猫獣人たかお 27

 今吉サンが男の背中を思い切り引っ掻いた。
「ぎゃあああああああ!」
「走れ! たかお!」
 のしかかられていた重圧がなくなった。オレは今吉サンの言われた通りに走った。――そして、今度は後ろから、この世のものとは思えない悲鳴が……。
 逃げようとした男の下半身に今吉サンが思い切り爪を立てたのだ。オレはホークアイでその様子を見ていた。
 あれは痛そうだなぁ……。
 さっき襲われかけたことも忘れて、オレは他人事のように思った。
 結局、男達は逃げてしまった。
「無事やったか? たかお」
「え、あ、うん……でも、さっきの男……」
「ああ。しばらくは使い物にならないやろなぁ。キンタマに思いっきり爪立ててやったわ。うー。おぞましい。はよ消毒せな」
「で、でも……オレの為に……まだ知り合って間もないオレなんかの為に……」
 オレは、ひっくひっくとしゃくりあげた。
「アホ言いな。ワシらはたかおの友達や。友達のピンチには駆けつけるのが筋ってもんやろ」
 そう言って今吉サンは笑った。
「ま、ちと便が固くて来るのが遅れたけどな。堪忍してな」
 今吉サン……。真ちゃんとはちょっと違うけど――
「好き!」
 オレは今吉サンに抱き着いた。
「好き! 今吉サン、好き!」
「――こら、離れんかい。こんなとこ見られたら、ワシ、緑間に殺されてしまうわぁ」
「真ちゃんは優しいよ」
「――たかおにはな。ああ、アカン。本気で惚れそうやわ。オレが本気にならんうちに、自分、離れた方がええで」
「うん……」
 何だか今吉サンが困っているようだったので、オレは抱擁を解いた。
「しっかし、さっきのような船員もおるんやなぁ。まぁ、目の寄るところへは玉というか、類友というか――」
 オレは首を傾げた。今吉サンの言うことは時々理解不能だ。
「今吉サン――」
 花宮サンが戻ってきた。
「おう、早かったな」
「それどこじゃねぇよ。船員どもが飛び込んで来て、猫獣人に襲われたって言うから――あれ、アンタだろ?」
「ようわかったな」
「大阪弁の猫獣人に襲われたって言ってたぜ。ソイツ。アンタに何かしたのか?」
「いや、されそうになったのはコイツや」
 今吉サンは親指でオレを指差した。
「襲われたのか?」
 花宮サンは呆然としている。
「未遂や。けど、アイツのキンタマ潰したんはやり過ぎやったかなぁ」
「フハッ! 今吉サンらしいや。さすが、人の嫌がることをさせたら右に出ない男!」
「不名誉な二つ名やなぁ」
「褒めたんだけど……後、妖怪サトリだしな」
「ワシ、まだ猫又やあらへんで」
「でも、いずれなるつもりだろ?」
「そうやなぁ。なれたらなりたいわぁ」
「こっちだ!」
「今吉ぃ!」
 男達の声がした。
「うるさいヤツらやなぁ。大方あの男が故意に情報操作したんやろ。それに、この船にはあの男の同類が多い」
 それって……男好きってこと?
 オレだって真ちゃん好きだけど、男だから好きになったんじゃないんだよ。ただ、真ちゃんがたまたま男だっただけで……。
 今吉サンのことだって好きだけど、友達として、だし……。でも、今吉サンは時々こっちが悲しくなるぐらい優しい目をする。それが真ちゃんが時々する目と同じだと言ったら、真ちゃんに怒られるだろうか。どうしてそう思ったのか自分でもわからないけれど。
 他の獣人達は固まってぶるぶる震えている。
「あかんなぁ……人が集まってきたわ。花宮、頼むわ」
「オーケイ!」
 この部屋に来た男達の間を花宮サンがすり抜けて行った。その後、男達は全員倒れた。オレの目にも、ただすり抜けたようにしか見えなかった。
「すっげー!」
 オレは思わず感心して声を上げた。
「感心しとる場合やないで」
「うん!」
 今吉サンはオレの手を握って階段を上がる。
 オレ達は甲板に出た。男達が追ってくる。さっきより人数が増えているのは多分気のせいじゃない。
「自分、泳げるか?」
 今吉サンは小声で訊いた。オレは頷いた。
「うん。水は嫌いじゃない」
 真ちゃんとお風呂だって入ってるし。
「そか。なら逃げようか。花宮」
「へいへい」
「ほなサイナラ」
 そう言って今吉サンはオレの手を引いてザンブと暗い海に飛び込んだ。続いて花宮サンも……。
「ぷはっ」
「ええ泳ぎっぷりやないか、たかお。もうワシが支えんでも良さそうやな」
「うん、ありがとう」
 犬だったら犬かきができるんだろうけど、残念ながらオレは猫だ。でも、海の水面に顔を出すことはできた。泳げる猫って犬より少数派かな。前に進むこともできるよ。
 海水には塩分があるからプールより浮きやすいんだと。真ちゃんの言う通りだったなぁ。
「大丈夫か? たかお」
「うん。平気だよ。花宮サン」
「オレと今吉サンなら大抵何でも平気なんだけど」
「オレ、足手まといなの?」
 ちょっとそれが残念に思えた。確かに皆に甘やかされてばかりで何もできないかもしれないけど――。
 オレがそう言うと、
「何しょぼくれとるんや。言ったやろ。ワシら友達やて」
「オレは今吉サンの友達になった覚えはあっりませーん」
「わかっとるで。花宮。ワシと自分は相棒や」
「げっ! 勝手に決めんなってぇの?!」
 二人のやり取りが漫才みたいでおかしくて、オレは笑った。笑ったら海水が口の中に入ってきた。ぺっぺっ。しょっぱい。
「なーにやってんだよ、たかお」
 花宮サンが嘲笑う。くっそう。
「なぁ、あの島。あの島に行こうや」
 海の向こうに島が見える。――あそこに行くのか。冒険みたいでわくわくする。今吉サンが訊いてきた。
「なぁ、たかお。自分、泳ぎ上手やなぁ。どこで覚えた」
「一度だけ真ちゃんとプールに行った」
「それでか。猫獣人はカナヅチが多いんやけどな」
「コイツ、意外にハイスペックなんじゃねぇの?」
「かもなぁ。それにええとこのボンボンみたいやし」
「オレはボンボンじゃないよ。真ちゃんはボンボンだけど」
「ほう……やっぱりな」
「緑間はピアノが得意って月バスに書いてあったぜ。それ見ていつか殺してやろうと思ったな」
「にゃあ。花宮サン、真ちゃん殺しちゃダメ……」
「花宮かてわかっとるて。それよりも自分の方の心配せぇや。花宮。ワシらの方が緑間に殺されるかもわからんて」
 花宮サンは今吉サンの台詞を無視してそれからは黙々と泳いだ。もうすぐ島に辿り着く。

2017.8.20

次へ→

BACK/HOME