猫獣人たかお 45

「ふ……人間風情が……」
 ちゃんと獣人もいるってば! オレはそう叫ぼうとした。てっちゃん神様とカガミは体からぼうと光を放っている。それが光源となって闇の中でも物がよく見える。それにオレは夜目がきく。
 ――ナッシュ・ゴールド・Jr.は大きな悪魔の姿になった。
 そして、てっちゃんに向かって牙を剥いた。
 怖い……。オレはぶるぶる震えた。真ちゃんがオレの肩を抱いた。――真ちゃんの匂いに包まれて安心したオレの体の震えは治まった。
「殺してやる」
 ナッシュ・ゴールド・Jr.は長い爪でてっちゃんを襲おうとする。――と。
 てっちゃん神様の相棒の方のカガミが間に入っててっちゃんを庇った。
「か……カガミさん……?」
「ふっ、こんな傷すぐ治るさ……」
 カガミは強がった。血を流して痛そうなのに……。
 何だろう……体が熱い……。
 また体が震えてきた。さっきと違って恐怖ではなくて――これは武者震いだ。耳の先から尻尾の先まで戦慄く。
「大丈夫か?」と俺に訊く真ちゃんに大丈夫、と微かに笑って答える。
「貴様ッ!」
 タイガが跳び上がってナッシュ・ゴールド・Jr.の首に蹴りを入れる。
 ゴキッ!
 ――嫌な音がした。普通の人間なら即死だろう。人間ならば。
 だが、ナッシュ・ゴールド・Jrは悪魔なのだ。ゴキゴキッと捻じ曲がった首を治す。
「火神っち……なんつー跳躍力っスか……ナッシュ・ゴールド・Jr.をやっつけるにはいたらなかったみたいっスけど……」
 一言多いよ黄瀬ちゃん。
「ちっ、ここにバスケットボールがあれば……」
 青峰が呟く。
「バスケットボールが必要なのですか、青峰君」
 てっちゃん神様が言う。
「へ?」
 青峰が間抜けな声を出すと、てっちゃん神様が中空からバスケットボール状の光の球を出した。
「さぁ、どうぞ」
「あ、ああ――」
 青峰は毒気を抜かれたようだった。
「気を取り直して――行くぜ!」
 青峰はバスケットボールをナッシュ・ゴールド・Jr.の顔面に投げつけた。
「わりぃな。――ラフプレーは好きじゃねぇが……貴様はオレを怒らせた」
 青峰がナッシュ・ゴールド・Jr.に対してぶつけた光のボールがぷすぷすと焦げ臭いにおいをたてて消える。だが、敵もさるものひっかくもの、みるみるうちに回復してしまう。悪魔は哄笑した。
「ふ……効かないぞ、サル共の攻撃など」
「くそっ!」
 青峰が光球で何度も連続して攻め続ける。
「真ちゃん……ナッシュは本当に平気なの?」
 オレは傍らの真ちゃんに訊いた。
「わからん……人間だったらかなりの痛手を負っててもおかしくはないはずだが……」
「どうやら少しは堪えているようだよ。姿を維持する能力を治癒に充てている為、ナッシュ・ゴールド・Jr.の体がほんの少しだが小さくなっている」
 説明したのは赤司だった。
「お前の『眼』で見たのか?」
「『眼』がなくてもわかるよ」
 赤司の言葉に真ちゃんはちょっとムッとしたようだった。真ちゃんはプライドが高く負けず嫌い。でも、赤司には『天帝の眼(エンペラー・アイ)』という特殊能力があるんだから仕方ないよね。オレに『ホーク・アイ』という特殊能力があるように。赤司は『眼』を使わずともわかると言ってたけど。――そういえばナッシュの体が少し縮んでいる。
 流石にナッシュ・ゴールド・Jr.は鬱陶しいとでも言いたげに青峰の光球を掌で受け止めて抹消させてしまった。――やはりまたも力は費やしたようだが。
「ちょっと――」
 ムッ君が前に進み出た。
「ナッシュ・ゴールド・Jr.だっけ? アンタさぁ……ひねり潰すよ」
「紫原君!」
 てっちゃん神様がムッ君に向かって叫ぶ。そして続けた。
「気持ちはわかりますが、ここは下がってください」
「クロちん……」
「そのテツヤそっくりの神様の言う通りだ。お前は下がっていろ」
 赤司が帝王の風格で命じた。ムッ君は仕方なくという風に引き下がった。ムッ君は赤司には敵わないのだ。
「あー、オレ、かっこわり」
 ムッ君が独り言ちる。そうだよね。自信満々に出て来たのに窘められて引き下がるなんてかっこ悪いよね。気持ちわかるよ。
「青峰君も一旦下がってください。ナッシュ・ゴールド・Jr.。ボクが相手です。彼らに任せておこうと思いましたが。――君はあの頃より遥かに強くなっている」
 てっちゃん神様が一歩前に出る。
「ふふふ……自分の無力さを思い知ったか」
「違います。――皆さん、力を貸してください。青峰君も紫原君も。攻撃を止めさせておいて何ですが」
「わかった。仕方ねぇから手伝ってやる」
「オレはアイツをひねり潰すことができればどんな方法だっていいや」
「俺も協力するのだよ。クロコ」
「緑間君、ボクも黒子なんですが……」
 人間の方のてっちゃんが言った。――真ちゃんの体がオレから離れた。
「『天にまします我らの父よ――』」
 てっちゃん神様が詠唱し始める。オレ達皆の体が光り始め、やがて光はバスケットボールの形となってそれぞれの手の中に納まる。――オレの体からも白いオーラが溢れる。オレの魂は肉体から離れてっちゃん神様の方へと引き寄せられる。
「『国とちからと栄えとは、限りなくなんじのものなればなり。アーメン!』」
 真ちゃん達の体も、高々と杖を上げたてっちゃん神様の体も白く強く輝く。真ちゃん達も青峰と同じように、何をしたらいいか赤子の時からわかっていたとでもいうかの如く、速やかに各々のプレイスタイルでボールを敵に向けて投げつける。七つの光のボールが闇を裂く。その奔流がひとつとなって鳥のように変化して奇怪な啼き声を上げて敵にかかって行く。と、対手の注意をそうやって引きつけて――。てっちゃん神様とカガミの光の球もどんどん膨れ上がり、やがて辺りは真っ白な光一色になる。どくん、どくん――オレの魂がてっちゃん神様の核と一体になる。何故だか知らないけれど、それがわかる。オレの意識に悪魔の体が粉々になって消えていくイメージが流れ込んでくる。
 バンッ!
 白い光が目の前で爆発した!
「かずなり!」
 ああ、意識が遠のいて行く……。

「にゃー、にゃー」
 あれ? 真ちゃんは? てっちゃん神様達は?
 それに、オレ、猫の姿だし――。
「いたいよぉ、いたいよぉ」
 小学生くらいの人間の男の子が泣いている。緑の髪をして――真ちゃんみたい。重たそうなアンダーリムの眼鏡をしているところも一緒だ。ランドセルを背負っているところは違うが。
「にゃあん」
 オレが近づくと、その子は飛び退った。
「な……なんなのだよ、おまえ。ひっかきにきたのかよ」
 違うよ。
 そう言いたかったけど、口から出るのは、
「にゃあん」
 という言葉だけで。
「あっちいけ!」
 相手はしっ、しっ、と追い払おうとする。オレは首を横に振った。オレは、この子と友達になりたかった。
「にゃあん……」
「おまえ……変なねこなのだよ」
 ムッ、変な猫とは失礼な。だけど、真ちゃんそっくりの男の子に言われるとなんか怒る気になれない。
「――オレの家に来るか?」
「にゃあん」
 オレは嬉しくなって男の子の手をぺろぺろ舐めた。白い手の甲に血が流れている。そんなに血は出てないけど。きっと他の猫にやられたんだな。
「おまえは黒いから『クロ』なのだよ」
 クロ、か――。オレにはもっと他に別の名があったはずだが――。思い出せない。
 いっか、クロでも。クロって、何か懐かしいし。
 体を摺り寄せると男の子は嬉しそうな顔をした。
「オレはみどりましんたろうなのだよ。よろしくなのだよ」

2018.02.09

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