猫獣人たかお 65

 再現VTRのカメリハを見るのは楽しかった。
 特に、雨園みきお役の天野君の演技は最高だった。オレ、皆がさっきのことで感動しただろうから言わないけど、オレの役は水森より天野君にやって欲しかった。
「皆上手いだろう。高尾君」
 近藤サンが近づいてきて言った。
「あ……はい」
「再現VTRに出てくる役者さんはみんな才能のある人達ばかりなんだよ。業界では言われてるよ。『人気者の役者になりたいならまずゴールデンスタジオのVTRに出ろ』ってね」
「ふぅん。やっぱり」
『ゴールデンスタジオ』はオレでさえ知ってるぐらいだもんね。
「高尾君、水森君の芝居見てどう思う」
「――いいんじゃないですか」
 水森の話題を出されるとやはり面白くない。真ちゃん……オレってば心狭いかな。
「機嫌悪そうな顔してる」
 そう言って近藤サンは吹き出した。
「にゃんだよぉ」
「やぁ、すまんすまん。これはいじりがいがあると思ってさ。高尾君がVTRに出た方がいいかな、なんて思ってしまったよ」
「にゃあ……オレもその方がいい……」
「でも、だーめだめ。それに、水森君は新人の中では金の卵だ。こっちだって放っておくわけにはいかなくてね。それに、今に彼は誰でも知ってる役者になるよ。今だって少しずつそうなりかけてる」
 ――水森の将来なんて興味なかった。
 真ちゃんがコーラを持ってきた。
「かずなり。これ、お前の」
「真ちゃん、ありがとう!」
「別に……さっきの褒美なのだよ」
「さっきの?」
「水森に対するお前の態度は立派だったのだよ」
 真ちゃん! ありがとう!
 わかってくれてありがとう!
「真ちゃん……撫でて」
「は……恥ずかしいのだよ……」
「じゃあ、オレは戻るから」
 空気を読んだ近藤さんが持ち場へと戻って行った。
「水森もなかなかやるのだよ」
 真ちゃんは水森を評価しているようだ。ほんと、皆、水森水森って。
「――ん。オレが演った方がいい」
「そんなことはないのだよ。ここにいるのはプロばかりなのだからな」
「わかってるけど……」
 オレはコーラを啜った。真ちゃんの眼鏡の奥の目が優しく映る。――真ちゃんが微笑んだ。
「そのうち、水森の良さもわかるようになるのだよ」
 もう知ってる。
 だからこそ、複雑な想いを抱くのだ。
 それに真ちゃんまで水森のことを気に行っているらしい。――ムカつく。水森とオレのどっちがいいんだよ。
 これは皆の前では言えないけど――。
 水森涼のおおばっきゃろぉぉぉぉぉぉ!
 ADの浅井サンがやってきた。
「明日は高尾君達にもスタジオ出演してもらうからね」
「にゃっ!」
 オレの尻尾がぴーんと立った。
 ああ、テレビに出られる……オレは今まではテレビを観ている側だったけど……今度は皆がオレを見るんだ。
 なんか心臓がバクバク言ってる。大丈夫かな、オレ。明日まで生きていられるかな。
「緑間君も高尾君もイイ男だからテレビ映りはいいと思うぜ」
 浅井サンもいい人だ。でも、イイ男なんて照れちゃうにゃあ……。
「今回はオレがアンタらの付き人代わりだぜ。ADは何でもやるからな!」
 ちょっと口調はあれだけど、浅井サンは男らしくていいと思う。
「本当は近藤さんの役だったんだけど、あの人結構忙しいからなぁ」
「浅井サンはヒマなの?」
「馬鹿野郎、ADにヒマなんてあるか!」
 口調の割には気を悪くしたようでもなく、浅井サンはぐしゃぐしゃとオレの頭を撫で回した。
「緑間君、宜しくな」
「わかったのだよ」
「高尾君はいいヤツだからきっとお茶の間の人気者になるよ」
「――だろうな」
 真ちゃん……小さくデレてる。オレ、ちょっと恥ずかしいにゃあ。
 オレ、水森よりも人気者になるかにゃあ。
 それはいくら何でも不遜か……水森だってきっと頑張ってるはずなのに。メソッド演技法とか発声練習とか。
 水森が努力しているのはよくわかった。悔しいけど光ってるもん。素人のオレが敵う相手じゃないもん。それに、オレは別に役者になりたいわけでもないし。
 オレの夢は真ちゃんと添い遂げること。
 真ちゃんもそう思ってくれてるといいんだけどな。真ちゃんは照れ屋だから人前ではそんなこと言わないんだ。
 あ、コーラのカップ、空だ。
「それ飲み干した?」
 浅井サンが訊いてきたので、オレはにゃあと答えた。
「じゃあ捨てて来てやるよ」
「――ありがとう」
 オレは浅井サンに空カップを差し出した。浅井サンはフラフラと部屋を出て行った。
 ここにいる人達はみんないい人ばかりだにゃあ……水森でさえ例外ではない。
 このテレビ出演ががゴールド・ナッシュ・Jr.の差し金なら……今回だけオレは彼に感謝しちゃうよ!
「いい人達なのだよ」
「真ちゃんもそう思う?」
 真ちゃん、オレと同じこと考えてたんだ……こんな些細なことでも嬉しいな。
「やはりラッキーアイテムのおかげなのだよ」
「また、ラッキーアイテム?」
「御利益はあるのだよ。今日のラッキーアイテムは保温ジャーなのだよ」
 因みに中身の弁当はオレが作った。オレの方が料理は得意だもんね。
「あ、水森の演技が終ったのだよ」
 真ちゃんが水森のところへ駆けて行く。
 ――何か話してる。あ、水森が笑った。むぅ、何話してんだよ、二人とも。
「高尾君!」
 水森が嬉しそうに叫ぶ。オレを嫌いでない、というか、好きっていうのは嘘ではないらしい。
 でも、オレは――。
「何だよ」
 せめて口調で不機嫌だってことを表す。お前とは話したくないんだよ――的な。
「今、高尾君のこと話してたよ」
「真ちゃん、何話したの?」
「大したことではないのだよ」
 だったら何で水森が笑うんだよ。オレがぷぅっと膨れた。
「かずなり――河豚みたいなのだよ」
 真ちゃんの言葉に水森はまた笑う。――笑うなよ。
「オレ、君のこともっと知りたいな。ほら、まだ高尾役完全に掴めてないし」
「水森は完璧主義なのだよ。けれど、水森の方がいい男なのだよ」
 ぐっ……。痛いとこ突かれた。
 メイクを施して髪型も決めた水森はオレよりもハンサムな男になっていた。やっぱ役者は違う。どんな風にでも化けられるから。
 浅井サンがやって来た。上司に捕まっていたらしい。すまんすまん、すぐ来るつもりだったんだけど、と軽いノリで謝られた。

2018.09.17

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