猫獣人たかお 49

「これから中谷教授のところへ行って来るのだよ。お前も来るか? かずなり」
「にゃん!」
 真ちゃんの言葉にオレは一鳴きして答えた。
「留守は頼めるか? 赤司」
「ああ。わかった。ついでだから話し合いでもしてるよ」
「お菓子ないの~?」
 ムッ君はいつもゆるゆるだ。でも、いてくれるとほっとする。
「紫っち、人の家に来てそれはどうかと思うんスが」
「何だ。初めてまともなこと言ったな。黄瀬」
「酷いっス! 緑間っち!」
 何だかカオスになって収拾つかなくなるんじゃないか――そう思った時。
 バキッ。
 机が割れた音がした。リコさんだった。
「あなた達、ちょおっと静かにした方がいいんじゃない?」
 リコさんの言うことももっともだけど、机が――。
「あら、机が壊れてしまったわね。――緑間君、弁償するわね」
「い、いや、机を買う金くらいあるのだよ……」
 真ちゃんの顔が青褪めていた。気のせいじゃないよね。だって、オレだってきっとそうだもん。
 リコさんて、ナッシュ・ゴールド・Jrより怖いかもしれない……。
「し、真ちゃん、早く行こ」
 オレはカタカタ震えそうになる体を抑えながら真ちゃんに言った。
「ああ、そ……そうだな。行くのだよ。かずなり」
「リコがいれば僕達は無敵だね」
 赤司の言う通りかもしれなかった。
 オレ達はチャンスとばかり赤司達を置いてマー坊の家に逃亡した。

「やぁ、たかお。よぉ来たな」
 まず今吉サンが歓待してくれた。
「本当に、よく来たな」
 と、マー坊。
「こんにちは。今吉サン、花宮サン――マー坊」
「緑間にたかお、さぁ上がってくれ」
 マー坊が言う。オレも今吉サン達に会えて嬉しかった。それとマー坊にも。オレが靴を脱いで上がるとマー坊がオレの丸い頭を撫でる。気持ち良くて耳ピクピク。マー坊が目を細めた。
「んー、たかおはいつ見ても可愛いな」
「中谷教授。かずなりはオレが――」
 真ちゃんが割って入ろうとした。真ちゃん、もしかして妬いてる? ちょっと嬉しいにゃ。
「わかっとる。私のところには今吉と花宮がいるからな。それとたかお、マー坊はやめろ」
「にゃだ」
 オレは即座に答えた。今吉サンと花宮サンが同時に吹き出した。
「この頃は私のことをマー坊と呼ぶ輩が多いんだよ……たかおのおかげでな」
「マー坊」
「マー坊」
 今吉サンと花宮サンが呼んだ。
「だから、やめろと言ってるだろう。全く――今は家族がいないから私がお茶を淹れてやる。来い」
「オレが淹れるよ」
「でも、たかおは客だろう? 遠慮するな」
「だって、マー坊の淹れるお茶熱いやんなぁ」
「ああ」
 今吉サンと花宮サンが頷き合う。
「だって君達、お茶は熱いものだろう」
「これやもんな」
「嫌だったらそう言えばいいのに……」
 マー坊はブツブツ言う。
「いつも言ってるやん。それなのにころっと忘れるんや」
「物忘れが激しいんじゃないか?」
「うう……」
 今吉サンと花宮サンの合わせ技にマー坊が低く呻いた。
「中谷教授。元気を出してください。年を取れば誰だってそうなりますよ」
「緑間……お前、慰めているようでいてとどめさしてるぞ」
 それでもマー坊は笑った。
「じゃあ、たかお、淹れてくれ」
「アイアイサー」
「お茶の缶は突き当りの棚の三番目にあるから」
「わかった」
 オレは今吉サンと花宮サンのお茶はよく冷ましてから出した。
「旨いお茶やんなぁ――あんまり熱過ぎず」
「今吉……それは私に対する嫌味か?」
「そうやあらへん。まぁ、そう取られても仕方ないやもしれへんけどな」
「今吉サン、オレらの日頃の行いのせいかもな」
「今吉と花宮は口が悪いからな」
 マー坊は笑った。
 そうなのだ。でも、オレには親切だった。
「マー坊、今吉サンと花宮サンは悪い獣人ではないよ」
「――だな。オレもお茶は熱い方が好きだ」
 真ちゃんがお茶を啜った。マー坊と真ちゃんには熱いお茶を出した。
「ワシら猫舌やもん」
 今吉サンが長い舌を出した。
「――ところで、緑間にたかお、今日は何の用だ? 遊びに来てくれたのか?」
「そうじゃありません……アニマルヒューマン保護機構のことで」
「ふむ。真面目な話らしいな。今吉、花宮、お前らも真剣に聞け」
「ワシらはいつも真剣やんなぁ」
「そうは見えないけど」
 相棒(?)の花宮サンがツッコミを入れた。
「うーん。それはきっとこのあどけないスマイルのせいやなぁ」
「真面目に聞けと言うに!」
 マー坊が厳しい声で言った。今吉サンが「わかったで」とちょっとしょげた。
「かずなりが証言してくれると言うんです。アニマルヒューマン保護機構について」
「ほう、それはそれは」
 マー坊が姿勢を正した。
「アニマルヒューマン保護機構のことは私もこの二人から聞いてる。――大変な目にあったらしいな。たかお。今吉に花宮も」
「いやいや。ワシらはどうってことあらへん。元々野良だったからいろいろ辛酸も舐めてきた。でも、たかおは災難やったなぁ。気品のあるとこ見るとええとこのボンボンやのに。――地獄みたいな目に合うてきたんやもんなぁ」
「うっ……」
 今吉サンの労りの言葉にオレは泣きそうになった。真ちゃんが背中を撫でた。
「大丈夫か? かずなり」
「うん、大丈夫だよ、真ちゃん」
「顔色悪いやん。そこで寝ててええ。――ええやろ? マー坊」
「すっかりマー坊だな……」
 オレは横にならせてもらった。マー坊が毛布を掛けてくれる。
 もうすっかり過ぎたことなのに……思い出しただけで気持ちが悪くなるなんて――。それに――そうだ。あの時は割と平気だったじゃん。後から来るんだなぁ。こういうのって。花宮サンが言った。
「平気か――たかお。こんなんじゃ証言なんて無理なんじゃないか? きっと、これからますますいろんなこと思い出すぜ」

2018.03.31

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