猫獣人たかお 64

 オレは人のいない物陰に座ってしゃくり上げていた。
 真ちゃんのバカ、真ちゃんのバカ、真ちゃんのバカ――。
 そして――。
 水森涼の……バカ。

「でさぁ、オレもドタマ来ちまったもんだからよぉ……」
 乱暴な言葉遣いの獣人達がこっちにやって来る。立ち去ろうと思ったら気付かれた。
「おんや。アンタ――なかなか可愛いじゃねぇか」
「お……オレ?」
「ねぇ、オレ達と遊ばね?」
 お付きの獣人達もリーダー格の獣人の後ろでニヤニヤ笑っている。
「でも……」
 オレは迷った。こんなヤツらについて行ったってどうなるものじゃない。それに、オレは何だかこいつらが怖かった。
「さぁ、早く……」
 体格の良いリーダー格の獣人がオレの腕を引っ張ろうとする。嫌だ。水森の方がまだマシだ。でも、きっと水森を怒らせたんだろうな。オレ――あそこにはもう戻れないのかもしれない。
「――何してるのだよ」
 聞き慣れた低い声がした。
「真ちゃん!」
「ちっ!」
 相手の獣人が舌打ちをした。
「行くぞ!」
「あ、はい……」
 獣人達は去ってしまった。
「真ちゃん……」
「このバカ! なのだよ!」
 真ちゃん、『なのだよ』はいらないんじゃ……。
「さぁ、戻るぞ。水森がハラハラして待っているのだよ」
「え……?」
「大体お前は水森のどこが気に入らないのだよ。なかなかの好青年じゃないか」
「う……何だか知んないけど、オレ、あいつ嫌い」
「――同類嫌悪というヤツか……」
「え? 同類けん……?」
「同類嫌悪。お前と水森は似てるからな。オレでさえ『似てるな』と思ったのだよ」
「あんなヤツと……同類なんて……」
「ちょっと質問いいか?」
「どうぞ」
 オレはぶっきらぼうに答えた。
「お前、今まで人を憎んだ経験は? 獣人でもいいけれど」
 そういえば、ない。オレの周りは皆いい人だったし、悪い人は視界に入れないようにしてたし。
 あの山田葉奈子でさえ、可哀想な可愛い女の子だったことを知ってからは好きになった。みーくんのおかげだ。
 オレは、人を本気で憎んだことが、ない。
「――ない」
 オレは答えた。真ちゃんが溜息を吐く。
「それじゃ、あまり憎しみに免疫がないのだな。今回のこと、いい勉強になると思うのだよ」
「…………?」
「なぁ、かずなり。自分に似ている者に対しては、すごく愛しく思うかすごく憎らしく思うかどちらかなのだと思うのだよ」
「ねぇ、真ちゃん。……水森さんは何て?」
「お前の心配をしていたのだよ。オレと一緒に探すとまで言ってくれたが、あいつには打ち合わせがあるからな。――どうした? かずなり」
 真ちゃんのその言葉にちょっと……泣いてしまった。
「オレ、水森には悪いことしたと思ってる。オレ、悪い獣人だね」
「いや。仕方あるまい。オレだってお前のこと上から叱って悪かったのだよ」
「いつも上からのクセに」
「何だと?!」
 真ちゃんが冗談で拳を上げる。きゃあっとオレは逃げる。
「――いつものかずなりに戻って良かったのだよ。さぁ、帰るのだよ」
「うん……」
 そっか……。オレは、またあそこに帰ることができるのだ。水森にも謝んなきゃ。……ヤだけど。

 皆のところに戻ると――水森を含め近藤さんや遠藤さんや……役者さん達が揃っていた。
「この度はこの高尾和成が失敬なことをした。許してくれ」
 真ちゃんが小声で、
「ほら、お前も謝るのだよ」
 と言うので、オレも頭を下げた。
「本当に、今日は、心配をかけて……」
 オレはぽろぽろと涙が出てくるのを止められなかった。
「高尾君」
 水森が進み出る。
「良かった――無事だったんだね。帰ってきてくれて嬉しいよ」
「別に……アンタの為に帰ってきたわけじゃないし」
「かずなり!」
 真ちゃんの眼鏡の奥の眦が吊り上がる。
「わ……悪かった……」
「水森。かずなりはお前に同類嫌悪を抱いているようなのだよ」
「なぁんだ。そっかー」
 水森の声が明るくなる。
「オレが高尾君の役に合わないと高尾君本人に言われたらオレは残念だけど降りるつもりでいたけれど――そうじゃないならいいよね?」
「水森ぃ……」
 オレの涙は大粒だった。
「何でそんなにいいヤツなんだよぉ……おかげでオレ、アンタを憎めなくなってしまったじゃん……」
「かずなりにそっくりなのだよ」
「真ちゃん……それ言うなって……」
 水森はオレに近付くとぎゅっと抱き締めた。最初会った時の嫌悪感は薄れていた。だって、オレもこんな時、同じように行動すると思うから――。
 近藤さんが、
「カメラ、カメラ」
 と、小声で支持するのが聴こえる。オレ達は気にしなかった。
 オレの涙が渇いた後、水森は抱擁を解いた。
「あのね、水森。オレね、アンタに似てると思う……」
「そう。だからオレが高尾君役に推したんだよ」
 にゃあ……。黙っていてくれないかな。近藤さん……。
「水森……まだアンタのこと嫌い。……でも、それはオレとよく似てるからかも……」
「オレは高尾君のこと、好きだな。率直なところが気に入った」
 水森、何でオレのことなんか好きになってくれるんだにゃあ……オレはあんなに嫌いだって言ったのに。
「水森。アンタ、マゾ?」
「違うよ。――でも、お世辞ばかりの大人よりはずっと信頼がおける」
「オレの――同類嫌悪だったとしても?」
「勿論! かえって光栄に思うよ!」
 何でそう思ってくれるのかにゃあ……。
「じゃあ、オレは高尾君役をやってもいいんだね?」
「うん。やっぱ……水森はきっといい役者なんだろうなって思うし、皆にも慕われてるし……」
 パチパチパチ。一人のスタッフが拍手をした。そして、皆がそれに倣って拍手をしてくれた。

2018.09.07

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