猫獣人たかお 67

「にゃー! にゃあにゃあにゃあ!」
「煩いのだよ、かずなり」
 はしゃぐオレを真ちゃんは少々呆れたように見ている。
「だってさー、テレビ局の楽屋なんて初めてなんだもん」
 テレビで何度か観た時から、楽屋というものに憧れを抱いていたのだ。あの水森のヤローは何度も楽屋来てんだろうな。ムカつく。黄瀬ちゃんまでたらしこみやがって。
「別段どうということもないのだよ」
 真ちゃんはそう言って畳に胡坐をかく。
「にゃっふっふ~ん♪」
 ああ、いぐさの匂いが愛しい……。
「くれぐれも爪を立てるのではないのだよ」
「はーい」
 真ちゃんはテレビ映りいいだろうな。本物より美形に映って女性ファン増えないか心配……。
 ううん。真ちゃんは実物が一番だよねっ!
「ごろにゃん」
「あー、はいはい」
 真ちゃんは些か投げやりにオレの首の下をかく。
「やあ、緑間君、高尾君」
「にゃっ! 浅井サン!」
 オレはこの浅井サンという男の人が結構好きだ。第一印象からかっこよかった。水森は……もうこの男の話はやめとこ。まぁ、第一印象は最悪だったことだけ言っとこ。
 他の若いADがお茶を運んで来た。お茶を啜りながら真ちゃんと浅井さんの話を聞く。真ちゃんも浅井さんも真剣だ。俺は猫だからそんな難しいことはわからない。
「真ちゃ~ん、お話終わった?」
「ああ……スタジオではいい子にしてるのだよ。かずなり」
「にゃあ」
「本当にアンタら恋人同士かい?」
「そうなのだよ」
「にゃあ」
「ふぅん、まぁ、お茶の間の人達にはそういうの顔しかめる人多いから触れないでおくな。後は台本読め。以上」
 浅井サンは出て行った。さっきの若い子が入れ違いにやって来た。顔を赤らめている。
 そういえばこの子も結構な美少年だなぁ。キノコ頭だけど。……オレが見惚れていると。
「あ、あの、何かオレの顔についてますか?」
 と訊いて来た。
「違うよ」
「何にもついてないから安心していいのだよ」
 若い子はそわそわしている。一向に出て行く気配がない。水森よりはマシだけど、何となく気になる。
「あのー……緑間さんはゲイなんですか?」
 真ちゃんはずるっとずっこけた。何だろう。あの子、そんなに変なこと言ったかな。そういえば浅井さんにも口止めされたし。
「誰に聞いた」
「あの……浅井さんです。テレビでは言えない話だけど――って」
「浅井め……こういうところから噂は洩れるものなのだよ」
 真ちゃんは浅井さんに好印象を持っていないらしい。どうしてだろう。黄瀬ちゃんの「どうしてたかおっちは水森っちが嫌いなの?」と同じくらい難しい質問かにゃあ。
 しかし、緊張するなぁ……。トイレ行きたくなってきた。
「真ちゃんトイレ……」
「お茶をがばがば飲むからなのだよ。お茶には利尿作用があるのだよ。わかったら行って来るのだよ」
 利尿作用ってオレわかんない……。まぁいいか。
 オレはトイレで用を足すといろいろきょろきょろ探検しながら戻って来た。
「遅いのだよ。弁当が届いているのだよ」
 真ちゃんが言った。わぁい。お昼だー。テレビ局のお昼ってどんなものにゃんだろう。
 弁当は幕の内弁当だった。あ、これなら何度か食べたことあるや。ちょっと期待外れ。
「あ、緑間君、高尾君。弁当食ったらスタッフに挨拶するから」
 浅井サンが伝えに来る。順番逆だと思っていたのだよ――真ちゃんが言う。
『ゴールデンスタジオ』の司会者は佐倉光だ。有名人だから敬称略ね。
「佐倉光です。今日は宜しくお願いします」
 そう言って丁寧にお辞儀。うんうん。礼儀正しい。花丸あげちゃう。
「で、こちらが――」
「緑間真太郎さんに高尾和成さんですよね。いい番組にしましょう」
 そう言って佐倉さんは真ちゃんと、それからオレと握手をした。
 佐倉サン、いい人で良かったにゃあ(え? 敬称略はどこ行ったって?)。
「緑間く~ん。高尾く~ん」
 げっ、この声は! オレが世界で一番聞きたくない声!
「水森!」
「かずなり! 失礼なのだよ! 水森『さん』だ!」
 真ちゃんの言うことは尤もだけど、真ちゃんも前に水森を呼び捨てで呼んでなかったっけ?
「このテレビ局では彼が先輩なのだよ」
「う~」
「あ、オレ、水森で結構です」
 水森は朴訥な笑顔を見せて笑った。きっと心の底からの笑いなんだろうな。水森はオレ達に悪感情を持っていない。それなのにどうしてかな。なんでかな。オレ、水森嫌いなの。
 いいヤツなんだよ。好きになってあげたいよ。
 オレは自分の目がうるうるしてくるのがわかった。
「あ、何かやなことあった? 高尾君」
「アンタのせいだよ!」
 オレはぎらりと水森を睨んだ。
「アンタさえいなければオレは真ちゃんと幸せだったのに!」
 八つ当たりだってのわかってる! でも口が止まらない!
 大体水森なんていなくてもオレの暮らしには関係ない。オレは幸せだ。真ちゃんがいるから。テレビ局の仕事が終わったら水森なんかとはバイバイだ。
 だから……酷いこと言ってもいいんだ!
「かずなり!」
 真ちゃんが窘めようとした時――。
 ぱぁん!
 浅井サンがオレの頬をひっぱたいた。この頃よくひっぱたかれんなぁ、オレ――。真ちゃんにもひっぱたかれたし。あ、葉奈子――葉奈子さんと暮らしていた時もよくひっぱたかれたっけ。それはオレがどん臭いからだけど今回のは違ってて。そんなことをぼんやりと考えていると……。
「涼だってこんなに嫌われて迷惑なはずだ。一生懸命歩み寄ろうとしてるのに」
 え――?
 こんな真剣な表情の浅井サンは初めて見る。目がすんごく吊り上がってる。もしかして……浅井サン、水森のことでこんなに怒るなんてあいつのこと好きなの? 水森のことを嫌っているオレを許せないの?
 浅井サンは仁王立ちをした。オレは、怒りと混乱で頭がぐるぐるしてきた。取り敢えず浅井サンは水森派なのはわかったけど――。
「すみません。浅井さん。かずなり、お前というヤツは――」
「オレ、悪くないもん。帰れっていうなら帰るよ」
「ああ、帰れ。お前らみたいなのはもう用済みだ!」
 浅井、サン……?
 そんな酷いことを言うなんて! オレなんてどうでもいいんだ!
「かずなり……」
 何で真ちゃんは悄然としてる訳? 怒りゃいいじゃん。オレの方が悪いんだし。
「はぁ……」
 真ちゃんは溜息を吐いた。
「ちょっとかずなり借りても良いですか?」
「あ……ああ……」
 浅井サンはさっきの勢いもどこへやら。真ちゃんに対して毒気を抜かれたように頷いた。浅井サンも言い過ぎたと反省したのかにゃあ。
「なるべく早くねー」
 佐倉サンが遠慮がちに言った。テレビでの元気さは微塵も見えない。ちょっと可愛いな、と思ったんだけど――それどころではなかった。
 真ちゃん、怒るのかな。怒るんだろうなぁ。オレは半ば覚悟しながら真ちゃんの後をついて行った。真ちゃんの怒りは怖くない。真ちゃんに不要とされるのが――怖い。
「あのな、かずなり。オレは思うんだが――あの浅井という男は、水森のことが好きなんじゃないだろうか……」
 ――オレも、そう思う。オレはこくこくと真ちゃんに向かって首を縦に振った。

2018.10.10

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