツ君が朝ごはん作るのー?」
 このキラキラな声は桃井サン。
「はい。――手伝わせてくれませんか? たかお君」
「てっちゃんなら大歓迎だよ」
「――全く皆して……私の時とは態度違うんだから……」
 リコさんがぶつぶつ言っている。日向サンと上手くいったら彼に食べさせてあげて。
「じゃ、今日はボク達が作りましょうか」
 てっちゃん、仕切る。
「うん!」
 冷蔵庫にはまだこの間の残りがある。昨日はコンビニの食料で済ませたからにゃあ。冷蔵庫の物も早く片づけないと悪くなっちゃう。
 でも、この人数で足りるかにゃあ。胃袋がブラックホールの人も二人いるし(タイガと青峰)。
 やっぱり最終的にはコンビニにお世話になるかもしれない。
「豆腐がありますね。冷ややっこが作れます」
「てっちゃん、冷ややっこ好きなの?」
「火神君が好きなんです」
「タイガなら何でも食べそうだけど……」
「そうですね。基本的には何でも食べます」
 そのタイガは天下泰平に寝ていた。
「タイガのこと、良く知ってるんだね。てっちゃん」
「それはまぁ、相棒ですから」
「飼い獣人じゃないの?」
「ボクは火神君を飼っているなんて思ったこと一度もありません。彼にはいつもお世話になってますし」
「でも――タイガはオレと同じ獣人だよ」
「関係ないでしょう。緑間君とたかお君も相棒でしょう? ね、緑間君」
「当たり前なのだよ」
 相棒だと思ってくれるの? 獣人のこのオレを。てっちゃんも真ちゃんも。
 オレは――突然叫び出したくなった。
「てっちゃん、好き! 真ちゃん、大好き!」
「……光栄です」
「当たり前なのだよ」
 そう言いながら二人は何となく照れているようだった。
 獣人は、蔑まれ、蹂躙され――或るいは好き勝手に愛されるのが常だと思っていたのに――。オレは、何てラッキーなんだろう。こんなに理解者に囲まれて。やはりてっちゃんや真ちゃんは獣人会――『獣人の権利を守る青年の会』のメンバーになるだけのことはあった。
 オレは鼻歌を歌いながら味噌汁を作り始めた。

2018.11.30

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