猫獣人たかお 26

「今吉、ちょっと来い」
 無表情な男が今吉サンを手招きした。
「仕事――やな」
 今吉サンはちょっと浮かない顔をした。
「それじゃ、行ってくんで。花宮。たかおを頼む」
「――わかった」
 今吉サンがいなくなった後、オレは花宮サンに訊いた。
「ねぇ、花宮サン――今吉サン、何しに行ったの? 仕事って何?」
「――便所だ」
「――トイレ?」
「いや、今吉サンが共同便所になるって言うこった」
「?」
 オレは訳がわからず、首を捻った。
「――お前、経験ねぇの?」
 オレは思わず、「何の?」と訊き返してしまった。
「その反応だと、ねぇようだな。――緑間とはどこまで行った? キスとかはしたんだろ?」
「にゃあ……キス――までだけど」
「フハッ! やっぱり経験ねぇんだな!」
「何だよぉ。笑うことないじゃん」
 オレはぶすくれた。
「いやいや。ままごとみてぇな関係なんだな」
「ままごとじゃないもん。真ちゃん、オレを性奴隷にしたいって言ったもん」
「でも――まだなんだな」
「うん……」
 オレは、そういうことは本を読んで知ってる。真ちゃんがオレとしたいのは、多分『そういうこと』だ。
「大切にされてるんだな」
「……うん」
 真ちゃん、どうしてるんだろう。帰りたい。帰りたいよ。真ちゃんの元へ。
 花宮サンも今吉サンも、いい人なんだけど何かちょっと腹が読めないところがあるし――。
「オレも今吉サンも帰るところがねぇんだ。お前、帰るところがあるだけ幸せだぞ」
「にゃあ……」
 真ちゃん、真ちゃん、真ちゃん――。
 あのね、オレ、友達できたよ。うん。今吉サンと花宮サン。
 オレは、どこか遠くにいる真ちゃんに頭の中で話しかける。
「真ちゃんに――会えるかな」
「会えるんじゃねぇの? オレにはよくわかんねぇけどさ。お前ら、愛し合ってるんだろ?」
「うん!」
「だったら会えるさ。――オレがこんなこと言ったの? 今吉サンには内緒にしとけよ」
「にゃあ。どうして?」
「『少女漫画趣味や』って、笑われるからさ」
 オレを元気づけようとしてくれてるんだ。花宮サン。それとも、オレとおんなじで、愛し合う者は必ず会えるって、信じてるのかな。どちらにしても――。
「――花宮サン、優しいんだね」
「フハッ! オレが優しいって? お前面白いな」
「にゃあ……」
「知ってたか? オレのバスケでの得意技はラフプレーだったんだぜ。尤も、ラフプレーは餌だけどな」
「にゃあ?」
「ま、いいや。今吉サンと同じで、オレもお前のことが放っておけなくなってきたよ」
 花宮サンはオレの頭をわしゃわしゃと掻き回す。ラフプレーが得意? この人が? そうは見えないけど花宮サンも一癖ありそうだもんなぁ……。でも、オレのことは友達だと認めてくれてるようだし。
 真ちゃんにも紹介したいなぁ。今吉サンに花宮サン――。ちょっと変わってるけど。
 オレが丸くなって寝ていると、今吉サンが帰ってきた。
「やぁれやれ。しんどかったわぁ。人間て、どうしてぶっかけんの好きなんやろな。――お、たかお、起きてたか」
「にゃあ」
「今まで寝てたけど、アンタがうるさいから起きたようだぜ」
「そうか。すまんのう。花宮、たかお」
「んー。別に?」
「今吉サン、大丈夫?」
「今日の客は、痛いことせぇへんかったから、まず大丈夫や」
「今吉サン、アンタ、無理しない方がいいぜ。年なんだから」
「アホ。お前とはひとつしか違わないやろ」
「いいから、今日は寝てろよ。明日はオレが行くからさ」
「ああ……すまんのぅ」
 今吉サンと花宮サンは、『仕事』の話をしているらしい。――翌日は花宮サンが行った。
 オレは今吉サンと二人で喋った。
「今吉サンと花宮サンは、どういう仕事してるの?」
「――ん? 自分は知らん方がええ。ま、たかおには仕事は回さないからな。花宮と二人で処理したる」
「にゃあ?」
「人間には獣人を性奴隷にしたがるヤツもおるんや。たかお、自分、まだ処女やろ」
「にゃ?」
「猫の獣人ですら犬の獣人に比べれば圧倒的に数が少ないのに、オレンジ色の眼の猫獣人は貴重や。処女も高く売れる。あいつらも自分には危害加えへんやろ。まぁ、口につっこむことぐらいはするかもしれへんけどなぁ」
 今吉サンの言っていることは、どうもよくわからない。でも、性奴隷は何とかわかる。真ちゃんはオレを性奴隷にしたいと言っていた。オレを狙っているヤツはいっぱいいるとも言っていた。
 でも、処女って言うのは――処女って、まだエッチしたことのない女の子のことを言うんだよね。
「オレ、処女じゃないよ。男だもん」
「そうやな――でも、経験はないんやろ?」
「――花宮サンにも同じこと言われた」
「そうか。あいつもあれで自分のこと気にかけとるで、たかお」
「うん……」
「ワシら、友達やさかい――嫌か? こんな胡散臭いヤツらが友達でおんの」
「ううん! オレ、もうとっくに友達だと思ってたよ!」
「嬉しいなぁ。素直な子やな。たかおは」
 そう――かなぁ……。今吉サンと花宮サンは、ちょっとひねくれてるっぽいけどオレにとってはいい人だ。
「ワシら、二人でたかおのこと守ってやるからな」
「ありがとう――でも、今吉サンや花宮サンにだけ負担かけるの悪いにゃあ」
「ワシらには、そういうお荷物も必要なんよ。二人だけだと軽過ぎてわからん」
 そう言って、今吉サンは笑った。
「――ちょっと便所行って来るわ」
「仕事?」
「花宮のヤツ――たかおに何吹き込んだんや。本当に便所や」
「行ってらっしゃい」
 オレは今吉さんがいなくなると床の上に寝転がった。
 カタン、と物音がした。オレは飛び起きた。――嫌な予感がする。
「へっへっへっ。上手い具合にあの猫獣人がいるな――おい、見張ってろ!」
「へい!」
 あ、あの男の人、見たことある。名前は知らないけれど――。男の人がこっちにやってくる。にたにたしながら。何か嫌な感じがするんだけど――。
「子猫ちゃ~ん。たっぷり可愛がってあげるからなぁ……」
 そう言って男は自分のベルトに手をかける。
 ちびで短足だけど、体はでっぷりした男。懐中電灯を掲げている。むわっと汗と雄の臭いがする。
 近付かないで! 嫌だ! 怖い! それに臭い……! 同じ雄だというのに、真ちゃんとは全く違う人種……。真ちゃんはいつもいい匂いがしてたし……。
 他の獣人達は何もしないで震えている。よっぽど人間が怖いのだろう。オレだって怖い。
 男がのしかかる。助けて、真ちゃん……!
「――自分、何しとんのやぁ!!!」

2017.8.14

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