猫獣人たかお 46

 みどりま、しんたろう――?
 その名前を聞いた時、どくん、と心が躍るのを感じた。
 それって――真ちゃんのフルネームじゃん!
 じゃあ、この子は――真ちゃん? でも、真ちゃんはもっと大きかったはず。
 そして、オレは――?
 自分のことは全然思い出せない。なんか……他に名前があったはず……。
「にゃあん、にゃあん?」
「お腹空いてんのかな?」
 真ちゃんに似た少年――或いは真ちゃん本人?――が心配そうに覗き込む。違うって……確かに腹減りだけど。
「にゃあん、にゃあん」
「よしよし、今家に連れて行ってやるからな」
 うーん、まぁいいや。
 オレは真ちゃんに抱かれた。真ちゃんは猫が苦手なくせに猫を抱くのが上手い。オレは頭を真ちゃんの胸に擦り付けた。
「帰ったらご飯にするのだよ」
「にゃあ!」
 オレは小さい真ちゃんの飼い猫、クロ。それでいいではないか。

「ただいま、なのだよ」
「あら、おにいちゃま」
 三、四歳くらいの賢そうな女の子が。この子も緑色の髪で――真ちゃんの妹に似ている。
 もしかして春菜ちゃん?
「春菜。今日からこの猫を飼うのだよ」
「えーっ、おにいちゃまが?!」
 オレはじーっと春菜ちゃんの緑色の瞳を見つめた。春菜ちゃんもオレを見つめる。
「かわいい! ねぇ、おにいちゃま、このねこ、はるなにゆずって」
「だ……だめなのだよ」
「何で? おにいちゃまねこきらいだったじゃない」
「う……」
「じゃあ、ときどきごはんをあげたりするのはいい?」
「――わかったのだよ」
「わぁい。ねぇ、おかあさま、おとうさま、おにいちゃまがとてもかわいいねこひろってきたの。かってもいいでしょ?」
「ほほう。真太郎がねぇ……」
「まぁ、ほんとに高貴なお顔立ち」
「のらねことは思えないのだよ」
「そうね。それに、これを機会に真太郎の猫恐怖症が治るといいわね」
「お母さん、ありがとう」
 真ちゃんの両親はとてもいい人達だ。春菜ちゃんも優しい。いつだったか真ちゃんは、
「あいつとは気が合わないのだよ」
 とか言ってたけど、ちゃんと仲良し兄妹してんじゃん。真ちゃんのことだとよく物事思い出すなぁ、オレ。
「真太郎。この猫ちゃんの名前は決めたの?」
「クロなのだよ」
 お母さんの問いに真ちゃんは胸を張って答えた。
「じゃあ、お母さんと一緒にクロちゃんのご飯を買いに行きましょう」
「うん」
「はるなもいくー!」
「まぁまぁ。春菜はパパとお留守番だ」
「ぶー」
 春菜ちゃんは河豚みたいに膨れた。春菜ちゃんには言えないし、そもそも今のオレは人語を話せないのだけど。
「クロも留守番だ。パパとクロがいればいいだろう?」
「――わかった」
 この頃の春菜ちゃんはとてもいい娘みたいだ。それに、成長した春菜ちゃんはとても美人なのだ。今からその兆しがうかがえる。

 真ちゃんが買ってきたミルクをくれた。オレは必死で飲む。オレは仔猫に戻っていたのだ。
 真ちゃんがとても優しい目でこちらを見ている。
「ねぇ、お母さん。クロと寝ていい?」
「まぁまぁ、すっかり仲良くなって」
「ずるい。おにいちゃまばっかり。はるなもクロちゃんといっしょにねたい」
 んー、でも、オレ、ロリコンの趣味はないからなぁ……冗談だけど。
「春菜、今日はクロはオレとねるのだよ。明日は春菜にゆずるから」
「――うん」
 オレは真ちゃんと一緒の寝床に寝た。真ちゃんはこの頃から寝相が異常にいい。オレは安心して丸まることが出来た。

 場面は変わる。
「クロ……クロ……」
 真ちゃんはオレの手を握っている。
 ああ、オレ、きっと死ぬんだな……何で死ぬのかはわからないが、もうすぐ寿命が尽きることだけはわかった。
 泣かなくていいよ。真ちゃん。
 オレは――死んでも生まれ変わって真ちゃんのところに行くからね。嫌だって言っても、真ちゃんのところに来るからね。
 ああ、さよなら、真ちゃん。でも、また会えるから……。魂は何度だってよみがえるから……長老がそのことを教えてくれたから……。
 オレは静かに瞼を閉じた。
「クロ、死んじゃ嫌だ、嫌だ……」
「かずなり、かずなり……」
 真ちゃんの声がクロスする。
 こっちは声変わり後の低い声の真ちゃん。泣いているのは同じだけど。

 あ……。何だろ。このデジャヴ。この病院、見たことあるような……。
 でも、この病院は多分獣人用の病院。さっきまでいたのは動物病院だ。
「かずなり!」
 いきなり真ちゃんの顔のドアップ! び……びっくりした! 真ちゃん、肌キレイ……。
「神様――いや、クロコ、かずなりが目覚めたのだよ」
 真ちゃんがキリスト教式に手を組む。オレは夢の中でクロ、と呼ばれていたせいか、「にゃあ!」と返事するところだった。――元気になったオレは、一般病棟に移った。
「大丈夫ですか? たかお君」
「たかお!」
 てっちゃんとタイガがオレの様子を代わる代わる窺う。
「……てっちゃん神様はどうなったの?」
「あいつらなら帰ったぜ」
 タイガがこともなげに言った。
「――ナッシュ・ゴールド・Jrは?」
「今のところまだ死んでいないらしい。でも、生命力はかなり削ってやったんだぜ!」
 タイガはぐっと親指を立てた。
「それには、たかお君の力も大きいんです」
「てっちゃん……オレ、何にもしてないけど――」
「あの神様の攻撃がとどめとなって、ナッシュ・ゴールド・Jrを追いやったんです――悪魔の弱点は聖なる光、のようですから。そして、君が神様に力を与えたのです」
「というわけで、しばらくはナッシュ・ゴールド・Jrは思うように動けないはずなのだよ。クロ」
「真ちゃん、クロって――」
「あ――」
 真ちゃんはくしゃっと自分の緑色の髪を掻き上げた。
「オレが――昔夢の中で飼ってた猫がクロだったのだよ。オレは猫嫌いで、実際にはお前以外の猫を飼ったことはないが――クロは特別だったのだよ」
 ということは――オレは幼い真ちゃんの夢に入り込んでたってこと? オレは現実に生まれてまた真ちゃんに会った、ということ?
 わぁい、真ちゃんにまた会えた! ただいま! 真ちゃん!

2018.02.19

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