猫獣人たかお 69

「放送楽しみだね、真ちゃん」
「あ? ――ああ、そうだな」
 真ちゃんは何か物思いに耽っていたらしかった。その姿も綺麗で――。
 こんな綺麗な人間がいるのかと思うくらい、真ちゃんは綺麗だ。憂いに満ちた姿も美しい。
「春菜ちゃんのことでも考えていたの?」
「――違うのだよ」
 うん。まぁ、ないよね。
「じゃあ何考えてたの?」
「内緒なのだよ」
「ケチー」
 オレが毒づいても、真ちゃんは何も答えない。時々甘い匂いのしそうな吐息を洩らすのみで――。
「真ちゃん、ほんとに、何があったの?」
「――え?」
 真ちゃんがアンダーリムの眼鏡を直した。そして、仕方がないというように口を開いた。
「将来のことについて、考えていたのだよ――」
「将来のこと? 二人で共白髪とか?」
「馬鹿。――そんな将来のことではないのだよ。オレはかずなりが有名になることについて考えていた」
 へぇー、そうなの。有名になったってそう変わらないと思うけどな。周りは騒ぎになるかもしれないけれど、オレは真ちゃん命だし。オレと真ちゃんの本質は変わらないよ。
「考え過ぎだよぉ、真ちゃん。確かに身の回りは賑やかにはなるかもしれないけどね」
「――悪い予感がするのだよ」
「まぁま。まず朝飯食っておは朝観よう?」

 朝ご飯を食べて満足すると、オレは猫達の溜り場に寄った。
「たかおだ」
「たかおだ」
 そんな声がする。
「みんなー! 『ゴールデンスタジオ』、今日の夜七時にオレと真ちゃんが出るから観てねー!」
「たかお……野良のオレ達はテレビ観れないよ」
「電気店のテレビでやってたら見てね」
 そう言ってウィンク。決まった。
「長老は?」
「眠ってる」
「そっか。起こしちゃ悪いね。ゴールデンスタジオ観てね。長老にも伝えといて」
 番宣終了。でも、長老何かあったのかな。いつもは早起きなのに。
 ――まぁ、そんなこともあるか。
「たかお君」
「うわお、てっちゃん神様!」
 この頃よく出てくるような気がする。
「キミは浮かれ過ぎです。もう少し自重してください」
「えー、でも、人生明るく生きなきゃ損じゃん?」
「まぁ、元気なのはいいことですが――ボクはいつでも君を見守っていますよ。それは忘れないで」
「にゃあ」
「テレビ出演……吉と出るか凶と出るか……」
 そう呟いててっちゃん神様は姿を消した。
 オレ、今まで苦労して来たから、明日はきっといいことが待っているはずだ。そうだろ? 真ちゃん。
 オレは己がわくわくしていることを感じた。新しい世界が開けてきたからかもしれない。
 ぴろりろり~ん♪ スマホが鳴った。この間真ちゃんがオレに買ってきてくれたのだ。誕生日でもないのに。
 でも、買ったばかりのだからまだ真ちゃんの番号しか入っていない。――ということは、真ちゃんだ。オレは電話に出た。
「真ちゃ~ん、どうしたの?」
「今から買い物に行くんだが何が食べたい?」
「ステーキ!」
 初めてステーキを食べた時、こんなに美味しいものがこの世にあるのかと感動すらした。もうカリカリと牛乳の生活には戻れない!
 ああ、何かオレ、どんどん贅沢な獣人になっていく気がするのだよ……また語尾が真ちゃんの口真似だ。もう、猫だった時の生活には戻れないんだにゃあ……。
 この間『アルジャーノンに花束を』を読んで感動すると一緒に怖くなった。小説は一応ハッピーエンドだけど。恋人の存在も忘れてしまうなんて……にゃだ。
 オレはてっちゃん神様の実験動物だ。てっちゃん神様は誠実だけど、いついたずら心を起こされるかわからない。
 真ちゃん……オレは有名になることよりてっちゃん神様の気紛れの方が――怖い。
 ぴろりろり~ん♪ また鳴った。
『リコからメールがあった。転送するのだよ』
 えーと……。
『緑間君、テレビ出演おめでとう。これで二人とも芸能人の仲間入り? でも、二人が遠い世界に行ってしまいそうでちょっとサビシイかな。たかお君にも宜しく。放映楽しみにしてるわね』
 リコさんのメール、嬉しい。わーい。後でメル番教えてもらって返信しようっと。
 でも――リコさんの言ってること、少しわかる。オレももしリコさんや木吉兄ちゃんと別れることがあれば悲しいもの。

 真ちゃんの焼いたステーキを食べて早めのご飯を済ませた後、真ちゃんが言った。
「始まるのだよ」
 オレはチャンネルを不死テレビに合わせた。オレ、どんな風に映っているんだろう。――真ちゃんは美人だろうな。
「あ、出たよ。オレ達だ」
「ほう……かずなりは画面の中の方がいい男なのだよ」
「にゃに? どういう意味?」
 オレはちろ~りと真ちゃんを睨みつける。真ちゃんは素知らぬ顔だ。
「真ちゃんはかっこいいよね」
「元がいいからなのだよ」
 うわ~、しょってんなぁ。真ちゃんがストイック、という連中、このセリフ聞いたらどう思うだろう。でも、こんな真ちゃんも好き。
『緑間さん、立ってください。うわ~、すごい背高いですね』
『どうも』
 真ちゃんは見世物にされるのがあまり好きではない。ていうか、そんな人まずいないと思うけど。アイドルは或る意味見世物なんだろうか。
『バスケットやってらっしゃるんですよね。え~、緑間真太郎君は中学時代はキセキの世代の一人と呼ばれていて――』
 そこに佐倉さんが茶々を入れる。観客がどっと笑う。オレも笑った。
 佐倉さん、やるじゃないの――スタジオでも笑ったけど、お茶の間でも同じところで笑わせてくれるなんて。初対面の時は大人しめだと思ってたけど。さすがプロ。
『たかお君もイケメンだよね』
 画面の中の佐倉さんが言う。恥ずかしいにゃあ……。オレは思わず顔を覆った。
「かずなり、どうした。照れてんのか?」
「にゃあ……」
「どうしたいつもはもっと――」
 そして、真ちゃんはヒワイな言葉をオレの耳元で囁いた。
「にゃああああああ!」
 オレは耐え切れなくなって大声を上げた。
「真ちゃんのムッツリスケベ! バカ! 嫌い!」
「ほう。そんなことを言うともう抱いてやらんぞ」
 真ちゃんのサド! サディスト!
 ――オレは今、人間の言葉を勉強していて、いろんな本を読む。その……エッチな本だって読む。あんまりエロいと読んでるだけで立っちゃうことがある。
「かずなり……」
 真ちゃんがオレの猫耳を舐める。
「ひぁぁぁぁぁん」
 ゴールデンスタジオはどうしたの?! 真ちゃん!
「真ちゃん、テレビ観たい……」
「観たっておんなじなのだよ。どうせ見慣れた顔が映っているだけだ」
「真ちゃん、テレビのオレの方がいい男だって言ったくせに……」
「でも、こうして触れられる方がいい」
 真ちゃんはオレの弱いところを責め立てる。にゃっ、にゃっ、イッちゃう――テレビの方角から真ちゃんの低いイケボが聴こえて来た時、オレは果ててしまった。

2018.10.30

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