猫獣人たかお 71

 皆、夢の中にいる――。
 オレ達はすんでのところでリコさんと桃井サンのポイズンクッキングを食べる羽目にならなくて済んだ。皆、健康そうな寝息を立てている。ちょっとしたパジャマパーティー。オレ達着のみ着のままだけど。
「かずなり……?」
 あ、起こしちゃった? 真ちゃん。
「今日は……早く目が覚めたのだよ。かずなりは眠れないのか?」
「――さっきまで寝てたけど」
「来い」
 真ちゃんのお達しとあらば仕方がない。オレは喜んで真ちゃんにぴとっとくっついた。
「えへへ。くっつき虫~」
 青い闇の底で真ちゃんがふっと微笑ったのがわかる。
「今日も暑くなりそうなのだよ」
「そうだね」
 こんなこと話したい訳じゃないのに。オレ、もっと他のこと話したかった。好きだよ、とか、愛してる、とか。
 真ちゃんはやっぱり電話線引っこ抜いちゃった。だから、オレ達静かな夜を迎えている。
「オレ、真ちゃんに拾われて良かった」
「――お前が来るまでは……猫など嫌いだったのだよ。今でもそう好きな方じゃない。お前以外はな」
 オレはくふんと笑って真ちゃんの肩に顔をこすりつける。
「やめるのだよ」
「――どうして?」
「……まだ治まっていないのだよ」
 それで、何となく真ちゃんの言いたいことがわかった。オレは小声で言った。
「真ちゃんのエッチ」
「ほっとくのだよ」
 まぁ、確か真ちゃん二十代だもんねー。したい盛りだもんねー。オレもだけど。
「毛布があるからバレていないだけなのだよ」
「うん。ちょっと今は涼しいね」
「かずなり……」
 真ちゃんの掠れた声がして、唇奪われた。
「にゃーうん」
「あのな、かずなり。こいつらが帰ったら――」
「にゃに?」
「思いっきり抱かせてもらうのだよ」
「オレ、真ちゃんに抱かれるのだーい好き」
「かずなり……」
 真ちゃんの声には情欲の兆しがあった。やばい。オレも勃っちゃいそう……。オレだってオスだもんな。でも言いたいこと言えるようになって良かった。
「真ちゃん……大好き」
「ああ……」
 真ちゃんが満足げに息を吐く。真ちゃんの全てが好き。
「真ちゃん……」
 オレ達はくっついたまま朝を迎えようとしていた。
 夏の朝は早い。
 どこかで新聞配達の人が新聞を入れた音が聞こえた。
「かずなり……オレも好きなのだよ。お前を拾って良かったのだよ」
 オレ達は笑いながらつつき合った。尤も、皆がいるので本番まではいたすことができなかったが。
「なぁ、かずなり……もっとお前のことを聞かせて欲しい。――いろいろと」
「オレも真ちゃんのことが聞きたい」
「オレなど――大した経験などしていないのだよ」
「じゃあ、オレも」
「何だ? その、『じゃあ、オレも』と言うのは」
「さぁね」
「お前はいろんな体験をしたはずなのだよ。アニマルヒューマン保護機構に誘拐されそうになったり、山田葉奈子にそのう……性奴隷にされたり……」
「聞きたい?」
「無理はしなくていいぞ」
「――オレは真ちゃんの性奴隷だよ」
「またまた……意味がわかって言ってるのか?」
「うん。いろいろ勉強したから。それで、『ああ、やっぱりオレは真ちゃんの性奴隷なんだ』って思ったの」
「違うのだよ」
「え?」
「お前はオレの――恋人だからな」
 恋人……。
「オレ、獣人だよ」
「見ればわかるのだよ」
「人間でなくても――恋人にしてくれる?」
「当たり前なのだよ。というか、もうとっくにそのつもりでいたのだよ」
「真ちゃん!」
 オレは真ちゃんを抱き締めたかった。毛布が邪魔をしなければ。
 オレも――ずっと前から真ちゃんの恋人のつもりでいたのだよ。……真ちゃんの語尾がうつっちゃった。
「ん……」
 誰かが声を出して寝返りをうつのがわかる。この家で、起きているのは真ちゃんとオレ、二人だけ。黒子ですらまだ寝てる――みたいだ。
 青峰やタイガはいびきうるさそうだなぁと思ってたけど、案外静かだ。タイガの耳がぴくぴく動く。
「二人きり、か――」
 何だ。真ちゃんもそう思ってたの。
「全く本当に二人きりだったらどんなにいいかしれないのだよ」
「うん」
 オレ達、二人きりでどっか他のところに言って、ヤッてヤッてヤリまくって――『愛のコリーダ』じゃないけどさ。
 別に真ちゃんが観た訳じゃない。真ちゃんはそう言う映画を忌避する。オレが雑誌で見かけたのだ。
 あ、これ、オレ達のことじゃん、て。でも、オレは阿部定にはなれそうもないにゃあ……。
 だって、真ちゃんの体、どこも傷つけたくないもん、真ちゃんの綺麗な体……。局部だって切りたくない。真ちゃんの体はどっこも切りたくないの。
 だから、オレは――。
 部屋の中に窓から白い光が差し込んで来た。電車の通る音。
「あ……おはようございます」
 てっちゃん……。
「黒子……聞いてたか? 今の」
「何がですか?」
 てっちゃんは眠い目をこすっている。
「あんまり目をこするのではないのだよ。角膜を傷つけるのだよ」
 真ちゃん、やっさしー。
「そうですね……ありがとうございます」
 てっちゃんがにこっと笑った。
「礼を言われる筋合いはないのだよ」
「いえ――緑間君はたかお君に会ってから、何だか優しくなりましたね」
「そ、そうか?」
 真ちゃんは慌てふためいている。真ちゃんは前から優しいよ。ただ、誤解を受け続けただけで――。
「真ちゃん、いい子いい子」
「何するのだよ、かずなり」
 真ちゃんて可愛いなぁ……。そう思っていた時だった。――てっちゃんは起き上がって電話線を繋いだ。
 途端にりりりりり、と電話が鳴った。
「黒子――何勝手なことしているのだよ」
「緑間君達に現実を見せてあげようと思いまして」
 ――電話は近藤サンからだった。

2018.11.19

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