猫獣人たかお 44

 さて――。
 赤司征十郎。てっちゃんこと黒子テツヤ、タイガこと火神大我、黄瀬涼太、青峰大輝、紫原敦、真ちゃんこと緑間真太郎、てっちゃんによく似た神様。その相棒カガミ。
 そして、このオレ、たかおかずなり。
 役者は――揃った。
 てっちゃん神様が今までのことを手短かに皆に話す。皆真剣に聞いていたが、ムッ君だけ欠伸をしていた。
「じゃ、行こうか」
 赤司がリーダーらしく音頭を取った。さすがは大学のバスケ部のキャプテン。闘いの扉が今、開く。

 その前に少し閑話を。
 オレが外に出ると傷だらけのデンプシィが待っていた。真ちゃんは顔を険しくした。
「――よっ」
「お前か……よほど怪我を増やしたいようだな」
「まぁ、待て。――たかお。今日はお前に謝りに来た」
「オレに?」
 そんなに律儀なヤツだったっけ。デンプシィって――まぁ、相手には失礼だからそう思ったことは内緒にしておこう。
「たかお。済まなかった」
「謝るくらいなら何故あんなことをした」
 真ちゃん、どすの利いた低い声。イケボなだけにかえって怖い。デンプシィに今度会ったら殺すって言ってたけど、もしかして本当に殺しちゃうの?!
「オレ、山田葉奈子の事件知ってんだ。んなに詳しくはないけど。で、たかおが誰にでも足を開くヤツならいただいちゃおうかなーって……前から気にはなってたし」
「き~さ~ま~!」
 真ちゃんは猫獣人デンプシィの胸ぐらを掴んだ。
「待って。あのね、デンプシィ。わざわざ謝りに来てくれてありがとう」
 オレが言うとデンプシィは赤くなった。
「たかおは変わらないんだな。そういうとこ。――オレはナッシュ・ゴールド・Jr.と袂を分かったよ。オレ、猫に戻りたいのに戻してくれないからさぁ……こんなだったら猫の時の方がよっぽど楽だったよ」
「そっかー。てっちゃん神様、戻してくれる?」
「ええ……気は進みませんが」
 えいっ、と魔法の杖を一振り。
 デンプシィはどこへともなく去って行った。また野良の生活に戻るのだろう。彼は自由人だ。――自由猫というべきか? てっちゃん神様がほっと息を吐いた。
「あの猫にとってはこれが一番良かったのかもしれませんね」
「うん……でもオレ、一瞬だけど仲間ができたようで嬉しかったのにな……」
「人が良過ぎるぞ。かずなり」
 真ちゃんが呆れているようであった。オレの場合は猫が良過ぎるというんでは?
「まぁ、何にせよ、ボクが考えていたよりデンプシィはいい猫だったのかもしれませんね。でもたかお君、もう少し厳しさを身に着けないと第二、第三のデンプシィや山田葉奈子に襲われますよ」
 と、てっちゃん神様が言った。やっぱりそれは嫌だなぁ……。
 ――さてと。そういう訳で閑話終わり。

「このサーカスにゲストとして呼ばれています。ナッシュ・ゴールド・Jr.は」
 てっちゃん神様が教えてくれた。黄色いテント。風船を持ったピエロが客引きをしている。その姿はどこか物悲しい。
 オレは真ちゃんのブラウスの裾をぎゅっと握った。
「真ちゃん、怖い……」
「何を言う。さっきのお前はあんなに勇敢だったのに。デンプシィに自分の意見言えて、偉かったのだよ」
 そう言って真ちゃんはオレの頭を撫でた。真ちゃん、頭の撫で方も上手になったような気がする。勿論、真ちゃんに撫でられるのはこの上もない悦びだったが。
「みどちん、たかちん、いちゃついてる場合じゃないっしょ」
 ムッ君の指摘にオレ達は我に返った。
「そうだったのだよ。にっくきナッシュめを……と言っても会ったことないからいまいち敵意が湧かんのだが」
「まぁ、カズの敵であることは確かなんだろ?」
 と、青峰。
「お灸を据えてやるっスよ」
 と、黄瀬ちゃん。
 赤司がチラシを受け取る。
「えーと、何々? 『天才マジシャン現る! あなたも夢のひと時が過ごせます』……何だか内容がぴんと来ないな」
「チラシなんてそんなもんだろ」
 耳をほじりながらタイガが呟いた。赤司がまだ首を捻っていると、
「さぁさぁ、坊ちゃん、いらっしゃい」
 と、ピエロが肩を押す。
 ……あれ? ここどこ? 真ちゃんは? 赤司は? てっちゃん神様は?
 タイガ、青峰、黄瀬ちゃん、ムッ君、カガミ……誰でもいいから姿を現してよぉ。
「くくく……サーカスの闇に捕らえられましたね」
 ピエロが言った。相変わらず笑顔なだけに不気味である。
「獣人の坊ちゃん、まんまと罠にハマりましたね。ナッシュ様にたてつこうとするからこうなるんですよ」
 ピエロがまた笑った。
「サーカスの闇を知ってますか? 街にサーカスが来て、去った後には子供が一人いなくなるという」
 オレはサーカスの生贄にされてしまうのか? 冗談じゃない!
「助けて! 真ちゃん、真ちゃん!」
「ふふふ、君の友達も後を追わせてあげましょうねぇ。でも、君からですよ。たかお君。それでは本日のスペシャルゲスト、ナッシュ・ゴールド・Jr.さんです! どうぞー」
 ピエロがたった一人で拍手をした。相手の姿がくっきりと浮かび上がる。この暗闇はただの暗闇ではない。背景は黒だけど。
「ようこそ。俺の趣向は気に入ってくれたかな?」
「あ、アンタ……この間すれ違った――」
「お見知りおきとは光栄だね」
「お得意のマジックはどうしたの? ゲストなんでしょ? 一応」
「君は些か鋭過ぎる。いや、クロコがいるからかもしれんがね。ほら、いただろう? 影の薄い神様が」
 てっちゃん神様のことだ!
「てっちゃん神様はアンタのこと嫌いだよ」
「望むところだ。俺もあの偽善者には嫌気が差してるんだ」
「――ナッシュはてっちゃん神様の知り合いなんだね!」
「まぁ、一緒に暮らしていたことはあるな。あれは楽園という名の地獄だった」
 ナッシュが身の上話をする。もっと続くかと思いきや。
「そんなことはどうでもいい。お前を死刑に処す」
「し……死刑?!」
「このサーカスの最後に俺が出て行ってお前を屠る。悪魔への生贄だ。それを合図にサーカスはサバトへと化す」
 ナッシュ・ゴールド・Jr.の姿が大きくなったような気がした。
 オレはぶるぶる震えた。真ちゃん……神様……誰でもいいから来て……! ううん、誰でもいい訳じゃない!
 真ちゃん!
 全身全霊をかけて祈ったその時、黒い空間から現れたのは――
「かずなり――待たせたのだよ」
「真ちゃん!」
 オレは真ちゃんの胸へと帰って行った。もう怖いことなんか起こらない、真ちゃんの腕の中。
「たかお君に手を出したら許しませんよ! ここをサバトにもさせません。――間に合って良かったです。もう少しでここの客の全員の魂が地獄に連れて行かれるところでした」
 涼やかな声でさらりとおっかないことをてっちゃん神様は口にする。ナッシュが言う。
「何故ここがわかった!」
「お二人の愛の力でしょうか」
 にゃっ、オレと真ちゃんの? 照れるにゃあ。
「ほぉ……クロコ、お前も冗談を言えるようになったのか」
「ボクはあくまで真面目なんですがねぇ」
 てっちゃん神様はこめかみをぽりぽり。人間の方のてっちゃんが言った。
「わかります! ボクも真面目に言ったのに笑い飛ばされたことが何度もあります! そこの緑間君にも!」
「くっ、黒子! 矛先をこっちへ向けるな!」
「何だ? あのクロコそっくりの小さな人間は」
「初めまして。黒子テツヤです。小さいとは心外ですね。ボクからしてみれば君達がバカでか過ぎるんです。反省して少しは縮みなさい!」
 無理なこと言ってんなぁ、てっちゃん。オレ、真ちゃんにいつも見下ろされてるから気持ちはわかるけど。

2018.01.30

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