猫獣人たかお 32

「オレは……」
 オレが口を開きかけた時だった。
「ちょっと待つのだよ! かずなり!」
「うぇっ、えっ、真ちゃん?! どうしてここに?」
「オレにもさっぱりわからないのだよ。ただ、気が付いたらここにいたのだよ」
「もしかして――緑間君、たかお君のことばかり考えてませんでした?」
 真ちゃんが一瞬絶句したが、やがて言った。
「――ああ、その通りなのだよ。今日はずっとかずなりのことしか考えていなかったのだよ。授業の時も、部活の時も――」
「今日も、の間違いではありませんか?」
「今日は特にそうだった。おかげで勉強もバスケも身が入らなかったのだよ」
「真ちゃん……」
「そうですか。きっと、緑間君がたかお君のことばかり考えているうちに、緑間君とたかお君のインナースペースがドッキングしたんでしょうね」
「そんな、ドッキングだなんて……」
「何考えているのだよ。かずなり」
 真ちゃんはオレの頭を小突いた。
「いてっ☆」
 ――嘘。本当はそんなに痛くない。
 それに、これも真ちゃんの照れ隠しだってわかってるからね~。
「オレは、かずなりと一緒にいたい。――今のままではダメなのか?」
「ダメというか……今のままではたかお君は獣人であるのに、猫としてのアイデンティティーも消すことができない極めて中途半端な存在になってしまいますよ」
「それが、本当にダメなことなのか?」
「は?」
 てっちゃん神様は虚を突かれたようだった。
「元々オレ達人間も、中途半端な存在ではないか」
「しかしですね。このままだとたかお君は微妙な立場に立たされますよ」
「だったらその責任はオレが負う」
「――そのことでもしたかお君やキミに災いが降りかかっても知りませんよ」
「構わない。かずなりが窮地に立たされたら、オレが何としてでも守ってやる」
「真ちゃん……」
 オレの涙腺は壊れた。
「真ちゃん、真ちゃーん!」
 オレ、今のままがいい。2号の言っていた第三の道なんて見つからなくていい。ただ、今まで通り真ちゃんと一緒にいたい。
「お兄ちゃん……」
 聞き覚えのある声がした。
 もう二度と聞けないと思ってい声。その声の主は――
「なっちゃん!」
「お兄ちゃん、久しぶり!」
 明るい性格の黒猫、なっちゃん。オレの妹のなっちゃんだ。
 とある事件から保健所に屠殺されてしまったけど、本当はとてもいいコなんだ。
「お兄ちゃんが悩んでるようだったから、私も一緒にいるねって、応援しに来たの」
 なっちゃん、何て偉いんだ、キミは。
「ねぇ、神様、お兄ちゃんの言うこと、聞いてあげて」
「オレ、ただ真ちゃんと一緒にいたいだけなんだけど……」
「例え猫になっても……ですか?」
「それがわかんない。どうしてどっちかでないといけないわけ? 猫の記憶を持ったままだといけないわけ? オレはこのままでいたいのに」
「さっきも言ったでしょう。それでは中途半端な存在になると。中途半端な存在であるということは中身も中途半端になるということですよ」
「それでいい。オレ、忘れたくない。なっちゃんのこととか」
 てっちゃん神様はしばらく考え込んでいたが、やがて言った。
「わかりました。ボクはボクの神様――高次の存在に掛け合ってみます。全力を尽くしますので」
「オレも、手伝うぜ」
 いつも裏で糸を引いている(ほんとに引いてんだ)赤い髪の男が言った。この男はタイガに似ている。あまり喋ったことはなかったように思うけど、声までタイガそっくりだ。タイガに耳がないだけって感じ。
「お兄ちゃん……あの世、ううん、猫の天国から応援してあげるから。見守っててあげるからね」
 うう……オレ、真ちゃんからもなっちゃんからも守られてるんだなぁ……。
「拭くのだよ」
 真ちゃんが緑色のハンカチをくれる。真ちゃんのラッキーカラーは真ちゃんの髪の色と同じ緑色なんだそうだ。
「ありがと。真ちゃん」
 オレは遠慮なく使わせてもらうことにした。
 でも、守られている一方じゃ情けないなぁ……。
「ありがとう。真ちゃん、なっちゃん。けど、オレ、守られてるだけじゃ、イヤだ、強く、なりたい……」
「かずなりはもうとっくに強いのだよ」
 真ちゃんがオレの髪をくしゃっと撫でた。
「オレがお前にどんなに助けられたかしれないのだよ」
「私も、私もー」
 真ちゃん、なっちゃん……。涙が止まらないよぉ……!
「こんなに慕われるなんて、たかお君の人徳ですね。……いや、猫徳ですかね」
 神様の台詞でなっちゃんが笑う。そしてなっちゃんは言った。
「真太郎さんと幸せになってね。お兄ちゃん」
「勿論。オレはかずなりを幸せにするのだよ」
「じゃあね。お兄ちゃん……」
 なっちゃんの姿が消えた。でも、なっちゃんの気配が感じられて、なっちゃんの存在に包まれているように、今のオレにはした。
 死んだら、魂も消えるなんてことはないんだね。なっちゃんのこと、記憶から消したくない。
「さぁ、もう朝です。ボクも頑張りますから、キミ達も頑張ってくださいね」
「当然なのだよ」
「――神様。ありがとう」
 神様の輪郭がぼやけた。――朝だ。オレはパチッと瞼を開けた。隣には真ちゃんが。まだ眠っている。
 オレは真ちゃんの唇にちゅーをした。万感の思いを込めて。
「ん、ああ……おはよう、かずなり」
「うん、おはよ」
「変な夢を見たのだよ」
「オレも――多分真ちゃんと同じ夢を見た」
「黒子も火神もいたのだよ」
「それ、神様だから」
「黒子達に似てたのだよ。それから、お前の妹にも会ったのだよ」
「なっちゃんだね。うん。今もオレ達のこと見ててくれてるよ」
 その時、ふふふ、となっちゃんの可愛い声が聴こえたような気がした。幻聴でも嬉しい。
「――見守っててくれるのはいいが、お前を抱く時だけは目を瞑っていて欲しいな」
「ん、そうだね。まだちょっと腰が痛いんだけど……」
「今日は休みだ。思いっきりごろごろしよう」
「それ、真ちゃんの発言とも思えない」
「どうしてだ?」
「いっつも人事を尽くせって言ってるじゃない」
「人事を尽くしてごろごろするのだよ」
「何それ」
 オレはぷっと吹き出した。でも、悪くないかもね。
「オレ、かずなりはオレを幸せにする為に神様が寄越してくれた天使だと思ってたのだよ。――ずっと」
「にゃあ……照れるにゃあ」
「かずなり、愛してる」
 オレは返事の代わりにゴロゴロと喉を鳴らした。いや、鳴らしたつもりだった。
「お前のおかげでオレもちょっとは猫が平気になってきたのだよ」
 それは嬉しい。いつか、真ちゃんもオレの仲間達と仲良くなってくれればいいな。長老にも改めて紹介したいしさ。オレの番の相手だよって。

2017.9.24

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