猫獣人たかお 33

 ん? 何だろ?
 この頃誰かに見られているような気がする。
 アニマルヒューマン保護機構とやらのヤツだろうか。オレが振り向くと――。
 サングラスをかけた綺麗にお化粧した女の人が手を振った。オレも手を振る。
 なぁんだ。あの人か。ちっとも怖くないや。
「行くぞ、かずなり」
「待って、真ちゃん」
 オレは真ちゃんの後をついて行った。

 今日は真ちゃんがいない。つまんないにゃあ。
 ちゃんと鍵をかけておくように。知らない人が来ても部屋を開けないように。
 真ちゃんは口を酸っぱくして言った。もう、そんなことわかってるよう……。
 オレは絵本を読んだ。100万回生きたねこだ。オレも真ちゃんがいなくなったら生き返ることはないだろうな。そんなこと考えながら泣いてしまう。
 オレはティッシュで涙を拭って鼻をかんだ。あれ? この匂い――。
「たかお君」
 女の人の声だ。あ、いつもの人だ。今日は髪をアップして一段と綺麗だ。女の人はにこっと笑った。
「あ、おねえさん」
「こんにちは。たかお君。口をきくのは初めてね」
 ん? でも、あれ――?
「おねえさん、どうやってこの部屋に入ったの?」
 オレ、ちゃんと鍵かけたよね?
 オレが密かに戦慄していると――。
 おねえさんが紅い唇のでにっと笑った。
 そして、香水(?)のいい匂いが……オレは眠くなってきた。
「しん……ちゃん……」
 そして、オレの意識は暗転した。

 ちゃら……。
 起きたオレは鎖を見た。何? この鎖……。
「気がついたわね」
「おねえさん! これ何?」
「逃げられないように」
 おねえさん――いや、女はしれっと言った。
「今日からあなたは私のペットよ」
「え? オレは真ちゃんのペットだよ。オレのこと、真ちゃんがおねえさんにあげたの?」
 寂しくなってオレはしゅんとなった。
「緑間真太郎には内緒で君のこと連れてきたの」
「――おねえさん、何で真ちゃんのフルネーム知ってるの? 真ちゃんの知り合いなの?」
「緑間真太郎は私のこと知らないと思うわ。よく見るな、とは思ってはいるかもしれないけれどね」
「じゃあ、どうして――」
「君が可愛いからね――攫ってきたの」
 女は怖いことをすらっと口にする。
「や……やだ……」
 オレは背中に悪寒が走った。この人――狂ってる……。
「や……やだ……真ちゃん、真ちゃん……!」
 オレは暴れた。でも、鎖が重くて思うように動けない。
「何で緑間真太郎は良くて私はダメなの?」
 オレの世界が音を立てて軋んでいく。
「だって、真ちゃんはこんなことしない……」
「あら、そうなの。てっきり、緑間真太郎は君を性奴隷にしているんだとばかり思ってたわ。フフフ……」
「真ちゃんをアンタと一緒にするな!」
 オレはつい叫んでいた。
「フフ、まぁいいわ……私には逆らわない方がいいわよ。私は君の御主人様なんだからね」
「にゃ……」
 言い知れぬ恐ろしさを感じて、オレの耳がへにゃ、となった。
「そういえば……ここ、どこ?」
「私の秘密の部屋よ。今からたぁくさん可愛がってあげますからねぇ……」
 ――オレは目を瞑った。
 女がキスした。真ちゃんのキスとは違う気持ちの悪いキスだった。女の舌がオレの口の中を蹂躙する。オレは吐きたくなった。
「ん、んんん……」
 オレは女の舌を噛もうとした。女の舌がするりと逃げた。
「私に逆らわないで、と言ったでしょう」
 甘い声。きっと、悪魔の声ってこんな声してるんだ……。
「にゃあ……おねえさん綺麗なんだから、オレなんかじゃなくても、他の男の人といっぱい交尾できると思うのに……」
「ふふ、綺麗って、嬉しいこと言ってくれるのね」
 女はオレに息を吹きかけた。わっぷ。微かに煙草の匂いがした。
「私だって普通の恋愛ぐらいしたことあるわよ。でも、ダメになったの」
「にゃあ……」
 訊いてはいけないことを訊いてしまっただろうか。オレはすまないと思った。
「あら、しょげないで。私、今とても幸せなの。君というペットを手に入れたしね」
「オレはアンタのペットなんかじゃない!」
 オレの飼い主は、真ちゃん一人だ。
「じゃあ、君の体に言い聞かせてあげる」
 そう言った女の舌がオレの肌を辿って行く。――ぞわぞわする。
「や、やめて……」
「そう? 君の体はやめて欲しくないみたいだけど?」
 オレの体はしっかり反応していた。オレは自分の雄としての本能が憎くなった。真ちゃん……オレはふしだらな猫だ……。そんなオレでも真ちゃんは許してくれるかなぁ。
 女はオレのを咥えた。
「にゃ……にゃあ……」
 逃げようとしても鎖に戒められて動けない。首輪までつけられている。
 女はオレの顔を見て言った。
「君……すごく可愛くてエロい顔するわね。緑間真太郎が執着するのもわかるわ」
「真ちゃん……のことを言うのはやめて……」
 真ちゃんのことを思い出すと、オレがとんでもなく汚れた猫獣人になったように思うから。女が真ちゃんの名を口にする度、真ちゃんが辱められていくような気がするから。
 せめて真ちゃんには綺麗なままでいて欲しいと思うから。
「わかったわ」
 女はどことなく満足げに言った。そういえば、この人は何という名前なのだろう。興味ある訳じゃないけど。
 女はオレの体に指を絡める。オレはあっけなくイッてしまった。怖いはずなのに。嫌なはずなのに。
 オレは……最低の猫獣人だ……。

「いい子にはご褒美よ。エサをあげる」
 エサをあげる、と言われても、猫だった時、
(かずなり、エサだぞ)
 と、真ちゃんが言った時のようには胸が弾まない。
 女は猫用のエサ皿にご飯を盛る。そのご飯は美味しそうだった。――そう感じるのは悔しいけど。
「四つ這いで食べなさい。猫獣人にはそれがお似合いよ」
 女の声には厳しさが混じっていた。何だろう。怒っているように思う。
 でも、空腹には敵わない。オレはぴちゃぴちゃと音を立てながら四つ這いで食べる。
「そうよ。いい子ね」
 女がオレの黒い頭を撫でる。力に酔ってうっとりしているようだった。でも、食事に夢中の今のオレには気持ちの悪さや恐怖など感じる余裕がなかった。

2017.9.30

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