猫獣人たかお 5

「降旗を――? いや、今日は見てないが」
「真太郎。彼は降旗光樹ではない。将来は赤司光樹になる男だ」
「降旗はそうは思ってないと思うぞ」
「降旗って?」
 オレが真ちゃんの顔を見上げる。
「降旗は赤司の飼い獣人だ。チワワなのだよ」
 真ちゃんがそっと囁いた。
「そう、僕の恋人だ」
 聞いてたんだ……真ちゃんの台詞。あんなに小声だったのに。
「僕達は飼い主とペットの関係ではない。恋人だ」
 赤司が再び断言する。
「まぁ、そう主張するのは勝手だが――」
「真太郎。君に僕のことが言えるのか?」
「かずなりとはいかがわしい関係ではないのだよ」
「にゃう?」
 オレは首を傾げた。
「隠さなくていい。――なかなか可愛い猫じゃないか」
「だから、かずなりとオレはそういう関係ではないと――」
「にゃう?」
 オレの耳がぴんととんがった。――なんか、イヤな予感がする。
「まぁ、光樹がいないなら、ここにいても仕方がない」
「逃げ出したんじゃないか? お前が嫌で」
 赤司の目がすっと細くなった。――真ちゃん。オレ、赤司怖い。本人がいるから言わないけど。
「それはあるはずはない。光樹にとって絶対は僕だ」
「ほら、そういうところが――」
「じゃあ行く。邪魔したな。真太郎。真太郎を宜しく。かずなり」
 赤司は風の如く去って行った。
 オレには、赤司と真ちゃんのやり取りで気になったことがある。
「ねぇ、真ちゃん。恋人って、何?」
「お互いに好き合う者同士のことを言うのだよ。――人間同士ならな」
「人間と獣人とだったら、違うの?」
「基本的にはそう違わない。だがな、かずなり」
 真ちゃんは一拍おいてふぅ、と息を吐いた。
「――人間として恥ずべきことだが――獣人を性奴隷にする輩がいるのだよ」
「せいど……? 何……?」
「簡単に言えば、おまえらで言う交尾をする相手なのだよ。まぁ、それだけではないがな」
 オレの尻尾がぴん!と立った。
「真ちゃん、オレ、真ちゃんが好きだよ」
「な……なんなのだよ、藪から棒に」
 眼鏡の奥の真ちゃんの目が狼狽を示している。
「オレも真ちゃんの性奴隷になりたい」
「馬鹿! 声が大きいだろうが!」
 真ちゃんに怒られたので、オレは口にチャックをした。
「それを言うなら、恋人だろう?」
「恋人も交尾する?」
「ああ。というか、交尾する為に恋人を探すヤツも多いのだよ」
「交尾する為にメスを探すってこと?」
「――まぁ、そうだ」
 真ちゃんはどこか言い辛そうだ。何でだろう。
「降旗ってのは、赤司の恋人なの?」
「ああ。赤司がべた惚れでな――降旗は赤司を怖がってる」
「ふぅん……」
「まぁ、赤司はあれでも真剣だし、降旗と仲良くなっていければいいが――かずなり?」
 オレはぎゅっと真ちゃんを抱き締めた。何となくそうしたかったから。
「優しいね。真ちゃん」
「な……だから、オレは優しくないのだよ」
 真ちゃん焦る。すごく可愛い。
「真ちゃん、愛してる。オレ、真ちゃんと交尾できるかなぁ。男同士だけど」
「ああ。今はお前は獣人だからできるのだよ。でも――かなり痛いらしいぞ」
 オレはごくっと息を飲んだ。
「まぁ、だから、あまりつまらないこと考えるな。オレはお前に手を出さん。そして、お前に変なことをするヤツがいたら――このオレがぶっ飛ばすのだよ」
「――うん。わかった」
「かずなり。お前のことはオレが守ってやるのだよ」
「にゃあ!」
 真ちゃんがオレの頭を撫でてくれた。オレは嬉しくて耳をぴくぴくさせた。
「うぉーい、緑間ー」
 やたら色の黒い、青い髪の男が声をかけてきた。悪い人ではなさそうだけど……ちょっと顔が怖い。
「真ちゃん……」
 不安になったオレは真ちゃんの顔を見遣る。
「大丈夫だ。かずなり。こいつはいいヤツだ。――単純バカだけどな」
「だぁれが単純バカだ。聞こえてんぞ」
「聞こえるように言ったのだよ」
「ケンカ売ってんのか? てめ……そっちのちっこいのは獣人だな。獣人嫌いの緑間様もついに落ちたか」
 青い髪の男は不敵に笑った。ちっこいって馬鹿にしたなー。真ちゃんやアンタがデカ過ぎるんだよ!
「真ちゃん?」
 オレは「この人誰?」と訊こうとしたのだが。
「あー、わり。自己紹介がまだだったな。オレは青峰大輝。宜しくな。ええと……」
「たかおかずなり」
「おー、宜しくな。カズ」
「なに気安く呼んでいるのだよ」
 真ちゃんはオレを自分の背中の方に回した。真ちゃんが守ってくれている。真ちゃんがいれば何も怖くない――。
「そう警戒すんなよ。生憎オレは獣人に興味はねぇ。――んじゃ、さつきが来たら適当に誤魔化しといてくれ」
 ポッケに手を突っ込んだまま、青峰がふらりふらりと歩いて行く。
「自分で言うのだよ。全く――」
 真ちゃんが仕方なさそうに呟いた。怖い人でないことはわかったけど、何か得体がしれないな――。
 そう思った時。
「青峰くーん!」
 胸の大きな女の子が、走ってきた。
「桃井……」
「あ、緑間君、こんなとこで何して――きゃあ、可愛い!」
 え? 可愛い? オレはきょろきょろと辺りを見回してしまった。
「何してるのだよ。お前のことなのだよ。かずなり」
「えー。その子かずなり君て言うのー? すごく可愛くなぁい?」
「かずなり。こいつがさっき青峰が言ってた、桃井さつきなのだよ」
 ふぅん、桃井さつきちゃんかぁ。ピンク色の長い髪をしている。それに――。
「真ちゃん。この人、おっぱい大きいね」
 オレがそう言うと、真ちゃんに頭を殴られた。――何で? ていうか痛い……。
「もう、何するのよー。よしよし、カズ君可哀想ねー」
 桃井サンが頭を撫でてくれている。真ちゃんはオレをどかすとスタスタと行ってしまおうとする。オレは追いつこうとして走った。ちらっと後ろを見ると、桃井サンの寂しそうな顔が目に入った。でも、オレは真ちゃんを追いかける。
「待って! 真ちゃん!」

2017.1.6

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