猫獣人たかお 53

 さて、話し合いも一段落して皆でマー坊の家からお暇しようとした時――。
「あれ、黒子がいねぇ」
 タイガが相棒のいないのに気付いたらしかった。そういやオレも見なかった。
「本当だ」
 赤司も気がつかなかったらしい。皆でどこだ、どこだと騒ぎ始めた。――チャイムが鳴った。
 マー坊が扉を開けると――
「ただいま」
 てっちゃんが帰ってきた。
「もうー。テツ君たら一体どこに行ってたのよー。皆心配してたんだよー」
 桃井サンがてっちゃんに抱き着く。
「お安くねぇな、あいつら」
 みゃーじさんがニヤニヤと笑う。マー坊が、そういうことは人目につかないところでやりなさいと桃井サンとてっちゃんに注意する。てっちゃんは巻き込まれただけだけどね。
「すみません……これ、買ってきました」
 てっちゃんが差し出したは、手帳――大学ノートの小さいヤツ――だった。
「桃井さんが欲しがっていたもので……そんなに入り用なのかと……」
 桃井サンがふるふると震えた。
「テツ君、大好き!」
 そしてぎゅっと力強くてっちゃんを抱き締める。
「これ、宝物にするわね、いいえ、家宝よ家宝!」
「そんなに……貴重なものではないんですが」
「わぁってねぇなぁ、テツ」
 青峰が頭をがりがり掻いた。
「好きなヤツからもらったもんは安物でも宝物なんだよ」
 お、青峰いいこと言う!
 オレだって真ちゃんからもらった物は大切にするもんね。尤も、真ちゃんはラッキーアイテムにこだわるから滅多な物はプレゼントしてくれないんだけど。
 まぁいいや。真ちゃんからはいつも愛をもらっているから。
「好きな人……?」
 てっちゃん、まだ気づいていないみたい。青峰が、
「時々さつきが可哀想になってくるよ」
 と言った。オレもそう思う。
「さぁさ、皆、今日は帰りなさい。私は仕事があるから」――と、マー坊。
「はーい」
「ワシらはまだここにおるから」
「そうだな――今吉達は他の家族とも仲いいし、いてくれると有り難いな」
 マー坊が今吉サンに向かって頷く。
「全く……今吉サンは外面だけはいいんだから」
 と、花宮サン。
「花宮……何か言ったか?」
「何も?」と、花宮サンが嘯く。
「まぁええわ。マー坊、ワシら今日は夜が更けたらゴールデン街に行くから」
「――くれぐれも気を付けたまえよ」
「わかってるて」
 今吉サンが嬉しそうに言う。
「花宮やたかおの他に心配してくれる人ができるのは嬉しいなぁ」
「なっ、今吉サン、オレがいつ心配したって……」
 花宮サンが焦る。
「だってさ……いつも傍にいてくれるやん」
「あ、あれはアンタが無茶しやしないかと――」
 今吉サンの眼鏡の奥の目が細くなる。花宮サン、それを心配と呼ぶんじゃないかとオレは言いたかったが黙っていた。今吉サンには充分伝わっているはずだ。

「じゃ、マジバに行きましょう。青峰君、火神君、紫原君は食費自分持ちね」
 リコさんが張り切っている。この人はいつも張り切っているけど。「はーい」と、ムッ君は素直に手を挙げた。青峰がむくれる。
「ちぇ、ケチな貧乳だ」
「――何ですって?」
「ケチな貧乳だと言ったんだよ」
 青峰、リコさん怒らせても碌なことないんだから黙っときなよ。オレははらはらした。
 リコさんは頭が良くて運動もできる。ただ、唯一のコンプレックスが貧乳だということらしい。
 胸が小さくてどこが悪いんだろう。オレも真ちゃんも男だから真っ平なのに。
 まぁ、そこは女心というヤツなのかなぁ。オレにはわからないや。
 それよりもリコさんはもっと料理の腕を磨いた方がいいと思うけどなぁ。料理にサプリメントを混ぜるのも止めて。
「おい、青峰。言っていいことと悪いことがある」
 タイガが諭す。青峰が「けっ」と反発した。
「そうよ。カントク胸のことは気にしてるんだから謝るなら今のうちよ。青峰君」
 桃井サンも言う。桃井サンは巨乳だからきっと貧乳の人の気持ちはわからないのだろう。オレもわからないけど。
 ――数秒後、青峰の顔は真っ赤に腫れ上がった。

「いらっしゃいませー」
 マジバの店員さんが快く応対してくれる。
「――!」
 その店員さんが絶句した。オレやタイガのような獣人も一緒にいるから驚いたのかと思ったがそうではないらしい。
「……どうした?」
 青峰が訊く。
「あ、あの、お客様? 失礼ですがその顔は――」
「あん? 喧嘩したんだよ」
 青峰はリコさんのことを庇ったらしい。いや、女にボコられたと知られては男としての立場がないからそう言っただけかもしれないけど。
「頬、冷やしますか?」
「別にいいって」
「でも……」
 この店員は良く言えば親切な、悪く言えばお節介焼きの質らしい。
「このぐらい、青峰っちには日常茶飯事ですよ。ね、青峰っち」
「んだよ、黄瀬。るっせーぞ」
 店員さんは「そうですか……」と引き下がった。
 オレはマジバーガーを注文した。玉ねぎ入りのヤツだ。
 真ちゃんはこれを読んだら心配するかもしれないが、オレは玉ねぎが大好きなのだ。
「大丈夫か? たかお。それ、玉ねぎ入りのヤツだぞ」
 案の定、真ちゃんは心配してくれた。
「いいっていいって」
 オレは真ちゃんが心配してくれるのが嬉しかった。十年一日の如くの会話だけど。
「緑間……アイツ、まだたかおが玉ねぎ食えないのどうのと心配してるのか?」
「恋人同士のやり取りというヤツです」
 呆れているタイガにてっちゃんが言った。
「そか。お前にも金かけて済まねぇな。黒子」
「火神君の養育費は親御さんから頂いてますから」
 タイガはてっちゃんの家に養われているらしい。
「あー、いいよなぁ。金持ちの連中はよぉ。オレんところは貧乏だからな」
「じゃあ、青峰君の分もおごってあげましょうか?」
 てっちゃんの台詞に「――頼む」と、青峰が答えた。正直だね。青峰。――良かったね。正直なのはいいことだ。
「真太郎、かずなり、ちょっといいか?」
 ――赤司だ。「何?」とオレが訊く。真ちゃんも訊きたそうだ。ムッ君が赤司の隣でマジバーガーの山を胃袋に収めている。――壮観だなぁ。青峰もタイガの前にもはマジバーガーの山が鎮座ましましている。てっちゃんは窓際の席で趣味の人間観察を行っている。
「明日、山田葉奈子の見舞いに行くが、真太郎、君達も来ないか?」

2018.05.21

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