猫獣人たかお 68

「それでな、あー……俺も浅井さんには同類嫌悪を感じていたのだよ。高尾にばかり偉そうなことは言えないな」
 真ちゃんはこめかみをぽりぽり掻いた。
「どうして? 真ちゃんと浅井サンは全然似てないじゃない」
 オレが言う。
「どうしてどうして。あの男は情け深いヤツなのだよ。それに――水森のことを一生懸命ひたむきに見ていた。そんなところがオレと似ている、と思った」
「真ちゃんは誰を見てるの?」
「――お前に決まっているのだよ!」
 真ちゃんはびいんと腹の底に響く美声で叫んだ。ああ、オレは幸せ者です……。
「オレもな、『おめー、たかおばかり見てんじゃねぇか』って青峰に言われたのだよ。くそっ、あの男、アホのくせに……」
 オレは最後の方は聞いていなかった。真ちゃんがそこまでオレに夢中になってたなんて……天まで昇りそうなのだよ。あ、また真ちゃんの口癖だ。
「行くか」
「うん」
 オレと真ちゃんが撮影現場に戻ると、近藤サンが浅井サンを腕で突ついた。浅井サンが棒読みで言った。
「すみませんでした。オレが言い過ぎでした。高尾君も申し訳ありません」
 そう言って深々と礼をした。
「いやっ、あのっ……」
「オレ達が悪かったのだよ」
 正確にいえばオレが悪かったんだ……。水森が嫌いなのだって我慢してれば誰も傷つかなかったのに……。
「高尾君」
 涼やかな声で水森がオレを呼ぶ。困ったことに、こいつほんとにいいヤツなんだ。本当に、好きなれたらどんなにいいか……でもって、ダチになれたらどんなにいいいか。
「ごめんね。浅井さんが……」
「うん。ねぇ、水森サン。水森サンは浅井サンの気持ち知ってるの?」
「まぁ、ここだけの話――」
 水森が俺の猫耳に顔を近づけた。
「オレと浅井さんは恋人同士なんだよ」
 やっぱりね。浅井サンの方が入れ込んでいるようだけど。水森だって確かにイケメンには違いないし。
「水森サンいくつ?」
「年齢? 二十四だけど?」
 オレより年上なんだー。そうは見えないけど。ていうか、オレは最近まで猫だったからえーと……人間の年に直せば二十歳ぐらいかにゃあ。
「浅井サンと仲良くね」
「もち」
 水森が親指を立てた。確かにオレと水森は似ているのかもしれない。
「あれ? もう仲直りしたの?」
 佐倉サンは良かった良かったと嬉しそうにニコニコした。佐倉サンはテレビで観ていた時から好きだった。
「がんばろうね。高尾君」
「はい!」
 オレは尻尾と背筋をぴいんと伸ばした。
「かずなり……かなり張り切っているな」
 真ちゃんに苦笑されてしまった。何で?
 オレはスタッフにスタジオに通され、真ちゃんの隣に座らされた。オレンジジュースが出される。わあい。喉乾いてたんだー。
 オレが密かに喜んでいると。
「かずなり。まだそれには口をつけてはいけないのだよ」
 と、真ちゃんの低いイケボ。はいはい。おおせのまま。
「でも何でスタジオにはジュースが出されたりするの? 喉乾くから皆に振る舞うの?」
「多分スポンサーの関係だろうな」
 スポンサー。広告主。この人達がお金を出さないと番組って作れないんだって。
 でも、初めて知った。スポンサーさん、ジュースありがとう。
 そして、オレはいろいろ聞かれた。アニマルヒューマン保護機構のこと、山田葉奈子のこと、真ちゃんやオレの生活のこと、学校での出来事などなど――。
 後で編集というもので、余計な部分はカットするらしい。
 勿論、オレが元は猫だったということは隠しておいた。真ちゃんにとってもその方がいいみたい。
 オレ達はいつもテレビを観ている側だったけど、今度は観られる側になるんだ……。
 ジュースはあっという間に空になった。
「こいつは、孤独だったオレを支えてくれたんです」
 もう、真ちゃんたらデレ過ぎるよ。オレは恥ずかしくなってバシン、と真ちゃんの背中を叩いた。
「何をするのだよ。かずなり」
「いやー、いいねぇいいねぇ。お宝ショット!」
 近藤さんが言った。うーん、普段はオレの方がデレる確率が高いのだけどにゃ。
 VTRが流れた。みきお君役の天野さんはやっぱり演技が上手い。水森もなかなかいい。オレはほんの少し水森を見直しかけていた。
「水森の演じるかずなりはお前よりいい男なのだよ」
 ふんだ。真ちゃんのバカ。
 オレは今度は真ちゃんの向う脛を思い切り蹴ってやった。再び何するのだよ、と言う風に、真ちゃんは眼鏡の奥からオレを睨んだ。今のは他のゲストさんにはわからなかったようだけど――わかったら笑われるのがオチなんだろうな。真ちゃんもオレもそれを学習した。少なくとも真ちゃんは学んだようだ。
 真ちゃんの視線をオレは無視してやった。
 あと、山田葉奈子サン役の人が可愛かった。いい匂いのしそうな女の子だにゃあ……。
 オレは真ちゃん一筋だけど。さっきは蹴っちゃってごめんね。真ちゃん。
「今週の金曜日に放映するから」
 近藤さんが言った。知ってる。だから『ゴールデンスタジオ』なんでしょ? あ、夜の皆テレビ観る時間帯もゴールデンとか言うんだっけ? オレはこういうことに疎い。
「金曜七時か――いい時間帯なのだよ」
「ビデオに録画しようね」
「うちには確かDVDプレイヤーがあったはずだが?」
「――いつぞやのおは朝のラッキーアイテムね」
 わかったわかった。真ちゃんがおは朝狂なのはよぉくわかったから。
 ラッキーアイテムが猫の死体なんて言われたら真ちゃんは猫狩りするのかな? むっ、他の猫仲間達を守らないと! オレが勝手に妄想していると――。
「お兄様」
 春菜ちゃんだ。緑色の髪で真ちゃんの妹ちゃん。美少女の出現でスタジオにほわ~んとした空気が流れる。
「オレがお茶を持っていくよ」
「オレに任せとけって」
 皆、少しでも春菜ちゃんに近付きたがる。
「椅子どうぞ」
 頬を赤くした純情青年が椅子を勧める。
「ありがとう」
 春菜ちゃんがにっこり笑う。
「誰だい? あれ」
「緑間春菜。緑間真太郎の妹だ」
「可愛いっスね。兄貴の方も顔はいいし」
「今度はあの娘も呼ぶか」
「久しぶりね。お兄様」
「――何しに来たのだよ、春菜」
「お兄様に会いに来たと言っても信じてもらえないでしょうね。――テレビ局ってどんなところか一度見ておきたくて」
「まぁいいけど――絶対にこんなところで本性現すななのだよ。ここにはアイドルとかも大勢いるんだからな」
「アイドル風情に興味はありませんわ」
 春菜ちゃん、相変わらず手厳しいな。けれど、可愛い女の子が現れた瞬間、相好を崩すところも相変わらずなんだな……。
「どれもいまいちね」
 そりゃそうでしょうよ。緑間兄妹に敵うきょうだいなんてそうはいない。
「そうだ。お兄様。お父様もお母様も寂しがってましてよ。いずれたかおさんと一緒に訪ねてきてくださいませんこと?」
「――わかったのだよ」
 真ちゃんはしぶーい顔をしている。この二人はあまり仲が良くないのだ。
 これこそ本当の同類嫌悪なのかも。春菜ちゃんも変わってるからな――ベクトルは真ちゃんと違っていても。
「じゃ、放映楽しみにしています」
 真ちゃんがぺこりとお辞儀。近藤サンが親し気に真ちゃんの肩を叩いた。
「また来ておくれ――もしかしたら君達はまた呼ばれることになるかもしれないけれど……ほら、二人ともテレビ向きだと思うし」

2018.10.20

次へ→

BACK/HOME