猫獣人たかお 31

「ねぇ、真ちゃん……オレ、獣人のままでいいかなあ?」
「何だ? お前、ゆうべから変なのだよ」
「どうせ変だよ。――もういい」
「……何か、あったのか?」
「…………」
 オレの悩みは真ちゃんにはわからないかもしれない。オレはちょっと心にもないことを言ってみた。
「オレね……猫に戻るかもしれない」
「え?」
 真ちゃんが固まった。
「ま、まだ、決まったわけじゃないよ。ただ、選ぶのは自分だと思って――」
 猫になったら真ちゃんとのこういう関係ともお別れかなぁ。
「そうか……で、お前は猫に戻りたいのか?」
「オレ……ずっと真ちゃんといたい。でも――猫時代の仲間達も大切だし……」
「では、お前が決めるといいのだよ」
「だけど、真ちゃん記憶操作されるかもしれないんだよ。以前の記憶を消されたりとか」
「オレにはよくわからん話だが――獣人としてのお前はオレの前から消えてしまうのか?」
「オレの選択次第ではそうなるかもね。まぁ、後一日……一日もないんだけど、考える時間はもらったからさ」
 それ以降、真ちゃんは黙ってしまった。怒ってるのかな。真ちゃん。
 怒ってるよね。オレが突然獣人になって現れ、その時はびっくりしただろうけどそれにも慣れ、いい関係になったところにオレが猫に戻るかもしれないなんて言われた日には――。
「ねぇ、真ちゃん、オレ、真ちゃんの為なら獣人のままでいてもいいよ」
 朝食を食べ終えてからも真ちゃんは黙ったままだった。

「長老ー!」
「やぁ、たかお」
 オレは長老を抱き寄せた。長老は少し眠そうだった。
「オレ、どうしよう……」
「何かあったのかね?」
 オレは長老に夢の中での経緯を話した。長老はうんうんと頷いていた。
「で、お前さんはどうしたいのかね?」
「それは……」
「あ、たかおだ」
「たかお」
 友達の猫達がひょっこり現れた。この猫達ともお別れなのかなぁ……。寂しいなぁ……。皆、オレ、もう皆と遊べないかもしれない。
 はっ。オレ、獣人のままでいること前提に考えている。長老が見ている。
「どうしたの? 長老」
「いやいや」
 長老が首を横に振る。
「何をしているのだよ。かずなり。こんなところで――。学校へ行くのだよ」
 真ちゃん! やっと口をきいてくれた!
「うん、わかった!」
 オレは立ち上がると、またね、と長老と仲間達に手を振った。

 バスケ部ではテツヤ2号が体育館で日向ぼっこをしながら考え事をしているようだった。2号は犬なのに、どこかオレ達の長老を思わすところがある。
「ん? 浮かない顔だな。たかお」
「2号……」
「何してるの? たかお君。練習よ」
 カントクのリコさんが言った。
「待って。オレ、2号に話があるんだ」
「何かね?」
 オレは長老にした話を繰り返し2号にもした。
「ふむ……なるほど事情はわかった。だが、獣人か猫か。本当に選択肢は二つしかないのか?」
「え?」
「吾輩が言いたいのは第三の道もあるんじゃないかということだ」
「――人間になるとか?」
「そういう意味で言ったのではないのだが……それもひとつの方法だし、他にもまだ道はあるかもしれないよ」
「そっかー……でも、どんな道があると言うんだろう……」
 第三の道かー……。
「まぁ、あまり思いつめない方がいいかもしれないね。とことん思いつめるのも手だが」
 2号の言っていることはいつもとても難しい。哲学者の言うことみたいだ。仲間達が笑いながらからかうように、
「犬って本当に馬鹿なんだからぁ」
 と言ってるのを聞いたことがあるけど、2号を知ったらそんな意見ぶっ飛んじゃうかもな。
「2号は賢いね」
「よしてくれ。吾輩はごく普通の犬だ」
「普通の犬は自分を普通なんて言わないよ。――あ、わかった。謙遜してるんだ」
「していない。君は部活に戻った方がいいのではないのかね?」
「ん? そうだね」
「お、たかおに2号。何か話してたのか?」
 バスケットボールを持ったショーゴが声をかけてきた。
「ん、まぁね」
 と、オレは答えた。
「2号の話は参考になったろ」
「うーん……オレには何だかよくわかんないや」
「ふぅん。頭悪いのか? お前」
 オレはショーゴの言葉にムカッと来た。それで言ってやった。
「虹村サーン! ショーゴがオレのこと『バカ』だって言ってた!」
「なっ、言ってねぇだろ! たかお!」
「でも、頭悪いって言った!」
「疑問形だって――ぎゃっ、修造サン来た!」
「祥吾――――! 他人様をいじめるなって何回言えばわかるんだ――――っ!」
「ぎゃああああああ! オレ知らねぇよぅ! とにかくオレは逃げる!」
 ショーゴが虹村サンから逃げるスピードは音速を超えた。
「うわお。――ちょっとオレ、言い過ぎたかな」
「いや、祥吾も運動不足が解消されていいんじゃないかな」
「2号……お前、案外冷たいな」
「他人の事情にあまり首を突っ込まないだけだよ」
 しかし、オレには2号は結構いい性格してると思う。まぁ、今のはきっかけ作ったのはオレなんだけどさ。
 部活が終わった後、オレ達は一緒に帰った。真ちゃんはいつものシュート練習はしなかった。何か思惑でもあったのだろう。
 真ちゃんはしばらく黙っていたが、やがて言った。
「猫に戻りたいか? かずなり」
「う……オレは……真ちゃんと一緒にいたい……」
「そういうことを言ってるのではないのだよ。だが、今の言葉、嬉しかったのだよ」
 そう言って、真ちゃんはオレの頭を撫でた。
 オレが猫になったら――仲間達とも遊べるし、長老とも話せるし、真ちゃんの膝の上でごろごろいうのも気持ちいいな――。
 なんかオレ、猫に戻りたくなってきた……。
 だけど、猫になったら真ちゃんに抱かれたり、抱いたりすることができない……。じゃんけんでどっちが抱くか決めるから、オレは抱かれる方になる時が多いんだけど。
 ――オレ達はまた一緒に寝た。腰は痛いけど、気持ちいいのが先に立つ。若いからいくらでもできそうだ。
 オレは真ちゃん以外と一緒に寝ない。交尾もしない。真ちゃんはオレの番の相手だ。この先一生、ずっとそうだ。
 真ちゃんがオレを優しい目で見る。その目に見守られながらオレは眠ってしまった。
 しばらくすると神様がやってきた。オレを獣人に変えてくれた神様。もしかしたらずっと見守っててくれてたのかもしれない神様。全ては彼から始まった。
「結論は出ましたか? たかお君」

2017.9.20

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