猫獣人たかお 7

「いたのか、黒子……」
 真ちゃんが呟く。てっちゃんの頬が膨らむ。
「やめてください……地味に傷つくんです。……そういうの」
「……悪かった」
 真ちゃんは自分が悪いと思うと素直に非を認める。そういうとこ、好きだな。
「オレはかき揚げうどんにしようと思っているが、お前はどうする?」
 真ちゃんはオレの方を振り返る。オレは答えた。
「何でもいい。真ちゃんの好きなものなら」
「おいおい。昼飯の内容までオレに合わせなくていいのだよ」
「でも、真ちゃんと一緒のご飯、食べられるのが嬉しいから」
 真ちゃんは赤くなってそっぽを向いた。
「あざと過ぎなのだよ。かずなり……」
「?」
「――ラブラブですね」
 てっちゃんが真ちゃんにとどめを刺した。
 オレと真ちゃんとてっちゃん達は一緒に食べることになった。勿論、黄瀬ちゃんも。
「ここのかき揚げはごぼうと人参だけなのだよ。猫の獣人でも食べられるな」
「緑間君……猫の獣人は玉ねぎとかイカとかも食べられますよ」
 てっちゃんが冷静にツッコミを入れる。
「ああ、そうだった。すっかり忘れていたのだよ」
「基本的には、獣人は人間と同じですからね」
 てっちゃんが微笑む。その隣ではタイガが丼をかっこんでいた。
「いつも思うんだけど、火神っち食い過ぎじゃねぇスか?」
「でも、いっぱい運動しますから」
「あー、なくなっちまった……物足りねぇな」
「良かったら僕のどうぞ」
「おー、わりーな。あ」
 てっちゃんの箸からえびの天ぷらを取ったヤツがいた。黄瀬ちゃんが眉を寄せた。
「ショーゴ君!」
 何こいつ。ショーゴって言うの? 灰色の髪にとんがった耳が生えてる。こいつも獣人みたいだけど、人のもの勝手に取るなんて気に入らないなぁ……。
「よぉ」
 ショーゴはえびの天ぷらを頬張っている。
「ショーゴ君、なに人の物取ってんスか!」
 黄瀬ちゃんがいつもと違う……それに、みんなには名前の後に『~っち』をつけるのに、ショーゴだけ違う……。
「だってさぁ……人の物ってより旨そうに見えるじゃん。ところでさ――」
 ショーゴはオレにずいと近付いた。
「アンタ、可愛いじゃん。名前、何て言うの?」
「…………」
 誰も答えなかった。
「だんまりか。まあいいか。オレは灰崎祥吾。狼の獣人なんだ」
 ふーん。あっそ。オレはほっとくことにした。――てっちゃんが言った。
「祥吾君、あんまり遊んでいるとあの人に――あ、来ましたね」
「えっ? ああっ! 修造サン!」
「祥吾……また悪さをしてたな」
「違います! ちょっと獣人の子を見かけたんでコミュニケーション図ろうかなと思って……」
「まぁいい。こっち来い」
「うぉ~ん!」
 ショーゴは助けてもらいたそうに遠吠えをした。
「あれ、何?」
 オレがてっちゃんに訊いた。
「祥吾君は虹村センパイの飼い獣人ですよ」
「虹村?」
「虹村センパイのフルネームは虹村修造と言います。心配しなくても、二人は相思相愛ですよ」
「へぇ……あれでねぇ……」
 廊下からは、『ごめんなさい、もう人の物取ったりしません』と、ショーゴの悲痛な叫びが聞こえてきた。
「あの様子だと、虹村センパイ、さっきから見てたっスね」
「ええ。センパイは祥吾君にヤキを入れるのが趣味みたいなものですから」
「……ホントに相思相愛なの?」
「破れ鍋に綴じ蓋という諺があるのだよ」
 オレの疑問に真ちゃんが答えてくれた。へー、真ちゃんて、もっのしりー!
「さてと、ご馳走様」
 てっちゃんが席を立った。
「はー、食った食った。行こうぜ。黒子」
「はい」
 タイガとてっちゃんの二人は連れ立って食堂を後にした。
「――あれ? 赤司達はいないの?」
 青峰達はいるのに――。
「ああ。『学生食堂の味気ない料理は降旗には食べさせられない』と言って、手作りの弁当を食べさせているのだよ」
「赤司って、料理できるの?」
「――プロ級なのだよ」
「へぇ、いいなぁ」
「ただ単に過保護なだけなのだよ」
「緑間っちも人のこと言えないけどね」
 黄瀬ちゃんがうしし、と笑った。真ちゃんが眼鏡を直して言った。
「黄瀬……まだいたのか」
「ひどっ!」
 黄瀬ちゃんが泣いた。うん。いつもの黄瀬ちゃんに戻った。黄瀬ちゃんはこれぐらいがちょうどいい。
「みどちーん」
 間延びした声が聴こえた。
「紫原……」
「わー、みどちんの連れてる獣人の子、近くで見るとほんとかっわいいーねー」
「やめなよ、アツシ」
 黒髪で左目を覆っている青年が、紫の髪をした大男をたしなめていた。
「みどちんの飼い獣人? なんか室ちんがそんなこと言ってたけど」
「――だから、やめなって」
 室ちん、とかいう人は、紫原という男の世話役みたいだった。
「うん。そうだよー」
 オレは自信満々に答えた。
「確か……たかおかずなりだっけか。オレ、知ってるんだー。噂になってるみたいだよねー。室ちんはダメって言ってたけど、つい声かけちゃった。オレねー。紫原敦って言うんだよ。で、こっちがオレの友達」
「氷室辰也だ。アツシが迷惑かけたね」
「いやいや」
 迷惑と言ったらショーゴの方が……ま、いっか。あいつのことは。
 ――氷室が仕方なさそうに溜息を吐く。紫原が口を開いた。
「室ちんはねぇ……火神の兄貴分なんだよ」
 へぇー、タイガの兄貴分。タイガが何も言わなかったからわからなかった。
「まぁまぁ。――今はちょっとそれぞれ事情があって、いつも一緒ってわけにはいかないけどね。僕なんか、タイガといるよりアツシと一緒にいる時間の方が長いくらいだし」
 氷室が説明してくれた。みんないろいろあるんだなぁ……。
「みどちん。今日、部活来るでしょ? かずちんも一緒?」
「当たり前なのだよ」
 楽しみにしてるね~、と言いながら、手を振って、紫原は食堂を出て行った。氷室サンはぺこっとお辞儀をすると、紫原を追いかけて行った。

2017.1.21

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