猫獣人たかお 56

 オレ達は、院長と一緒にロビーにいた。
「すみませんね。緑間さんにたかおさん。どうもお見苦しいところを――」
「にゃっ。院長先生は悪くないよ」
「そうなのだよ」
「そう言ってくれれば有り難いのですが――」
「ねぇ、院長先生。どうして葉奈子さんはみーくんにあんなに執着するんです?」
 オレが訊いてみた。
「葉奈子さんのお父さんが、みきお君を殺したんです……」
 ざぁぁぁぁぁ……。
 雨の音がする。
「どうして……?」
「山田葉奈子の父、三郎は獣人をペットとしか見ていない人でした。事あるごとにみきお君に乱暴していたようです。そして或る日とうとう……」
「葉奈子はみきおと一緒にいた時期が一番幸せだったようですね。それは、父親の暴力もありましたが――」
 そうか……。
 葉奈子がオレに乱暴したのは、親父さんの影響か。可哀想な葉奈子……。
「なっ、かずなり。何を泣いているのだよ」
 と、真ちゃん。
「えっ、オレ泣いてた?」
「良かったらお使いください」
 院長先生がハンカチを差し出す。偉い人なんだろうに、オレなんかに気を使っていい人だな……。オレはハンカチで涙を拭った。
 可哀想な葉奈子に可哀想なみーくん……。みーくんだってこんな葉奈子を見るのは辛いだろうに……。
 きっと天国から見てるよ、みーくんは。葉奈子さん……。
「それでわかりました。どうして葉奈子さんがオレを酷い目に遭わせたか」
 父親の蛮行を見て、自分も獣人をモノのように扱ってもいいんだって思っちゃったんだね……。
「何をしている。田村」
 厳しい声が飛んで来た。
「山田さん……」
 ちょっと見にはハンサムな中年男が言った。いや、もう初老にさしかかっているのかな。
 この人が山田葉奈子の父なのか。
 山田三郎って言ったな。山田三郎はオレを見て顔をしかめた。
「おい、そいつを外に連れて行け」
「ですが……」
「聞こえなかったのか。連れて行け」
「オレの方から出てってやるよ!」
 いささか腹が立っていたオレが怒鳴りつけてやった。
「そうだな……行こう。かずなり」
 真ちゃんがオレを宥めるように言う。
「おい、お前は何という名だ」
 オレは、「お前に名乗る名は持ち合わせていない!」とキレそうになったが、そう言うと院長先生の立場がなくなると思って、
「……たかおかずなり」
 と、ぶっきらぼうに答えてやった。
「たかおか。みきおにそっくりだな」
 そうなのか……だから、葉奈子はオレをみーくんと間違えたのか。
 それだけ聞くともうオレに興味はなくなったみたいだった。院長先生と何事か話し合っている。
「ああ、赤司のぼっちゃん。君は残ってくれ」
「……わかった」
 でも、本当は嫌なのはありありとよくわかった。こいつにかかったらどんな嫌味を言われるか、いや、嫌味だけならいいけれど――。
「真太郎とかずなりは帰していいですね」
「ああ。好きにしろ」
 赤司は運転手と思しき男に電話をかけた。
「もしもし、僕だ。――ああ、ああ。真太郎とかずなりを宜しく。わかったな」
 赤司はスマホを切った。
「表の車で帰ってくれ」
「ほう。獣人も近頃は偉くなったもんだな。ブルジョアの男を手玉に取るとは」
「かずなりはあくまで友達だ。僕の恋人は降旗光樹と言う」
「――何者だ。それは」
「僕の恋人だ」
 あっちゃ~。こんなこと降旗が聞いたらぶっ倒れるね。いや、降旗が結構芯が強いのはわかってるけどさ。
「じゃあ、オレ達は帰るのだよ」
「――山田さん」
 肩にかけられた真ちゃんの腕越しにオレは言った。
「葉奈子さんに乱暴したら許さないからね」
「おう。私があの子を? 私はあの子を愛しているんだ。乱暴なんかするはずはない」
 みーくんには酷いことしたって言うじゃないか!
 オレは爆発しそうになったが黙っていた。
「ふん。獣人の男娼が」
 オレは今度こそ本当に怒ったが、真ちゃんもいるし赤司や院長先生もいるので、フーッと毛を逆立てただけに留めていた。
 あいつ――いつか絶対やっつけてやる! この爪で引っ掻いてもやるもんね――って、人を傷つけないようにオレの爪は真ちゃんがいつも切ってるんだけどね。

「ねぇ、真ちゃん。オレも――何だっけ?『獣人を守る会』に参加していい?」
「正式には『獣人の権利を守る青年の会』なのだよ。勿論、お前はもう既に仲間なのだよ」
 赤司家の車の中――。オレは怒りを発しながら喋った。真ちゃんもちょっとおっかなびっくりみたい。
「オレ、葉奈子さんの味方することにした! そりゃ、みーくんにはなれないけれど……」
「そうか」
 真ちゃんはオレを刺激しないようにオレの頭を撫でた。
「お前は勇敢で優しい獣人なのだよ。いつか、獣人と人間が本当の意味でわかり合える世の中になるといいな……」
「うん……」
 オレも少しは落ち着いて来た。
「赤司が心配だな」
「大丈夫なのだよ。赤司もあれで赤司グループの御曹司だ。それなりの修羅場は潜ってきている筈だ」
「でも……」
「オレはお前の方が心配なのだよ。赤司は大丈夫だ。でも、お前は立て続けに災難にあったから――」
 そうだ。こんなことに真ちゃんや赤司がこんなことに巻き込まれたのもオレがいたからだ。
 でも、オレは自分を悪いと自分を責めない。何故なら、そんなことをしたって真ちゃん達を悲しませるだけだから。
「真ちゃん……オレ、皆が大好きだよ」
「わかってる」
「ありがとう――」
 オレはすぅっと眠気に誘われた。どうやら泣き疲れてしまったみたいだ。脳裏にさっきの葉奈子の姿が過って消えた。

「ここは……」
 ここは、てっちゃん神様といつも会う場所。ということは――。
 てっちゃん神様にも会えるに違いない! オレはてっちゃん神様を呼ぶことにした。
「てっちゃん神様ー! 神様ー!」
「はい、何でしょう」
「うわっ、びっくりした! あのね神様、みーくんを葉奈子ちゃんに会わせて欲しいの」
「――今日は同じような依頼が多いですね。みきお君」
「――はい」
 それは、オレと同じような外見だった。黒耳に黒い尻尾。顔まで似ているような気がする。
「たかお君。君は話に聞いているでしょうが、こちらは雨園みきお君です」
「雨園みきおです。初めまして」

2018.06.19

次へ→

BACK/HOME