猫獣人たかお 6

「待って! 真ちゃん!」
 オレは走った。――真ちゃんは立ち止まって木の幹に手をついていた。
「真ちゃん! 急にどうしたの!」
「……そんなわけがないのだよ……」
 真ちゃんは何やらぶつぶつ呟いている。
「そんなことないのだよ。このオレが――そんなこと……馬鹿な……」
「真ちゃん?」
 オレは真ちゃんの前に回って相手の顔を覗き込む。
「ああ――すまん、かずなり」
「にゃう?」
「お前が桃井に撫でられるのを見た時――急に自分がいたたまれなくなったのだよ。かずなり……本当にこんなオレが好きか?」
「にゃん!」
「お前をその――オレの自由にしたい、そう考えててもか?」
 ――オレにも、真ちゃんの言ってることがさっきの話に関することだって、わかった。
「真ちゃん……オレ、真ちゃんにだったら何されても構わないよ」
 それは本当のことだ。だってオレは――ずっと、ずっと真ちゃんに恩返ししたかったんだもん。
 仲間達とはぐれて不安だったあの日、真ちゃんは、にゃあにゃあ鳴くオレを見て、
(うちに来るか)
 と、声をかけてくれたんだもん。
 真ちゃんが猫嫌いなのは後からわかったことだけど、それで真ちゃんへの思いが薄まったわけじゃない。むしろますます強まったぐらいだ。
 猫嫌いなのにオレを拾って世話してくれたことは感謝している。
 だから、お礼が言いたかった。神様がオレを人間にしてくれた時、真ちゃんにお礼が言えたらすっきりするはずだ。そう思っていたのに――。
 今は、もっともっと真ちゃんに近付きたい。真ちゃんのことを知りたい。
「かずなり――お前は自分で何を言っているのかわかってんのか?」
「にゃん!」
 オレは真ちゃんの体に体を摺り寄せた。
「――それは反則なのだよ」
「反則?」
「まぁいい。これから中谷教授のところに行くのだよ」
「中谷教授? さっき真ちゃんが言ってた人?」
「ああ。オレ達に英語を教えている教授なのだよ。――ああ、かずなり。教授についてはさっき言ったな」
「勉強を教えてくれるんでしょ? 長老みたいな存在? 長老は何でも教えてくれたよ。猫としての勉強も」
 長老は何でも知ってて偉かった。オレは長老から、猫としてどうあるべきかをたくさん学んだ。
「まぁ、何かを教えてくれるという点では近いかもな」
 真ちゃんは苦笑しつつ答えた。何で? オレ、何かおかしなこと言った?
 でも、まぁいいや。いつもの真ちゃんに戻ったもん。
「行くぞ。かずなり」
「にゃん」
 オレは真ちゃんの後にくっついていった。
 中谷教授は、中年ぐらいのおじさんだった。オレの姿を認めると、その皺の刻まれた顔に笑みが浮かんだ。
「ほう――獣人の子か」
「たかおかずなりと言います」
 真ちゃんがオレを先生に紹介してくれた。
「にゃう……宜しくお願いします」
 オレも挨拶をした。
「ああ。私は中谷仁亮だ。宜しく。たかお君」
 まさあき……呼びにくいな。中谷教授と呼んでもいいんだろうけど――そうだ!
「マー坊!」
「……は?」
 マー坊――中谷先生がぽかんと口を開けている。
「マー坊! マー坊!」
 オレは自分のつけた仇名が気に入って、何度も『マー坊』と呼んだ。
「こら、かずなり――!」
 真ちゃんがたしなめようとする。
「ああ、まぁいい、まぁいい」
 マー坊が手で制した。
「しかし、久々に呼ばれたな。マー坊って」
「にゃう? オレの他にも、マー坊って呼んだ人いるの?」
 オレはマー坊に尋ねた。
「ああ。トラのヤツにな。相田景虎と言って、ここのバスケ部のカントクの父親なんだがとにかくうるさいヤツでな……まぁ、そんなことはどうでもいい」
「バスケ?」
 オレは興味深い話を聞くときのように耳をそばだてた。
「真ちゃん、バスケ好きだよ。バスケの番組とか本、よく見てるもん」
「当たり前だ。緑間はこの大学のバスケ部のシューターだ」
「え? ……真ちゃんバスケやるの?」
「ああ。すごいぞ。緑間真太郎は。――今日、部活に行くだろう。緑間」
「はい。その予定でいます」
「たかお君も連れてってやれ。お前のプレイを見せてみろ」
「わかりました。最初からそのつもりでした」
 真ちゃんの答えを聞いて、うんうん、とマー坊は笑顔で満足げに首を縦に振る。
「先生。かずなりも講義に参加させていいですか?」
「今日だけなら構わんがしかし――」
「講義って何?」
「――この子を教えるのは至難の技かもしれんな」
 マー坊は諦めたように溜息を吐く。
「かずなりは頭はいいですし、もし退屈するようなら外で遊ばせておいてもよいかと」
「うんうん。緑間。その子の面倒は君に任せる」
「――オレ、大人しくできるよ。いい子でいるよ」
「――だそうです」
「緑間、お前はいい獣人の子を持ったね。そうだ。うちの家族が獣人を欲しがっていたのだが、もし面倒を見るのが負担なら――」
「ダメです」
 真ちゃんの眼鏡がきらりと光った。
「かずなりは教授にも渡しません」
「冗談だよ。冗談」
 マー坊は笑ったが、残念そうな光が瞳に宿っているのをオレは見逃さなかった。
 オレは授業というのがものめずらしく、キーンコーンカーンコーンという音が鳴るまで真ちゃんと一緒にいた。

 あっという間に昼――。
「かずなり、購買でパン買ってこよう」
「にゃう?」
「それとも学生食堂でそばかうどんでも食べた方がいいか?」
「にゃん!」
 そばとかうどんとかいうのは食べたことないけど、真ちゃんの話によればかなり美味しいらしい。オレは、人間と同じ物が食べられる。――真ちゃんと同じ物が食べられる。それってかなり嬉しいことなんじゃない?
 学生食堂では、人がひしめき合っていた。ずいぶんたくさんいるんだなぁ……。獣人も少なからずいた。
「緑間っち、たかおっち~」
 黄瀬ちゃんに見つかった。真ちゃんは無視しようとしていたらしいが、オレは手を振った。
「黄瀬ちゃーん」
「たかおっち達も昼飯っすね。ああ、そうそう――黒子っち達もいるっすよ」
「どこに? 火神しか見えんが……」
 ここです、とてっちゃんが手を挙げた。

2017.1.13

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