猫獣人たかお 58

 コンコンコン。ガチャッ。
 みーくんが葉奈子の部屋の扉を開ける。葉奈子は長い髪を三つ編みに編んでいつもより清楚に見えた。
「はなちゃん……」
「みーくん……みーくんなの?」
 葉奈子の目から涙がぶわっと出て来た。
「みーくん!」
 葉奈子がみーくんに抱き着いた。みーくんも葉奈子を抱き締め返す。
 院長と赤司が入ってきた。
「山田葉奈子さん。一日だけここを出ていいとの許可が下りました。院長先生には事情を話してあります」
 赤司の言葉に院長が頷いた。そして微笑んで言った。
「めいっぱいみきお君と遊んでおいで。葉奈子ちゃん」
「はい! はい!」
 みーくんが思いっきり返事をした。葉奈子はみーくん――つまりオレの体にしがみついた。
「はなちゃん、お外に出ていいの?」
「そうだよ。はなちゃん」
 みーくんはさぞ慈愛を瞳に浮かべていただろう。
「みーくん……大好き」
「そこで……あー……」
 院長は説明に詰まっているらしい。真ちゃんがやってきた。
「この緑間真太郎くんがお世話してくれるからね」
「――宜しくなのだよ」
 真ちゃんはぶすっとしている。もっと笑わないと。せっかく美人なのにね。
「宜しくお願いします、真太郎さん」
「宜しくお願いします」
 みーくんと葉奈子は真ちゃんに向かって頭を下げた。
「みきお。かずなりの身に何かあったら許さないからそう思え」
「わかりました。真太郎さん」
 みーくんは……結構しっかりした性格の持ち主であるらしい。言葉遣いも良家のそれだし。葉奈子の家で育ったんだもんな……。そして初恋。
 今だったらみーくんははなちゃんと結婚できたかもな。獣人と結婚する人間も増えてきているし。
 でも、その一方で獣人を毛嫌いする層が増えてきたのもまた事実で――。
 獣人と人間が折り合うのは難しいにゃあ。多分神様のいたずらなんだと思うけど。
 オレはてっちゃん神様のおかげで獣人になれた。デンプシィはナッシュ・ゴールド・Jrの力で人間になった。
 獣人と人間の間にある問題はいつかもっと明らかになるかもしれないけれど――今のオレ達には関係のない話だ。
 いや、関係あるのかな。『獣人の権利を守る青年の会』なんてのも赤司達が立ち上げたくらいだもんね。オレも仲間に入れてもらえるっぽいな。――閑話休題。
「はなちゃん、どこ行く」
 葉奈子はとっておきと思われる笑顔を見せて行った。
「テーマパーク!」

 テーマパークの入り口ではウサギの着ぐるみを着たマスコットキャラが風船を渡していた。ピエロでなくてよかった。ナッシュ・ゴールド・Jrのせいでピエロにはいい思い出がないもんね。
「はい。はなちゃん」
「ありがとう。みーくん」
 くっそう。やけるなぁ。オレも真ちゃんと――。
 真ちゃんは難しい顔をしていた。
 葉奈子はピンク、みーくんは青い風船を手にしていた。二人は手を繋ぐ。周りの人達も微笑みかけてくれた。デートでテーマパークに遊びにくる大人だって珍しくないもんね。多分。
「みーくん、はなちゃんジェットコースターに乗りたい」
「いいね、行こう。――あ、でも……」
「風船だったらオレが持っているのだよ」
 真ちゃん、やっさしい!
 ――オレ達はジェットコースターに五回も乗った。ジェットコースターというか、テーマパーク自体初めてだからな。オレは。
 でも、風を感じるのは気持ち良かった。
「よく酔わないのだよ、お前ら……」
 真ちゃんが呆れ顔で言った。そして気が済んだらしい葉奈子とみーくんに風船を返す。
「あ、アイス売ってる!」
「はなちゃん何がいい?」
「ストロベリー!」
「僕はミントチョコ! おーい、おじさん、アイスくださーい」
「みーくん、相変わらずミントチョコが好きなのね」
 みーくんと葉奈子は二人してベンチに座りアイスを食べる。その横では真ちゃんが難しい顔をしてバニラアイスを舐めていた。
 あ、そういや、オレ、みきおのことを『みーくん』て呼んでたけど、真ちゃんも『緑間真太郎』だから真ちゃんがみーくんと呼ばれてもおかしくないよなぁ。
 つーか、真ちゃんも誰かに『みーくん』と呼ばれたことがあるんだろうか……。
 などと下らないことを考えていると――。
 みーくんがアイスを食べ終わった。
「みーくん、食べるのはやーい」
「あ、そうだ。はなちゃんにミントチョコ一口あげたかったなぁ」
「じゃあ、はい。はなちゃんの一口食べていいよ」
 葉奈子は溶けかけのストロベリーアイスをみーくんに差し出す。みーくんは美味しそうにそれを食べる。
 みーくんと葉奈子が、
「間接キス」
 と言ってくすくす笑った。
「次はコーヒーカップ乗ろうよ」
「オレは遠慮するのだよ」
 と、真ちゃん。
「真太郎さん、気を使わなくてもいいんですよ」
「気なんぞ使ってない。ただ――見てられないだけなのだよ」
「真太郎さん……」
 みーくんは自分の胸の前で拳をぎゅっと握った。真ちゃんの気持ちがわかるんだろう。
 今、みーくんはオレの体にいる。動かしているのはみーくんでもこの体はオレのものだ。だから――これって、もしかして……。
(嫉妬?)
 真ちゃんは葉奈子に嫉妬しているんだろうか。これはオレの自惚れ?
 真ちゃん、心配しなくていいからね。オレの一番は真ちゃんだから。みーくんの一番が葉奈子であるように。
「行こうよ。みーくん」
 葉奈子が引っ張って行こうとする。「う……うん」とみーくんは真ちゃんの方を見た。
 真ちゃん……彼らのデートが終わったら今度はオレと真ちゃんの二人きりで思い切り遊ぼうね。
 コーヒーカップ、くるくる。
「この真ん中の丸いのを回すとスピードがもっと出るのよ」
 葉奈子が得意そうに言う。ふぅん、知らなかった。テーマパークってたーのしー。
 真ちゃんと一緒ならもっと楽しいんだけど……。
「ねぇ、みーくん。今度は観覧車ね」
「はいはい。はなちゃんは相変わらず高いところが好きだね」
 オレらは観覧車の中に入った。密室だぁ。真ちゃんはこのひとつ後ろの車両(っていうのかな?)に乗っている。どうでもいいけど真ちゃんはお目付け役だろ? こんなんでお目付け役として付いて来た意味あんのかな……。
「はなちゃん……」
 みーくんは葉奈子にキスをした。
「今日は楽しかった。ずっとこんな風にはなちゃんとデートしたかった……」
「みーくん……」
「大きくなったね。はなちゃん。もうオレがいなくても大丈夫だね」
 みーくんが葉奈子の頭を撫でた。
「たかおくんには世話になったよ。オレにこの体を貸してくれたんだもんね。はなちゃん、次はどこ行く? ――今日一日は付き合ってあげられるから」
「はなちゃんね、もう一度みーくんと花火が見たい」
 みーくんは、「いいよ」と答えた。オレも花火が見たかった。
 ――真ちゃんも加わり遊びながら夜になるまで待って、一緒に穴場と言われる場所で眺める花火はそれはそれは綺麗だった。

2018.07.11

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