猫獣人たかお 37

「――今日の議題は何だ。赤司」
 真ちゃんは赤司に会うなりいきなり切り出した。赤司が招待してくれた高級レストランの中での話である。
「うん。伊集院大介がな」
「得体の知れない私立探偵か」
「得体の知れないは酷い」
 赤司は何とも言えない顔をした。笑いを堪えているのかもしれないと思った。
「ああ、『仮面舞踏会』読んだぞ。なかなか面白かった」
「真太郎。そんな場合ではない」
 赤司は真顔になった。
「山田葉奈子の父親は――アニマルヒューマン保護機構と関係がある」
「――出来過ぎな話だ」
「山田のことは放っておこうかと思ったが、そうもいかなくなったようだ。かずなり」
「はいっ!」
「と言ってもあるかないかの繋がりだけどな――尤も、寄付は第三者を通していっぱいしてたようだがね」
「ふぅん」
「娘の葉奈子は獣人を人間に奉仕する生き物と捉えていたようだ」
 俺だって、真ちゃんだったらいくら奉仕しても構わないと思った。
 ――相手が真ちゃんだったらの話だけどね。
 真ちゃん以外だったら死んでもごめんだって言うのもいっぱいある。後ろを掘られるのも、精液を飲まされるのも。
「そんで、ワシらも呼ばれたちゅう訳やな」
「そうだ」
 今吉サンと花宮サンも赤司が所有するこのレストランに呼ばれた。勿論、貸し切りである。
「今吉サン、言っちゃいな」
 花宮サンが今吉サンの肩を突いた。
「何がや」
「とぼけなさんな。ここに来た理由だよ。オレ達が中谷サン家にやって来た」
「ああ――たかおのことが心配やったからや。近くにいたかった――それだけやで」
 たったそれだけの為に――。たったそれだけの為に、立派な野良獣人だった二人が飼い獣人になってくれたのだ。そりゃ、マー坊はいい人だけど……。
「今吉サン、花宮サン、大好き!」
 オレの目はさぞ輝いていたことであろう。
「――たかお……」
「こういうところに弱いねんなぁ」
 花宮サンと今宮サンは赤くなってぽりぽりと黒い耳を掻いた。
「真ちゃん。今吉サンと花宮サンはオレが危ないところを助けてくれたんだよ」
「その話は聞いている。今宮さん、花宮さん、うちのかずなりが世話になったのだよ」
「かーっ、名前呼びかい。アツアツやんなぁ」
 今度はオレが赤くなる番だった。つまり、昨日もいたしたのだ、あれを。
「たかお、あの頃より色っぽくなったなぁ。気ぃつけんと危ないで。緑間サン」
「わかっているのだよ」
「どうでもええことやけど……緑間サン、『~のだよ』と言うのは口癖か?」
「むっ、気がついたら出てるのだよ」
「ねぇ、今吉サンも変だと思うでしょ? オレだって最初拾われた時はそう思ったもん」
「かずなり、お前まで……」
「でも、その口癖、真ちゃんらしくてオレは好きだな」
「オレらしいとはどういう意味なのだよ」
「さぁさぁ、閑話はこのくらいにして。アニマルヒューマン保護機構の正体はなかなかわからない。金持ちのパトロンどもが隠している」
 赤司が言った。
「お前の家だって金持ちじゃないか」
 真ちゃんが最もな指摘をする。
「ひとつひとつの家はそう怖くない。だが、団結されると赤司グループの力を持ってしてもだな……」
「ふん、こんな時に役に立たないで何が赤司グループだ」
 花宮サンは鼻で笑った。花宮サンは本当はいい猫獣人なんだけど時々態度がなってないからなぁ……。
「花宮、失礼やで。例え本当のことでも」
「今吉サン……アンタの方が失礼じゃないか?」
「どっちも失礼なことには変わりはない」
 赤司がばっさり切り捨てた。
「ふぅ……こいつらを飼い馴らすのは大変なようだな。中谷教授に同情するよ。その点うちの光樹は……」
「赤司、光樹の話は後にしろ」
「そうもいかん。あいつら、光樹のことも狙い始めた」
 赤司の眼に瞋恚の炎が宿った。
「犬の獣人は大丈夫なんじゃなかったのか?」
「あいつら――赤司グループの取引先の一部も含めてだが――我々に反旗を翻すつもりらしい。その中に山田葉奈子の父がいる」
「娘の復讐のつもりか?」
「そんな情のある輩ではない。――葉奈子が少し可哀想になってきたよ」
 にゃっ? 赤司も?
 赤司も山田葉奈子に同情しているとは知らなかった。
「近いうちに葉奈子に会う。お前らも来るか?」
 真ちゃんが気づかわしげにオレの方を見た。オレはふるふると首を横に振った。オレ、山田葉奈子にはきっと嫌われてるし……。
「こういう時、ワシらなら行くで。――なぁ、たかお、悩みの種にはどーんとぶつかって行った方がよかないか?」
 今吉サンはああ言ってもオレの震えが止まらない。
「おい、今吉サン!」
 花宮サンが怒鳴った。――マジだな。花宮サン。
「たかおの受けた迫害を考えてみろ! トラウマが残っても仕方がないだろう!」
 花宮サンは時々ゲスいが基本的に気持ちは澄んだ人だ。
「みんながアンタみたいに強い訳じゃねぇんだよ……」
 花宮サンの台詞、最後の方はフェードアウトした。
「済まない。悪かった。ワシかて強い訳やあらへん。問題に立ちはだかるふりをしてるだけで」
「そのふりでも今は貴重なものだ」
 赤司が力強く力づけた。
「赤司サン、アンタもええ人やな。たかおの周りにはええヤツが集まる」
 そうだね。
 カントクに黒子に火神――。そして2号。
 何だろう。今、唐突に2号に会いたくなった。あの哲学者めいた態度でオレの女々しさを断罪して欲しかった。
 それから、長老、会いたい。
 てっちゃん神様達にも会いたいけれど、それは向こうが望んだ時しか出来ないのだ。一方通行なんだよね。
 それに青峰に黄瀬に紫原――。またバスケがしたくなってきたよ。オレ。
 勿論、真ちゃんともバスケがしたい。
「どうした? かずなり」
「真ちゃん、オレ、――したい」
「こんなところでか? ちょっと待ってろ……」
「皆とバスケがしたいんだよぉ……真ちゃん……」
「あ、何だ、バスケか」
「何だと思ったんだい? 真太郎」
 赤司が言う。今吉サンも花宮サンもにやにや笑っている。何だって言うんだろう。
「さぁ、汚れきった真太郎は置いておくとして」
「誰が汚れきっているのだよ」
「今吉サンと花宮サンには必要な時には証人になって欲しいのだけれど」
 赤司が赤と金のオッドアイを細めた。オレはちょっと怖くなったが、証人として名指しされた二人は案外平気そうだった。
「ええよ。それで悪の組織が絶たれる手伝いができればこんなにいいことはあらへん」
「オレも――今吉サンと同じ気持ちです」

2017.11.15

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