猫獣人たかお 35

 山田葉奈子に誘拐され助け出されてからしばらく経った――。
 裁判の話は何度かあったが精神鑑定で無罪になるだろうと赤司が言っていた。それでも何年かしたら出られるらしいのだが。山田葉奈子は今、精神病棟にいる。
「可哀想だが、ああいう輩はどこかに閉じ込めておかないとね」
 赤司が凄絶な笑みを浮かべた。この男を敵に回してはいけない、とオレの本能が告げる。そして、改めて赤司の飼い獣人降旗に同情した。降旗も大変だよな……。
 確かにオレ、あの女――山田葉奈子には酷い目に遭わされたけど、オレも彼女が可哀想に思えた。

「どうした? かずなり」
 真ちゃんがオレの顔を覗き込む。
「何だか顔色が悪いようだが?」
「何でもないよ。それでは、たかおかずなり、近所のパトロールに行ってきます」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫だよぉ」
 もう、心配性だなぁ。真ちゃんは。でも、そこが好き。
「無事で帰って来いよ」
 真ちゃんは玄関を開けて見守っていてくれた。いろいろな事件がオレの身の回りに起こったので真ちゃんは少々過敏になっている。
 オレだったら大丈夫なのに……。でも、真ちゃんが心配してくれるのが嬉しかった。

「にゃっ、にゃっ、にゃ~ん♪ にゃっ、ふっふ~ん♪」
 オレが調子っぱずれな歌を歌っていると――
「たかお?」
 と呼ぶ声が。見ると精悍な顔の猫獣人の青年が。
「にゃっ。お兄さん誰?」
「覚えてないか? ほら、デンプシィだよ!」
「デンプシィ!」
 彼は大きな野良猫だった。今は獣人の姿だったからわからなかったよ!
「デンプシィもてっちゃん神様に獣人にしてもらったの?」
「てっちゃん神様?」
「――ううん。何でもない」
 オレは慌てて口を噤んだ。てっちゃん神様のことは言わない方がいいような気がした。オレのこういう勘は案外当たる。――外れることもあるけど。
「たかおは獣人になっても小さいなぁ」
 小さいと言われてオレは面白くなかった。
「にゃあ……デンプシィや真ちゃんの方が大き過ぎるんだよ」
「真ちゃんって?」
「んとね。オレの番いの相手。本名は緑間真太郎って言うの」
 どぉだい、立派な名前でしょう。と、オレが密かに得意になっていると。
「そうか。お前には番いの相手がいるのか――」
 デンプシィの目が赤く光った。オレはその時はそんなに気にしなかった。
「あ、デンプシィ、オレの家来る? と言っても真ちゃんの家なんだけどね」
「よし、行ってやろうじゃないか」
 真ちゃんの家には誰もいなかった。買い物かな。鍵は開いていた。
 テーブルの上には、
『卵が安売りなのでスーパーに行ってくる』
 と、書き置きがしてあった。一人暮らしも何かと大変だからなぁ。家計もやりくりしないといけないし。
「おい、真太郎とやらはどこだ」
「今帰ってくると思うけど――あっ!」
 オレはデンプシィに押し倒された。
「で……デンプシィ……?」
「いつも夢見てた。たかおの紅い蕾にオレのをぶち込むのを――」
「何だって?! 冗談やめて!」
「冗談じゃない……好きだ、たかお。お前が獣人になったと聞いて、オレも獣人になった。――悪魔の力を使ってな」
 デンプシィはオレの着衣を破いた。
「や……見ないで……!」
 まだ傷跡がうっすらと残っているから――。
「傷跡……お前……やっぱりそういう趣味があったのか……」
「ち、違うんだってばー!!」
「痛めつけられるのが好きならそう言えよ。はぁぁぁぁ~! 俄然昂ぶって来たぜ~!」
「にゃあ~!!!!」
 助けて真ちゃん!
 と、その時――。
「かずなりに何してるのだよ!」
 真ちゃんの低い声がした。え? これ夢でも見てんの? ナイスタイミング過ぎるんだけど。――デンプシィが叫んだ。
「誰だ貴様!」
「緑間真太郎だ――オレのかずなりに手を出すとはいい度胸だな」
 真ちゃんが本気で怒ってる。オレはデンプシィよりも真ちゃんが怖くてかたかたと震えた。
 それにしても気の毒なのはデンプシィである。真ちゃん(とオレ)に半死半生の目に遭わされて逃げて行った。今回のはオレがデンプシィを家に連れて来たのが悪かったんだけどね。

「すまないのだよ。オレもかずなりを買い物に付き合わせた方が良かったのだよ」
「ううん。だって、こんなことが起こるなんて思わないもん」
「ラッキーアイテムを持っていくのを忘れたから取りに来たのだよ」
「今日のラッキーアイテム……何だっけ」
「うさぎのマスコットだ」
 オレは笑い出した。オレが助かったのは真ちゃんのラッキーアイテムのおかげ。でも、うさぎのマスコットって……。
「むっ。何をそんなに笑う」
「だって――真ちゃん可愛過ぎなんだもん」
「可愛いのはお前だ」
「ありがと、真ちゃん」
 オレは真ちゃんを上目遣いに見る。
「その……何だ? お前はあざといな」
「ん?」
「天然なのか――だからあの変な女や盛りのついた猫獣人に狙われるんだ」
「真ちゃん?」
「もういい。今日からお前はオレの傍にいろ」
「ええー、でもそれって赤司と変わらないんじゃ……」
「ああ。初めてあいつの気持ちがわかった気がするのだよ。前は心配のし過ぎだと思っていたのだがな」
「うん……」
 でも、猫は自由で気ままな生き物。炉辺の置物になる気はない。
「真ちゃん……オレ、今まで通りがいい」
「でも、それだと――」
「だって、ピンチの時はいっつも真ちゃんが助けてくれたじゃん!」
「オレをあてにしてるのか――」
「頼りにしてるよ。真ちゃん。オレもこれからは気をつける。だから真ちゃん、オレは平気だよ。それにオレ強いし」
「――まぁ、オレもかずなりを縛り付けることは出来ないと思っていたのだよ」
 さっすが真ちゃん!
 床に座った真ちゃんの頬をぺろんと舐める。
「――不意をつくなと言っただろう」
「えへへ」
 オレは笑った。真ちゃんは何か言いたそうだったが口を閉じ、黙ってオレの頭を撫でてくれた。
「あー、今日は一緒に寝るか?」
「オレのこと抱くの?」
「またそう言う――まぁ、そうしてやっても良いのだよ」

2017.10.20

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