猫獣人たかお 61

「まぁ、じゃれ合いはそのぐらいにしておくのだよ」
「はい。緑間くん」
 真ちゃんの言葉に葉奈子さんが素直に頷いた。真ちゃんが耳打ちした。
「おい、山田葉奈子って実はものすごくいい子なんじゃないか?」
 真ちゃんにもわかるか。えっへん。――って、俺が得意になってどうすんだっての。まぁいいや。みーくんがこの場にいたらきっと彼も得意になっていただろうから。
「じゃ、山田さん。アニマルヒューマン保護機構のことも告発していいんだね」
「ええ」
「じゃ、行こう。山田さんは着替えてくれないか? それとも記者会見は別の日に回すか?」
「いえ、今日でいいです。善は急げって言うでしょ?」
 葉奈子さんは何となくうきうきしているようだった。
「葉奈子さん、その……浮かれてる?」
「え? そう見える?」
 うん、と俺達は揃って頷いた。
「だって、初めてお父様に反抗できるんですもの。みーくんやたかおくんや赤司くんの力を借りてだけど」
 葉奈子さん……俺だったらやだな、こんな娘。
 赤司は吹き出しているし、真ちゃんは、
「オレの名前は呼ばれなかったのだよ……」
 と訳のわからない拗ね方をしていた。てっちゃん神様だって呼ばれなかったのにね。でも、てっちゃん神様は神様だから平気そうだ。
「それじゃ、行ってきます。院長」
「行ってらっしゃい」
 俺達はホテルへと出向いた。

 ホテルの前には大勢のカメラマンがやってきていた。マスコミ、とかいうやつだろう。
「あ、今、赤司征十郎さんがやってきました」
 赤司は場慣れしているらしく、マスコミ関係者の目に堂々と正装の姿を晒した。
 真ちゃんも俺もきちんとした格好をしてるんだけど……うう、緊張するなぁ。それに、窮屈だし。
「葉奈子!」
「お父様!」
「葉奈子、どういうつもりだ……こんなバカ騒ぎを設定して」
「設定したのは僕ですよ。山田三郎さん」
「赤司の子倅が……!」
 山田三郎は葉奈子さんと全然似ていなかった。いや、似ていた。昔の、オレを虐待していた山田葉奈子に似ていた。
 みーくんのことがなかったら、オレは恐慌をきたしていたことだろう。
「赤司め……一度は示談に応じたことを忘れたか?」
「勿論忘れておりません。ですが、僕達は自分の正しいと思う道を進むつもりですので。失礼」
「――ま、待て。じゃあ、今、今いくら欲しい?」
「貴方が払える金額は僕達にとってははした金なんですよ。山田さん。示談に応じたのは娘の葉奈子さんに同情してのことです」
「うう、葉奈子め……育ててやった恩を忘れたか」
「お父様こそ、みーくんを殺したくせに」
「殺した? 私が?」
 山田三郎はオーバーアクションをして否定しようとしていた。ふーんだ。ネタは上がっているんだもんね。
「お父様は、雨園みきおくんを殺したでしょう」
「じゅ、獣人など、人間のペットでしかない!」
「それは時代遅れの考えですよ。二十年前なら通ったかもしれませんけどね」
 赤司が横から口を挟む。
「あ、赤司君?!」
「済みません、葉奈子さん。でも、どうしても言いたくなってしまって」
「安心して。お父様を告発する気はないわ。みーくんの事件だってもう時効だし」
「わ……わかってるんじゃないか」
 山田三郎はほっとした声を出した。だが、葉奈子さんは一転きつい口調になった。
「けれど、アニマルヒューマン保護機構への告発はします」
「葉奈子! わしがあの組織にどのぐらい献金しているかわかっているだろう」
 山田三郎は慌てふためき出した。
「わかっています! だからこそやるのです!」
 葉奈子さんは高らかに宣言した。
「くそっ!」
 山田三郎はその場を去った。
「変なのだよ」
 真ちゃんが首を傾げる。
「どうした? 真太郎」
「いや、三郎の言動が気になったからな。あんな小物だったとは……」
「組織の中にいる間だけ大物になった気分を味わっていたのだろう。心配するな、真太郎。ああいう輩はどこにでもいる」
 赤司はふっと遠い目をした。
「赤司君の言う通りですよ」
 てっちゃん神様の声が聴こえた。
「わっ、びっくりした」
「僕は今は姿を消しているのでね」
 ふうん。神様って自由に姿を消したりできるんだ。まぁ、神様だから簡単なんだろうけど。
「因みにカガミ君もいます。――彼には自制心を学んで欲しいですがね」
「うるせぇぞ、クロコ」
 てっちゃん神様はクロコという名前だ。
「ああ、そうそう。赤司君の話でしたね。――赤司君はそういう輩に度々……いやしばしば会ったことがあるのでしょう」
 金持ちも大変なんだな。赤司って偉そうだったけど、そうならなければやっていけないところがあるのだろう。
 尤も、真ちゃんの言に寄ると、昔はもっと穏やかで優しい性格だったそうだ。
 でも、赤司には優しいところもある。真ちゃんは性格が変わったと言うけれど……。
 降旗を好きになる辺り、赤司も見る目あるなと思う。降旗にとっては災難かもしれないけれど……。いつか降旗が振り向いてくれるといいね。
「――にゃあん」
 オレ達は両思いだよね。そう示す為にオレは真ちゃんにすり寄った。真ちゃんはひらりと躱した。
 びったん。
 オレは盛大にコケてしまった。
「し、真ちゃん……避けないで……」
「馬鹿。公衆の面前なのだよ」
 真ちゃんは小声で言った。真ちゃんは別段獣人を恋人に持っていることを恥じているわけではない――と思いたい。真ちゃんが生まれ持って身に着けていた含羞がオレを拒んだのだと。
 でも、オレだって悲しいのだ。
「真ちゃ~ん」
 起き上がったオレはそう言って大粒の涙を流してみせる。
「わ、悪かったのだよ、かずなり」
 真ちゃんは慌ててフォローに走る。女性レポーターがこっちにやって来た。
「たかおかずなり君に緑間真太郎君ですね。今回の告発については重要な役割を持っているとか」
 何でそんなことわかってるんだろう。噂って広がるの早いな。
「お前ら……ここで何やってるんだ」
 渋い中年男性の声。あ、この声知ってる。マー坊だ。
「ま、マー坊?」
「ワシらもおるで」
「今吉サン! 花宮サン!」
「まぁ、陣中見舞いってとこだな。ほらほら、関係ない方々は散って散って」
 花宮サンが仕切っている。花宮サンて実はものすごく有能な獣人ではないだろうか。そして、その花宮サンより一枚上手の印象を受ける今吉サンてほんと、何者なんだろう。
「ありがとうございます。中谷教授。今吉さんに花宮さん。――ほら、行くのだよ、かずなり」
 はあい、と真ちゃんに返事をしたオレは三人に背中越しに手を振った。
 さっきは悪かったな、と真ちゃんは小声で謝ってくれた。オレの機嫌はたちどころに直った。安上がりな性格だ、と自分でも思う。

2018.08.08

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