猫獣人たかお 36

 真ちゃんの家のチャイムが鳴った。
「あ、オレ出る」
「いや、かずなり、オレが出る」
 もう。過剰反応だよ、真ちゃん……。そう思うオレは自意識過剰かな?
「来たで~、たかお」
「よっ!」
「今吉サン! 花宮サン!」
 オレは二人の間にダイブした。二人はそれを受け止めてくれた。
「大丈夫か? たかお」
 花宮サンは時々ちょっと怖い笑みをする獣人だけど本当は優しい。今吉サンも優しいけどちょっと腹の読めないところがある。二人ともオレの大事な友達だ。
「リチャードは元気だった?」
「ああ。リチャードは随分前にイギリスへ帰って行ったからオレも日本に帰って来たっちゅうわけや」
「いつここに来たの?」
「昨日や。何や自分、随分有名人やないの」
「今吉サン、たかおは知らないんだ」
「あ、そか」
 オレは?マークを飛ばしながら首を傾げた。
「まぁテレビに出たとかとはちごてだなぁ……風の噂に聞いたんやが、何や立て続けに災難に巻き込まれたらしいやないの」
「それは……」
「今吉さん、花宮さん、入ってください」
 真ちゃんは今吉サンと花宮サンは大丈夫な人、オレのことを傷つけない人として認識してるらしい。
「羊羹買ったので。今吉さんと花宮さんは好き嫌いは」
「ない方や。でもどちらかと言うと和菓子の方が好きやから羊羹は嬉しなぁ」
「オレも羊羹好きです」
「はい、じゃ、お茶淹れるのだよ」
「あ、オレが淹れる」
「じゃあ頼むのだよ。――かずなりの淹れてくれたお茶は美味しいのだよ」
「真ちゃん……」
「あーあ、二人の世界っちゅう感じやな」
 今吉サンが花宮サンに耳打ちするのが聞こえてきたのでオレはちょっと恥ずかしかった。
 真ちゃんの為に、美味しいお茶の淹れ方を研究したんだ。
 今吉サンと花宮サンはお茶と羊羹に舌鼓を打った。
「旨いお茶やなぁ」
「かずなりが淹れたお茶なのだよ」
「いやー、照れるなぁ……お茶の葉がいいんだよ。高いの買ってるから」
「自分ら、新婚さんみたいやなぁ」
 今吉サンが目を細める。今吉サンも花宮サンも猫舌だからあまり熱くは淹れなかった。
「うん、旨い」
「いい嫁さんだろ。たかおは」
「え……」
 花宮サンの突然の言葉にオレは絶句した。オレは真ちゃん家に帰ってからその……いろいろしてるし。
「かずなりは魅力的なのだよ。魅力的過ぎるところが玉に瑕でな……」
 真ちゃんは頭を抱えてはーっと盛大な溜息を吐いた。
「どうした。できた嫁はんもろて幸せの絶頂やないんかい」
「今吉サン、アンタらしくもない。気付かないか? たかおが前と違うことを」
「そうやな。フェロモン垂れ流しや」
「フェロモン……?」
「人を性的に惹きつけるこっちゃ」
「つまり、山田葉奈子やデンプシィのような輩を惹きつける力のことだ」
 真ちゃんが説明してくれた。
「うぇー」
 それは勘弁して欲しかった。もうあんな怖い思いはしたくない。
「でも、だからこそ緑間サンも夢中なんやないの」
 今吉サンの言葉で、オレはつい真ちゃんの方を見た。真ちゃんはそっぽを向いた。照れ隠しだー。オレにはわかってるもんね。
「でも、今は何か落ち着いているようやないの。自分、今幸せか?」
 幸せか――。
 改めて答えを訊かれたならば――YES。
 でも、それは山田葉奈子やデンプシィの好意を踏みにじった上でのことで――。
「悲しそうだな」
 花宮サンが気づかわしげに言う。
「なぁ、たかお。オレはアンタが何で悩んでいるかわかるつもりや。――たかおはもっと自分勝手でええんやで」
「自分勝手――」
 今吉サンの言うことはいつも難しい。
「一番幸せになれるのは自己中心なヤツや。他人の気持ちはわからんでも自分の気持ちはわかるさかい」
 今吉サンが何か深いことを言っているのはわかる。オレは曖昧に頷いた。
「いつでも自分の為になることを心のうちに訊いてみぃ。そしたら答えがわかるから」
 今吉サンに向かって、オレはまた曖昧に頷いた。
「まぁええわ。――このお茶ほんま旨いわぁ。家で出てくるのは熱いのばかりやったからなぁ」
「あれ? 今吉サン旅を続けてるんじゃなかったの?」
「まぁ、ねぐらを見つけたっちゅうとこや。中谷言う男知ってるか?」
「中谷教授?!」
 真ちゃんが驚いて声を上げた。
「俺達、どういうわけか中谷サンに気に入られたんですよ」
 花宮サンが補足説明してくれた。
「マー坊は獣人に好意的だったね」
「中谷サンの家族も喜んでくれました。久しぶりで寝る布団はあったかかった――」
 そして、花宮サンの目元からは涙がぽろっ。
「シケた話すんなや。たかおが困っとるで」
「すみません」
「なぁに、謝らなくてええんや。そういうわけやからご近所さんになった訳や。よろしゅう」
「よろしゅう!」
「おお。たかおはいつでも関西の猫獣人になれるな」
「そんなのにならなくてもいいと思いますけど」
 花宮サンが余計な一言を加えた。
「お? 花宮には関西の良さがわからんのやな」
「行ったことないからわからないのは当然だろ? 今吉サン」
「よっしゃ。いずれ花宮とたかおに関西の良さをレクチャーしたる」
「――オレも行っていいか?」
 と、遠慮がちに真ちゃん。
「勿論。アンタたかおの飼い主やろ。充分資格があるってこっちゃ」
「ありがとう」
「――お、アンタええ笑顔するなぁ。いつも仏頂面だったから気付かへんかったわ」
「む……」
「真ちゃんの笑顔は可愛いんだよ」
「かずなり、――お前の笑顔も可愛いのだよ」
 そう言って真ちゃんは眼鏡のブリッジを直した。
「たかおはワシらにとって癒しやったなぁ」
「オレら滅多に素直な笑顔見せないからなぁ。人の悪いにやり笑いはするけどな」
 今吉サンと花宮サンは同じポーズを取って同じにやり笑いをした。
 オレは腹が捩れる程笑った。真ちゃんがちょっと心配するぐらいに。

2017.10.31

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