猫獣人たかお 54

 山田葉奈子の見舞いに――。どうしよう……。
「オレは別にいいが……」
 真ちゃんが心配そうにオレの方を見る。あうう、また真ちゃんに迷惑かけちゃったよ、オレ……。
「オレも、行きます」
 と、オレが答えた。
「そうか」
 赤司はほっとしたようだった。
「それにしてもどうしてまた……山田葉奈子の話はタブーだったじゃないか」
「うん、ちょっとね……」
 赤司が言葉を濁した。ムッ君が
「お代わりしたーい」
 と言うのへ、黄瀬ちゃんが、
「食べ過ぎっスよ、紫っち」
 と窘めていた。
「でも、食べたーい」
「仕方ない。敦の費用はこちらが持とう。真太郎にかずなり、涼太にさつきや監督の分もね」
「ほんとか?!」
「俺達のも頼むぜ!」
「君達はダメだ」
 たかろうとするタイガと青峰に赤司はノー、と言った。
「ちぇっ」
「何で紫原達がよくて俺達はダメなんだよ」
「タイガはテツヤが面倒見ているし、大輝だって今日はテツヤにおごってもらうんだろう?」
「だって、オレん家、お前の家みたいに裕福じゃねぇもん。それに、テツにおごってもらうよりは気が楽だし。テツのヤツ、これ以上食ったら自腹を切れなんて言いやがるんだぜ」
「何事も限度というものがありますからね。――青峰君の家は、青峰君のエンゲル係数のせいで家計が傾いていてもおかしくはないですが……」
「――テツ、てめぇ……!」
「やめて、青峰君! テツ君に乱暴しないで! テツ君に怪我させたらいくら青峰君でも許さない!」
 桃井サンが止めようとする。青峰だって本気で怒っている訳ではないと思うけど……。リコさんは我関せずの態度を取っている模様だ。青峰は本当は怒っていないんだから簡単に引くと思う。
「ちっ、わかったよ」
 ほらね。
「明日山田葉奈子ん所に行くんだろ? 俺達も行っていいか」
「悪いけど君達は遠慮してくれないかな」
 タイガの言葉に赤司、今回二度目のノー。――立ち直りの早い青峰がこう言った。
「何で。緑間やたかおと違って俺ら力があるからボディーガードにうってつけだと思うぜ」
「何だ、青峰。オレが非力だとでも言うのか」
 真ちゃんが青峰に食ってかかる。こんなとこで怒っちゃダメだよ、真ちゃん。確かに青峰が決して弱くないのは対ナッシュ・ゴールド・Jr.戦で証明されたけど――。
「――ボディーガードが必要なら君達に是非にと頼むんだけどね」
 赤司が言った。ということは、怪我したりする心配はないということか……。
 ――何だか葉奈子が心配になってきた。
「ねぇ、赤司。葉奈子さんの具合どうなの? まさか死んだりしないよね」
「――ん。まぁ、今すぐどうこうという訳ではないんだけどね」
「じゃあ、教えて。葉奈子さん今どうなってんの?」
 オレが掴みかからんばかりに赤司に迫ると赤司はふうっと溜息を吐いた。
「本当は病院に行ってから話すつもりだったんだけどね……今、山田葉奈子の精神は子供に帰っているんだ」
「子供に……」
 オレは少しの間呆然としていた。
「あ、雨が降って来たみたいですよ」
 窓際のてっちゃんが呟いた。
「わかった。皆、僕の車で送ってあげるよ。女の子達もいるしね」
「あー、オレはいいや」
 と青峰。
「何で?」
 と桃井サン。
「雨に濡れて帰るのだって悪くねぇ」
「大輝。まだ怒っているのかい?」
 因みに大輝とは青峰の下の名前ね。前にも言ったかもしれないけど――ええと、どうだったかな。
「別に。ただ濡れて歩くのは嫌いじゃないだけだよ」
「――風邪ひくぜ」
 タイガがコン、と青峰の頭を叩いた。こういうの、好きな人は嬉しいんだろうな。
「あー、オレも濡れて歩くの、嫌いじゃないよ」
 オレはちらっ、ちらっと真ちゃんの方を見る。
「ほう、それは知らなかったのだよ。だったら青峰と一緒に濡れて帰るんだな」
 もう! そういう意味じゃないのに! 真ちゃんたら!
「真ちゃん、あのねぇ……」
「冗談なのだよ。猫は濡れるの嫌いだろ。ほら。傘も持ってきてあるのだよ」
 なぁんだ。真ちゃん。本当はわかってるんじゃん。
「俺達はこの傘で帰るから他の奴らは勝手にするのだよ」
「おう」
「待って、真ちゃん。オレ、まだシェイク飲み終えていないんだけど」
「オレもまだアイスティーを飲み終えてない」
「ここのアイスティーも何気に旨いんスよね」
 黄瀬ちゃんが話題に入って来たが、真ちゃんは何も言わずにアイスティーを啜る。――黄瀬ちゃん、哀れだ。
「黄瀬ちゃん、今度アイスティー飲んでみるね」
 ちょっといたたまれなくなってオレは黄瀬ちゃんに声をかけた。
「ああ、たかおっち。――優しいんスね。大丈夫。オレこういう扱いには慣れてるから」
 慣れたらいいってモンじゃないと思うんだけど……。
「緑間君がわざと無視しているのがわかるようになっただけでも、黄瀬君、空気が読めるようになりましたね」
「あうう、黒子っちぃ……」
 てっちゃん、とどめを刺してどうするの! オレは心の中でツッコんだ。――オレ達がドリンクを飲み終わると真ちゃんがオレを席から立たせた。
「じゃあ、オレらはもう行くからな。来い、かずなり」
「うん。じゃあねみんな、今日はオレ達の為にありがとう」
「ああ。また皆で集まろう」
 赤司が頷いた。「バイバイ、風邪なんかひいちゃダメよ」とリコさんが手を振ってくれた。

 オレ達はマジバを出る。雨足がさっきよりだいぶ弱まって来た。
「今頃ゴールデン街かな。今吉サン達」
「まだ夜と呼ぶには早いのだよ――そうだ。食料が減って来たから調達するか。お前の大好きなシーチキンも買って帰ろう」
「にゃん」
 今日のおかずはシーチキンかぁ……オレが幸せに浸っていると――。
「きゃっ」
 ――誰かにぶつかった。
「あ、申し訳ありません」
「いえいえ」
 真ちゃんがちょっと妙な目でさっきオレがぶつかった女の人を見つめている。どうしたと言うんだろう。
「ねぇ、真ちゃん、どうしたの?」
「ん? ああ……今の、獣人だったな」
「そうだね。うさぎの獣人さんだった」
 しかもすごく可愛かった――そう思ったことは真ちゃんには内緒にしておこう。やきもち妬かれても困るしね。真ちゃんは別のことを考えているみたいだった。
「獣人はこの頃もの凄く増えているみたいだな」
 真ちゃんがぽつりと呟いた。そうだね。真ちゃん。だから、オレ達はオレの仲間の為にも立ち上がらなければいけないんだ。

2018.05.30

次へ→

BACK/HOME