猫獣人たかお 42

 ナッシュ・ゴールド・Jr.のことは他にも詳しく話すべきだろうか――。
 例えば、ナッシュ・ゴールド・Jr.より高次の悪魔がいるとか、多分そいつらがデンプシィを人間にしたんだとか――。ナッシュ・ゴールド・Jr.の暴走かもしれないけど。
 心配をかけたくない、と言ったって、もう既にいっぱいかけている。
 それに、真ちゃんの意見も聞きたいし――。
 何より、オレは頼りにならないんだとか思われて拗ねられても困るしね。
「デンプシィを人間にしたの、多分、ナッシュ・ゴールド・Jr.だよ」
「む……デンプシィ。お前を襲った獣人か」
 真ちゃんが眉を顰めた。体中から怒りの炎が燃え立っているような気がする。
「そう」
 オレが頷いた。
「まぁ、デンプシィはしばらくはここに帰ってこないみたいだけど」
「当たり前だ。あの野郎、今度会ったら殺すのだよ」
 真ちゃんが青白い炎を緑の目に宿す。――うわぁ、怖い。真ちゃんだけは敵に回したくないなぁ。
 でも、味方ならこれ程頼りになる存在もない。
 オレ、愛されちゃってんなぁ……。
 真ちゃん、ありがとう。オレの為にこんなに怒ってくれて。真ちゃんはやっぱりオレの背を押してくれる。オレに勇気をくれる。
 オレは、神聖な気持ちになって、真ちゃんの頬に触れた。
 オレも戦うから――
「真ちゃん、一緒に戦ってくれる?」
「勿論なのだよ。かずなり」
「嬉しい!」
 真ちゃんの目の光が淡くなった。その代わりに現れたのは――緑間真太郎という個性が持つ優しさ。
 誰よりも愛しいよ。真ちゃん。
 ――オレが見ていないと思ったのだろう。ふと、真ちゃんの顔に薄笑いが浮かんだ。人一人ぐらい殺してそうな目。青峰にも負けないくらい凶暴な目。いや、青峰より怖いかも……。
 本当に怒ってるんだ。真ちゃん。
 オレは――眩暈のするような幸せな気分を味わった。この真ちゃんの気迫を引き出したのはオレだ。
 オレは真ちゃんに守られている。だから、オレも真ちゃんを守る。
 オレは守られてばっかだけど――。
 いつか真ちゃんが窮地に立たされた時、真ちゃんを守ることのできるような男になりたい。
「真ちゃん……」
 真ちゃんの目に微かな欲望の兆しが浮かんだ。オレは顔を近づける。
 もう少し……もう少しでオレの唇は真ちゃんのそれに触れる。
「緑間君! たかお君!」
 えっ?! 何?! その声は――。
「てっちゃん?!」
「黒子?!」
 ――じゃないよね。じゃあ……。
「神様です。やっとまたこっちの世界に来られました」
「てっちゃん神様!」
「上司に掛け合うの大変だったんですからね! それなのに君達と来たら朝っぱらからいちゃいちゃと――」
 真ちゃんはそっぽを向いた。オレは思わず笑ってしまった。真ちゃんが言った。
「空気を読め、神様とやらなら」
「そういう場合じゃありませんよ。シルバーが口を割りました」
「何て――?」
「ナッシュ・ゴールド・Jr.がこの日本に来ているそうです。今度やるサーカスにゲストとしてくるそうです」
「ふむ……」
 真ちゃんが考え込んだ。
「ナッシュ・ゴールド・Jr.とやらは何を企んでいるんだ?」
「この世界に災難を呼び起こすことです」
 それはまた壮大な――。
「だから、ボク達の存在が邪魔なんです。たかお君、君もです。今のところ、君のことは我々の間で機密扱いされてますが――」
「うん」
「本当はボク、嬉しかったんです。君が猫の記憶を持つ猫獣人でいたいって言ってくれて。それは、当時は心配もしましたが」
「でも、そのせいでかずなりは災難に遭っているのだろう?」
「そうです。だから、彼を守る為に君がいるんでしょう? 緑間君」
「なっ……!」
 真ちゃんの顔がボッと赤くなるのが見えた。てっちゃん神様はかなりの人たらしのようだ。
「たかお君を守ってくれますね。緑間君」
「勿論」
「天地神明にかけて?」
「森羅万象にかけて」
 真ちゃんはどんと胸を叩いた。
「それに何よりも、かずなりの存在にかけて」
「真ちゃん……?」
 真ちゃんは、大丈夫だ、という風にオレに不器用に笑いかけた。
「赤司にも連絡しなくてはな。やっぱりあいつと黒子が一番頼りになる――いや、今回は黒子寄りの事件か?」
「赤司君に言ったって構いませんよ」
 てっちゃん神様はしれっとしている。
「だが、あいつは山田葉奈子のことで大変な筈だ」
「緑間君。重大な災難に遭った時、何も言われなかった時、何を感じます?」
「え? やっぱり、オレでは役に立たないから伝えてくれなかったのか、水臭い――と」
「赤司君も緑間君とそう変わりはありませんよ。それに、これは降旗君にも影響が及ぶかもしれないことですしね」
「赤司はあのチワワの獣人を過保護な程可愛がっていた」
「なら、尚更伝えた方がいいでしょう」
「その前に黒子だ。あいつに電話する」
「ええ――」
 真ちゃんはてっちゃんに電話をかけた。
「ああ、黒子か? 至急オレの家に来い。火神も連れて来い。待ってる」
 それだけ言って電話を切った。
「にゃ? それだけ? オレ達のこと、話さなくていいの?」
 オレが訊いた。真ちゃんが首を横に振った。
「黒子には直接出向いて欲しかったからな。お前にも会わせたかったし」
「ボクのことですか?」
「そうだ」
 それを聞くとてっちゃん神様はにこっと笑った。
「それに電話だと盗聴されるかも限らないからな」
「真ちゃん、それ、スパイ小説の読み過ぎ」
「――とも限りませんよ。日本はスパイ天国ですからね。今はネット犯罪も増えてますし」
 てっちゃん神様は神妙な顔をした。
「しかし、こうして見ると黒子と話しているようで違うんだな」
「勿論。ボクは黒子テツヤではないですしね。あの個体ととても似ているというのは認めますが」
「性格は似ているような気がするが」
 ――オレもそう思う。何となくミステリアスなところとか。でも、てっちゃんの方が秘密主義めいている。神様の方も秘密主義だけどね。
「もう少しで黒子君達が着きますよ」
「む……何でそれがわかる」
「神様ですから」
 てっちゃん神様は――。こんな場合だというのにオレは思った。とても神々しい。さすが神様だけのことはある。
「では、赤司にも連絡するか……忙しいかもしれんがな」
 真ちゃんはまた電話をかける。
「ああ、赤司? 今忙しいか? ――そうだな。忙しいのか。時間ができたら会えないか? 話したいことがあるのだよ」

2017.12.31

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