猫獣人たかお 55

 家に帰ったオレは木村カエラの『レタスの歌』を歌いながらドレッシングとサラダを作った。シーチキンとレタスのサラダ。俺の大好物。
 勿論他のメニューもちゃんと作るよ。
 今日は洋食。コンソメスープも作ったんだ。と言ってもインスタントだけど。
 いつかもっと本格的な料理にチャレンジしたいなぁ。オレって料理好きみたい。
「オレは和食派だがかずなりの洋食は旨いのだよ」
 と、真ちゃんのお墨付き。
 食後のキスはシーチキンの味がした。
 お風呂で二人でナゴナゴしていたらオレ達、交尾したくなってそのままベッドへ。
 三回は行けると踏んだのだけどオレが疲れちゃった。真ちゃんはまだやり足りなさそうだったけど。
「なぁ、かずなり――」
「なぁに、真ちゃん」
 くたっとなっていたオレは、眠いにゃあと思いつつも訊き返す。
「お前は――葉奈子と会うのは辛いか?」
「――正直ね」
 オレはくいくいと腕で頭を掻く真似をした。
「嫌だったらキャンセルしてもいいんだぞ」
「ううん。オレが自分で決めたことだもん」
 ――本当はあまり乗り気ではないんだけど。でも、葉奈子のことも心配だし。
 何より葉奈子の精神が子供に戻ったと言うのが気になる。
 まぁ、明日のことだね。
「かずなり――」
「にゃ、にゃうん……?」
「眠そうだな。――話は後だ。おやすみ、かずなり」
「にゃうん……」
 しかし、この話の続きを真ちゃんがすることはなかった。真ちゃんがこの時何を言いたかったのは永遠の謎のままになる――。

「早く来い。かずなり」
「にゃーん」
「迎えに来たぞ。真太郎。かずなり」
 立派な車がオレ達をご送迎にやってきた。
「わー。すっごい車ー。ぴかぴかー」
「リムジンだ。乗れ」
 赤司が促した。
「これだからブルジョアは……なのだよ」
 真ちゃんは何か言いたそうだ。真ちゃんだって決して貧乏ではない。真ちゃんの実家も大層立派だった。
「今吉サン達はゴールデン街だ。まだ飲み足りないんだと。彼らの体が心配だよ。しかし、すっかりあそこに馴染んでしまったようだね。彼らは。――かずなり。精神病棟はここから二時間の郊外にあるところだ。葉奈子に会っても決して取り乱しては――」
 赤司の説明も最後まで聞かず、オレは眠ってしまった。
「着いたよ」
 赤司のソフトな声が聞こえる。
「……にゃ?」
「起きるのだよ、かずなり」
 真ちゃんが寝ぼけているオレを揺さぶる。
 そこは空気の綺麗な場所で森も川もあり、晴れ渡っているせいか何人かの人間の姿が見られた。
「ここには獣人、いないの?」
 オレは赤司に尋ねてみた。
「いないよ。ここには人間しかいない」
「他の場所では至るところに獣人がいるのに?」
「見舞客の中には時々いるみたいだよ。本当はお前を葉奈子に見せるのは心配なんだけど――」
「にゃん、オレなら大丈夫だよ」
「いや、心配なのは葉奈子の方だ」
「――子供に返っているから?」
「それもある。僕だったら永遠に子供のままにしておいた方がいいと思うんだけどね……院長が葉奈子を元に戻したくて頑張っているから――」
「そんなに葉奈子の状態は酷いの?」
「酷いのというか――まぁ、会えばわかる」

 山田葉奈子は個室にいた。かなり豪華な個室だった。テレビも新聞もある。
 ――彼女は眠っていた。普段着のままで。
 葉奈子、ちょっと痩せたんじゃないかにゃあ。寝顔があどけない。血色はいいようだ。
「院長、起こしてもいいですか?」
 赤司が丁寧な言葉で訊く。この病院の院長も一緒に来ていた。
「ああ。せっかく君達が来てくれたのにこのまま帰す訳にはいかんからな。――山田くん、起き給え」
 院長が葉奈子を起こしにかかる。
「葉奈子……」
「葉奈子さん……」
 真ちゃんとオレが葉奈子の顔を覗き込む。葉奈子の目がうっすらと開いた。
「――みーくん」
「……え?」
 葉奈子がガバッと起き上がってオレに抱き着いた。
「みーくん、みーくん、はなちゃんの為に来てくれたのね!」
「あ、葉奈子さん……」
「はなちゃんでいいよー」
「な……なんなのだよ、あれは」
 真ちゃんがポカンと口を開けている。オレはホークアイで真ちゃんの様子も見た。
「みーくんとは何者なのだよ」
 真ちゃんの問いに赤司が答える。
「みーくんとは本名、雨園みきお。葉奈子の為に両親が買い与えた獣人だ」
 買い与えた……? 獣人……?
「山田くん、さぁ、この子を離し給え」
「いやー! みーくん、みーくん」
 院長は力づくでオレ達を離した。
「葉奈子さん。オレはたかおかずなりだよ」
「みーくん、じゃないの……?」
「そうだよ」
「いやぁぁぁ! みーくん、みーくん、何でそんなウソつくの……? はなちゃんのこと嫌いになったの?」
 葉奈子は泣き伏した。困ったな……。
「やはりかずなりを連れて来てもダメだったか――逆効果だったみたいだな」
「……ねぇ、赤司。葉奈子はみーくんとやらにかなり執着してるようだけど、友達とかだったの?」
 オレは訊いてみる。オレがみーくんじゃないと知ってこんなに取り乱すくらいだ。みーくんとは葉奈子にとって重要な存在だったのだろう。
「……雨園みきおは山田家のペットだったんだよ」
「ペット……?」
「かずなり、君も聞いたことがあるだろう。人間は獣人をペットにすることもあるって」
 真ちゃんが横合いから口を出した。
「――じゃあ、オレ達の権利はどうなるの?」
「その為に僕達がいるんだよ。獣人の権利を守る為にね。真太郎、かずなり、君達も世間ではまだまだ人間とペットの猫獣人の扱いなんだ」
 赤司が説明してくれた。
「オレは真ちゃんの恋人だよ。そりゃ、ペットでも真ちゃんの傍にいられれば嬉しいけど――」
「かずなりはオレのペットではない。オレ達は対等な存在なのだよ。恋人というのも満更かずなりの出鱈目ではないのだよ」
「でも、世間の大多数はそう見てはくれないんだ。――残念なことにね」
 赤司が吐息を洩らした。
 そうなんだ……。

2018.06.09

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