猫獣人たかお 25

「誰?」
 オレが訊くと、裾の長い黒髪の眼鏡をかけた猫獣人は藍闇の中でにぃっと笑った。この人の笑いはちょっと怖い。
「ワシは今吉翔一や。んで、そっちがオレの舎弟の花宮真や」
「誰が舎弟だ。アンタの舎弟になった覚えはねぇよ」
 花宮が吐き出すように言う。
「自分、名前、何て言うんや」
「お、オレ……? オレはたかおかずなりだよ!」
 やっぱりちょっと怖いけど、今吉サンと花宮サンに同族意識を持った。同じ黒耳の猫獣人だもんね。
「ヤバいなぁ、自分」
「え?」
「今吉さんもそう思うんだ。オレもそう思ったぜ」
 ――オレのどこがヤバいんだろう。
「オレのどこがヤバいの?」
「あかんなぁ。自分、可愛過ぎるで」
「――え?」
 そう言われて、オレはフリーズした。
「自分みたいなのがおったら、ワシかてさらってしまいそうや」
「そうだよな。そうだよな」
「えー?」
 オレは、どうせだったら真ちゃんにさらわれたいな。そういや、真ちゃんどうしてるだろ。オレは、んしょ、んしょ、と涙を拭いた。
「あかんわぁ。可愛過ぎるで」
「え? オレが?」
 もっと可愛いコは他にいると思うんだけどなぁ……。
「自分、格闘はできるか?」
「格闘? できない。バスケだったら少しできるかもだけど」
「あかんなぁ。自分みたいなの、格闘は少しは覚えへんと。自分で自分の身は護らなあかんで」
「う……うん」
 オレ、力が弱いから……真ちゃんに危害を加えるヤツらを止められなかった。
 今吉サンの言う通りだ。空手とか、柔道とかせめて合気道とかやっとけばよかった。
「真ちゃん……」
 ああ、また涙が出て来た。こんな時だと言うのに泣くしか能のない自分が情けない。
 今吉サン、ずけずけいいだけど、アンタのこと思って言ってるんだぜ――と、花宮サンがフォローしてくれた。怖いって思って悪かったなぁ。
 今吉サンも花宮サンも、根はそう悪い人達ではなさそうだ。一筋縄ではいかなさそうだけど。
「真ちゃん――それが自分の飼い主やな。フルネームは?」
「緑間真太郎」
「緑間――キセキのNo.1シューターの緑間か!」
「知ってるの?」
「ワシもバスケやっとんねん。バスケ界では有名な男やで」
「へ、へぇ……!」
 こんな会ったばかりの人にさえ知られてる真ちゃんて――
「すごぉい! 真ちゃんて、すごぉい!」
「何や。自分、知らなかったんかい」
「ん……知ってはいたけど、改めてすごいなって思ったんだ」
「あの赤司かて緑間と同じキセキの世代や」
「オレ、赤司と食事してきたよ」
「自慢か? 赤司と緑間は仲ええか?」
「うん。――いい、と思うよ」
「赤司な……自分、最強の味方つけたかもわからんで。赤司征十郎は赤司財閥の御曹司や」
「へ、へぇ……」
「何や渡航する話も出てたみたいやけど、結局日本に落ち着いてもうたなぁ」
 ふぅん。赤司ってすごいんだ。
「それがさぁ……面白いんだぜ。あの赤司、チワワの獣人と一緒にいる為に日本に残ったって話だぜ」
 フハッと花宮サンが笑った。
 それって降旗のこと……。
「たかお。自分、心当たりありそうな顔しとるで」
「えっ?! どうしてわかったの?」
「顔に出とる」
 この人、妖怪サトリという異名を持ってるんだぜ、と花宮サンが耳打ちした。うーん。それって、今吉サンには隠しごとができないってことだよなぁ……。
「こら、誰が妖怪や」
「いいんじゃね? オレ達獣人も、昔なら妖怪扱い扱いだぜ」
「オレ、本当は猫なんだよ」
 オレは言った。何となく、この人達なら信用できそうな気がしたのだ。本当は言ってはいけない秘密なのかもしれないけど。赤司だって公言しない方がいって言ってたけど。
「そうか……」
 今吉サンがじろじろと眺めた。
「だから、自分、何か雰囲気が他の獣人と違とったんやな」
「今吉サン、こいつのことが明らかになったら、実験に回されるんじゃね?」
「騒ぎが起きるのは確かやろな。たかお。どうしてただの猫から獣人になったか教えてくれへん? 同じ船に乗り合わせたモン同士や」
 そうか……ここは船なんだ。だから、ゆらゆら揺れてんだ。
 オレは猫獣人になった経緯を今吉サンと花宮サンに話した。
「そか、神様か……」
 今吉サンが溜息を吐いた。
「嘘じゃねぇだろうな」
「やめぇや。花宮。コイツは嘘を吐くようなヤツやない」
「でも……」
「花宮。――たかおは嘘つけるようなヤツやない」
「確かに。こいつ鈍くさそうだもんな」
 むー。鈍くさそうとは何事だ。オレだって一通りのことはできるんだぞ。それに、このこと話したのは、今吉サン達を信用しているからであって……。
「神様のいたずらじゃしゃあないな。今、動物を獣人に変える研究が何か流行っとるようやけど」
「たかお。お前は猫と同じ寿命なのか?」
「そこまでは……よくわからない。人間と同じなんじゃないかって、てっちゃんが言ってたことあるけど」
「てっちゃん?」
「黒子テツヤ。オレの友達」
「今吉サン、黒子って……」
「幻のシックスマン、黒子テツヤか」
 花宮サンと今吉サンが頷き合った。
「え? てっちゃん知ってんの?」
「ああ。――或る意味キセキと同じくらい有名なヤツや」
「確か異常に影が薄いという……」
「取材陣が来ても気付かれなかったという――」
「ああ、それ、てっちゃんだ」
 オレは笑った。てっちゃんらしいや。てっちゃんは影の薄さを利用しているけど。バスケ以外でも。
「なかなかに強かなヤツや思ったことあんねん」
「うん、そうだね――」
「それにしても、自分、笑うとますます可愛らしなぁ。性奴隷にされんよう、せいぜい気ぃつけや。――もう遅いかもしれんがな」
「オレは真ちゃんの性奴隷だもん」
 オレは宣言した。この人達になら、言ってもいいよね――?
「フハッ! 緑間がホモとか、超ウケる!」
「やめんかい、花宮。ワシも腹筋崩壊起こしそうや」
 何でお腹抱えて大笑いしてるんだろう。花宮サンに今吉サン。オレ達、まだキスしかしたことないんだよ。後は、オレがちょっと真ちゃんの顔とか手とか舐めたり、くっつき合いっこしたり……。
 でも、ちょっと緑間が羨ましなぁ――今吉サンはそう言ってオレの頭を撫で回した。

2017.7.31

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