猫獣人たかお 38

「かずなりは今回はパスしてもいいよ。どうやら余程酷い目に合ったらしいからね」
 赤司が優しく声をかけてくれる。オレは頭がバスケになっちゃってるせいか、ボールのパス回しのことだと思った。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおう」
 真ちゃんが代わりに答えてくれた。
「いいよな。かずなり」
「う……うん」
 つい頷いてしまったが、確かにあの時のことは早く忘れたい。思い出すなんて心底ごめんだ。
「真太郎、あまり自分の意見を押し付けない方が……」
「真ちゃんは押し付けてないよ。オレだって早く忘れたいと思ってるもん」
「そうか……なら、文句は言わない」
 赤司が大人しく引き下がった。でも、赤と金のオッドアイが光っている。
 降旗は怖くないのかな。赤司さんのこと。
 真ちゃんはぶっきらぼうだけど、大事にしてくれるし優しいし。そりゃ、赤司も紳士だし優しいんだけど、オレはこの人が何だか怖い。
 でも、心のどこかでは赤司は信用できる人物だと思っている。将来はさぞかし大物になるに違いない。
 まぁ、信用できる相手でなければ真ちゃんも心開かない筈だけれど。
 オレにはわかる。真ちゃんはすごく赤司を信頼していることを。オレなんか比較にならない程。
 真ちゃん達はキセキの世代と呼ばれている。キセキの絆は脆いようで強い。そこにはオレなんか入っていけない。青峰も、黄瀬ちゃんも、紫原もキセキの世代だ。
 てっちゃんはどう思ってたんだろう。わからない。てっちゃんはオレの目から見ても謎めいている。
 てっちゃんに似た神様もいるぐらいだしなぁ……。
 てっちゃんもオレには謎だけれど、神様に似てるから何となく親近感がある。そういえば、てっちゃん神様はどうしているのだろう。デンプシィのことは知っているのだろうか。
「おやおや。かずなりはおねむのようだよ」
 え――? オレ、眠くないよ?
「本当だ。じゃあ、オレはここで。もう帰るのだよ。かずなり」
「ん……真ちゃん……」
「背負ってやるのだよ、ほら」
 真ちゃんの声が温かい。
「ん……」
 オレは真ちゃんの広い背中におぶさった。眠くないと思っていたのに、そのまますーっと夢の中へと行ってしまった。

「すみません!」
 てっちゃん神様が出会うなりオレに謝った。謝ってばかりいる政治家だったかの映画があったけど、影響受けたのかな。
「な、なんでてっちゃん神様が謝るの?」
「デンプシィのことはボクの過失なんです!」
「デンプシィを人間にしたのはもしかしててっちゃん神様?」
「まさか!」
 てっちゃん神様が体をぶるっと震わせた。
「いいですか。この世には悪魔も跋扈しています」
 てっちゃん神様は真剣な顔で言った。尤も、この神様はポーカーフェイスである。でも、今は本当に済まながっていた。
「悪魔の仕業ならさ、てっちゃん神様には非はない訳じゃん。謝らなくていいよ」
「いいえ――悪魔を止められなかったボクの責任です」
 てっちゃん神様はしゅんとなった。
「デンプシィに傷つけられる前に緑間君が助けに入って良かったです」
「あれはラッキーアイテムのおかげ……」
「ええ。ボクもおは朝を通してアドバイスしたり危機を救ったりしているんですよ」
 てっちゃん神様が少し機嫌を良くしたらしい。何だかわからないけど、いつもの神様に戻ってよかった。
「けれど――悪魔のことは本当に何とかしないと」
「お、オレも手伝うよ」
 山田葉奈子の件についてはオレは役に立たないから、せめてデンプシィ達のことは――。
「オレ、できることなら何でもしたいけど――」
 また足引っ張ったらどうしよう。
 オレは前よりも臆病になっていた。
「それは違いますよ。たかお君。君は賢くなって慎重になったんです」
 慎重に……か。
「すみません。心の中読んでしまいました」
「謝ってばかりだね。今日のてっちゃん神様」
 てっちゃん神様は儚げに笑った。うーん、やっぱりてっちゃんに似てる。けれど、てっちゃんとはちょっと違う。神様はてっちゃんより少し大人びている。神様なんだから当たり前なんだろうけど。
 きっとオレ達の知らないことをいっぱい知ってるんだね。
「本物の大悪魔は高次の存在ですからね。今まで手が出せませんでした。でも、下級悪魔を束ねる存在は知っています」
「それは?」
「ジャバウォックという組織のナッシュ・ゴールド・Jr.」
「偉いの?」
「大悪魔と比べたら塵芥のような者です。それでいて、ボク達が戦ってやっと勝ちを拾えるかという存在です」
「強いの?」
「本物の大悪魔と比べたらそう強くはありません。けれど、ボク達はかなり苦戦するでしょうね。そうでしょう? カガミ君」
「どうでもいいから早く降りろ~」
 カガミはてっちゃん神様を相変わらず釣竿で吊るしている。
 カガミ。オレの友達タイガの上の名前と同じ発音だ。身近に感じちゃうな。
「すみません。カガミ君。今終わりますから。――くれぐれもデンプシィには気を付けてくださいね。もう二度と姿を現さないかもしれないけど、こればっかりはボクにもわかりませんからね」
 長老や2号に話すべきだろうか。オレにとってはこの二人がとても慕わしい存在になっていた。
 あ、真ちゃんには言わなきゃ。必ず。オレの心配させちゃ困るもの。知ってれば何か対策とれんじゃないかなぁって。あくまで勘だけど。
 でも、動物の勘はあてになるよん。
「いつか――君達の力を借りる時が来るかもしれません。来ないかもしれないけれど」
 未来は不確定だ。てっちゃん神様でさえ、未来はどうなるかわからないらしい。
「取り敢えずナッシュ・ゴールド・Jr.をやっつけないことには」
 山田葉奈子にアニマルヒューマン機構にジャバウォック――オレの周りは敵だらけだ。
 まぁ、山田葉奈子は一応は片付いたけれど、オレの知らないところではまたごたごたと揉めそうだなぁ……。
 揉め事は勘弁と思っているけど。オレ、平和主義者なんだ。ほんとだよ。
 その時――急速にてっちゃん神様達から体が離れて行く。神様――!

「おい、かずなり」
 眼鏡をかけた真ちゃんの目が心配そうな光を湛えていた。
「やぁ……真ちゃん」
「顔色が悪いな。大丈夫か?」
「うん、まぁ……」
「何か作ってやろうか?」
「ううん。いい。オレが作ったご飯の方が旨いもの」
 真ちゃんが、
「何だとこのう」
 と軽く小突いた。オレは相手してもらえるのが嬉しくて笑った。
「あの、デンプシィのことだけど――」
「ああ、あの嫌らしい猫獣人のことか」
 真ちゃんは綺麗な眉を顰めた。
「あれね――悪魔の力を借りたものなの。デンプシィは元々は猫だったんだけど、悪魔の力で人間になったんだよ」
「それで、お前を襲ったと言う訳か」
「うん。前から狙われてたみたい」
「ったく、どいつもこいつも」
 真ちゃんはまだセットしていない緑色の髪をぐしゃぐしゃにした。真ちゃんは問題が山積みで困っているのだ。
 でも、困ったことがひとつだけなら困るしかできないけど、困ったことが二つなら、勝機も見えてくる。
「ねぇ、真ちゃん。――2号はともかく、長老には話していい?」
 真ちゃんは凛々しい顔で力強く頷いた。

2017.11.20

次へ→

BACK/HOME