猫獣人たかお 51

「勿論なのだよ!」
 真ちゃんがオレに向かって大きく頷いた。
「あ、だけど――今、赤司達が来てるんだった。まだいるかもなのだよ」
「赤司達がいたっていいじゃない」
「だけどオレの部屋はそう広くないのだよ」
「ここに呼び寄せてみれば? 赤司は私の教え子だし」
 まぁ、赤司には時々私のミスを指摘されるからどっちが教え子だかわかりゃしないな――そう言ってマー坊は笑った。
「今日のことは一応トラにも話しておく」
「トラって誰だっけ? 聞いたことあるような気がするけど」
「相田景虎なのだよ。リコの父の」
 真ちゃんが補足した。ああ、オレの他に中谷教授を『マー坊』って呼んでいた人。
「教授、リコ――相田さんも来ているのだよ」
「だったら話が早い。私から言うより相田に頼んだ方がいいかな」
「どうしてリコさんがお父さんに話をするのがマー坊が話すよりいいことなの?」
「それはだな――トラは子煩悩だからだ。いい歳した娘を未だに『リコたん』と呼んでいるらしい」
「娘命って感じみたいなのだよ」
「へぇー、微笑ましいね」
「そうかねぇ……」
 今吉サンが溜息を吐く。
「気味がわりぃぜ、ったく」
 花宮サンは吐き捨てるように言った。
「まぁ、たかおの真ちゃん呼びよりはマシかな」
 そう言って花宮さんがにやりと笑う。うー。真ちゃんの名前は緑間真太郎だよ。真ちゃんて呼んで何が悪い。
「ほら、これが相田景虎だ」
「こんなオッサンが……」
「娘のことをリコたん呼ばわり……」
 今吉サンと花宮サンが青褪めている。アルバムには茶髪のちょっと悪そうなオジサンの写真が載っている。何か見たことあるような……。
「あーっ! この人、昔の全日本のバスケ選手じゃない?」
「え? 知ってるのか? かずなり」
 と、真ちゃん。
「知ってるも何も、真ちゃんが教えてくれたんじゃない」
「そうか――トラのことも覚えてくれていて偉いな、たかおは」
 マー坊が頭をなでなでしてくれる。えへへ、褒められた。
「俺の育て方が良かったんです」
「緑間、自分から言うもんやないやろ。そういうことは」
 目を細めた今吉サンがツッコむ。関西出身なだけあって今吉サンのツッコミは天下一品だ。
「む……」
 真ちゃんも言葉を失くしたらしかった。
 ――電話が鳴った。
「お……私が出る」
 マー坊が立ち上がって受話器を取る。赤司かららしい。
「おう、赤司。え? 何と、そこまで話が進んでいるのか」
「赤司が何と?」
 真ちゃんの声に、
「赤司が大学の生徒全員全てに働きかけて獣人の地位を上げる組織を立ち上げたいらしい」
 と、マー坊が言う。――やがてマー坊が受話器を置いた。
「へぇー」
「赤司はこういうことになったら行動が早いからな。良かったな。たかお」
「うん……うん……」
 一度緩くなった涙腺は元に戻るには時間がかかるらしい。オレは今日は泣いてばかりだ。
「たかおのことが大きいぞ。たかお、今までよく戦ったな」
「え? オレ、戦ってないよ」
 それどころか助けてもらうばかりで――。
「戦っとるやろ。自分。ワシ、たかおに勇気もろたわ」
「オレもだ。オレはな……昔自殺を考えたことあるんだ」
 花宮サンが言った。
「それは初耳やで」
「今吉サンにも言わなかったからなぁ……」
「でも、こんな話今までされなかったなんて、ワシ、相方として無念やわぁ……別に責めとるわけやないけど」
「誰が相方だ。漫才コンビじゃあるまいし!」
「似たようなもんやろ。オレな、花宮。いつか自分とゴールデン街で安酒飲むのが夢やってん」
「じゃ、今日行こうか?」
「おう。行こう行こう」
「こらこら。ゴールデン街はいいが、たかお達についての話が先だろう?」
 マー坊が、話がゴールデン街に飛びそうな今吉サンと花宮サンの二人を現実に引き戻す。
「そやったな。――その組織の名は決まったんか?」
「まだらしい。似たような名前の組織は他にいくらでもあるからな」
「アニマルヒューマン保護機構とは一線を画したいしな」
「一緒にしないでもらいたいのだよ」
 真ちゃんが不機嫌な声を出す。
「けれど、紛らわしい名前をつけているヤツらはぎょうさんおるからな」
 そうだね……獣人の為に働くような名前の組織でいて、本当は見ると聞くとじゃ大違い、なんてのもあるもんね。その筆頭がアニマルヒューマン保護機構だけど。
「取り敢えず赤司に会う目的はできたわけだ。相田とも話がしたい」
 マー坊が言った。
「他にも黄瀬や青峰がいるのだよ。まだ帰ってなければな」
「ほう。まさか紫原までいるんじゃないだろうな」
「うん。ムッ君来てるよ」
 オレも横から口を出した。
「それから、てっちゃんとタイガ、桃井サンも来てるよ」
「心強い限りだ」
 マー坊は苦み走った笑みを湛えた。
 そうだね、とオレも答える。
「全員呼んでくれないか? こっちに」
「ああ」
「ワシらもいてええんか?」
「いいとも。今吉。というか、お前達の証言が必要なんだ」
 満場一致で赤司達をマー坊の家に招くことになった。真ちゃんがスマホを取り出す。
 その時――。
 プルルルル、という音が鳴った。何の音だろう。
「あ、インターフォンだ」
 ふぅん、インターフォンってピンポーンって鳴るもんだと思ってた。マー坊が出て行くと――
「あ、お前ら……」
「こんにちは。中谷教授」
 この声は! オレは玄関に駆け寄って行った。
「みゃーじさん、木村さん」
「おう。たかお、お前も来てたのか」
「オレ、すっかりみゃーじさんだぜ……」
「君なんかまだいい。私なんかこの歳で『マー坊』だからな……」
「オレには関係ないな」
 そう言って木村さんがからからと笑った。みゃーじさんがちっと舌打ちした。でも、オレは嬉しかった。みゃーじさん――本名・宮地清志さん――が来てくれたんだから。

2018.04.20

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