猫獣人たかお 39

「そうか……ジャバウォックのナッシュ・ゴールド・Jr.か――」
 長老は些か考え込んでいるようだった。
「有名なマジシャンだがいい噂をきかない男だ。ナッシュ・ゴールド・Jr.にまで目をつけられたら事だぞ。たかお」
「うん……」
 オレは神妙に返事をした。ナッシュ・ゴールド・Jr.がマジシャンだとは知らなかった。やっぱり長老は物知りだなぁ。
「で、その男が悪魔の手先だと」
「うん……下級悪魔のリーダーみたい」
 それでも、デンプシィを人間に変える力を持っていた。
 これじゃ、高次の神様と上級悪魔がぶつかった日には世界は滅亡してしまうかもしれない。
 それをハルマゲドンって言うのかな。今度真ちゃんに訊いてみよう。というか、今は長老が目の前にいるから。
「ねぇ、長老、ハルマゲドンって知ってる?」
「む、神と悪魔の戦いだな」
「やっぱりそうなんだ。――オレ、つけ狙われてんのかな。悪魔に」
「いいや。まだだろう。でも、お前が神の力で人間になったと知ったら、刺客ぐらいは送られてくるかもしれんな」
 オレはぶるぶるっと震えた。
「長老、もう既にデンプシィには狙われています」
「ああ。デンプシィならどこかに行くらしい。しばらくは帰って来んつもりだと言っていた」
「――良かった」
 オレはほっとして息を吐いた。
「ナッシュ・ゴールド・Jr.はどこにいますか?」
「訊いてどうするのだ」
「偵察してきます」
「悪いがやめておけ。今のお前さんじゃ返り討ちに合うのがオチだ」
「でも、てっちゃん神様なら何とかなるかも――!」
「てっちゃん神様?」
 オレはてっちゃん――黒子テツヤそっくりの神様のことを詳しく長老に話した。てっちゃん神様のことは前にも話したことはあるけど。長老は、うんうんと頷いていた。
「そうか――たかおは獣人であることを選んだか……それはそれで茨の道かもしれんぞ」
「覚悟はしてます」
 オレはきっぱり答えた。
 どんなことがあっても真ちゃんと一緒なら頑張れる。
「決心したよ。長老。何があってもオレは猫の記憶を持った獣人として生きて行くと。真ちゃんがいるから」
「お前は緑間真太郎のことを愛しているのだな」
「うん……」
 そして、きっと真ちゃんもオレのことを愛してる。これは多分自惚れではない。
「がんばれよ、たかお」
 長老はそう言ってオレに向かってウィンクをした。
「大学のバスケ部の2号がちょっと長老に感じが似てるんだ……」
「テツヤ2号だな」
「うん」
 テツヤ2号は黒白の犬だ。一人称は『吾輩』。
「このこと、2号に話してもいいかなぁ」
「話したければ話してもいいと思う。仲間は多い方がいい。お前の目から見て2号は信頼できる犬か?」
「うん! とってもいいヤツだよ! 2号は!」
 オレはつい強調してしまった。
「悪魔達も仲間集めに必死だろう。デンプシィも利用されたのだ」
「うん……オレ、ほんとはデンプシィのことは前からあまり好きではなかったけれどね」
 でも、まさかあんないかがわしい目で見られてるとは思わなかった。真ちゃん流に言うと、
『だから貴様はダメなのだ』
 と、いうところかな。
「あ、オレ、学校行かなきゃ」
 真ちゃんが呼んでいる。
「かずなり、早く来るのだよ」
「はいはーい。じゃあね、長老」
「また来い。たかお」
 オレは慌ただしくそこを後にした。今日も暑くなりそうだ。人間になってからは暑さもある程度平気になって来たが。

「真ちゃーん。待って~」
「早く! 遅刻だぞ!」
 大学は時間割が緩いと聞くが、真ちゃんは規則正しく行動するのが好きだ。オレも真ちゃんのそういう律儀なところが好きだ。
 真ちゃんは医学部だが、オレは何となく文系の方が性に合っているらしい。
 英語教師はマー坊だ。いつだったか、オレに講義を受けさせるのは今日だけだと言ってたが、いつの間にかオレはマー坊に認められていた。
 勿論それはニセ学生だった時の話で今はもうオレも大手をふるって講義に参加している。――オレ達はキャンパスでマー坊に会った。
「おー、今日もたかおは出席だな。偉いぞ」
 マー坊はそう言って頭も撫でてくれる。
「マー坊。今吉サンと花宮サンは元気?」
「あいつらはずっと元気だよ。それに……オレより頭がいいかもしれん。オレにはたかおの方が可愛いな」
「中谷教授。何と言われたってかずなりは渡しません!」
「――わかってるよ。たかお、お前も大変だな」
「にゃ?」
「アニマルヒューマン保護機構のことは今吉から聞いている。大丈夫、オレも味方だ」
「ありがとう! マー坊!」
 オレは満面の笑みを浮かべた。マー坊もにこにこしている。
「それから、いろいろと狙われて災難だったな」
「中谷教授には必要最低限のことは話してあるのだよ」
 真ちゃんが耳打ちする。ちょっとくすぐったい。
「にゃん」
 オレは猫の耳を掻いた。
「今日もバスケ部来るだろう?」
 勿論――と、オレはマー坊に頷いた。

「たかおくーん」
 リコさんだ。桃井サンもいる。
「相変わらず可愛いわね。たかお君!」
 カントクの相田リコさんがオレにすりすりする。
「ずるいです! カントク! 私にもすりすりさせてください」
「わかったわよ。ほら、行っといで」
 桃井サンに抱かれるのは好きだ。リコさんもだけど桃井サンもいい匂いがする。女の子ってどうしていい匂いがするんだろう。真ちゃんとは清潔な匂いとはまた違ういい匂い。リコさんはあんまり胸はないけど可愛いし、桃井サンは胸があってふかふかしてる。
「おー、何か羨ましいことしてるな、たかお」
 青峰がにやにや笑っている。
「こんなバスケ部自慢の美女二人に囲まれてよ」
「んまー、美女ですって」
「カントクはもうちょっと胸がありゃ圏内だったな」
「何よ、もう――胸がなくて悪かったですね」
 青峰の言葉にリコさんが頬を膨らます。
「あ、オレは胸がなくても……」
「フォローしないで鉄平。余計傷つくから」
 リコさんが手をぴらぴらさせた。リコさんは胸がないのがコンプレックスだ。
「後は――そうだ、ポイズンクッキングが治りゃなぁ……」
 青峰が独り言つ。リコさんも桃井サンも料理は苦手だ。ポイズンクッキングとは言い得て妙だ。以前食べた後、死ぬかと思った。料理の腕は真ちゃんより酷いかもしれない。
 それに比べ、タイガは意外と旨い飯を作る。見た目は悪いけどね――味は超一級品なんだ。オレも料理は嫌いではない。というか、真ちゃんに任せていた日には栄養偏っちゃうよ……。

2017.11.30

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