猫獣人たかお 24

「オレは真ちゃんの性奴隷だよ!」
「な……かずなり! 何を馬鹿なことを抜かすんだ!」
「君達、まさかもう……」
「誤解だ赤司! かずなりはまだ何にもわかっちゃいないんだ!」
「にゃあ?」
 オレは首を傾げた。何か変なこと言った?
「かずなり。性奴隷については今に真太郎がじっくり教えてくれるだろうが、今はそれどころじゃない」
 赤司がそう言いながらはんなりと笑った。――真ちゃんが言う。
「お前だってこんな悠長に構えてていいのか?」
「そうだねぇ……。真太郎。アニマルヒューマン保護機構という組織は知っているかい?」
「知らん」
「そうだろうね。僕も知らなかった。僕が雇った私立探偵、伊集院大介が今朝報告に来るまでは」
「伊集院大介は本の中の人物だろう?」
「コードネームさ。それとも、神津恭介とでも言った方がお気に召したかい? 伊集院大介シリーズの本は『仮面舞踏会』が意外に佳作だった。君も読んでみるといい。お勧めだよ。――話が逸れたな」
「お前が逸らしているんだろう」
「そうだな。アニマルヒューマン保護機構は、表向きこそ獣人保護を謳っているが、裏では獣人を奴隷のように扱っているらしい」
「その組織が、かずなりを?」
 赤司が頷いた。
「捕まったら終わりだ。真太郎。かずなりを護ってやってくれ。何なら、SPを数人貸してやってもよいが」
「……どうやら夢物語とかではなさそうだな」
 赤司の真剣な顔に、真ちゃんも信じる気になったらしい。
「本当は君達には囮になってもらいたかったんだが――考えが変わった。バスケ部の獣人達があんまり可愛いから――それに、バスケ部の仲間を囮にしたら、光樹は僕を恨むだろうし」
「赤司。囮作戦を止めたことはお前にとってもオレにとっても非常に良い決断だ。でなかったら、オレとお前の友情もこれまでだったことだろう」
「君に絶交されなかったことは僕にとっても嬉しい。貴重な将棋友達が減るのは困る」
「ショーギ?」
 オレはまた首を傾げる。隣のおじいちゃんが同じくらいのおじいちゃんと将棋を指しているのを見たことがあるけど……。ずいぶんじじむさい趣味なんだね。赤司と真ちゃん。オレには将棋はわかんないや。
「――かずなり。今からオレと行動を共にしてもらう」
 と、真ちゃん。赤司も頷いた。
「――それがいいね」
「トイレも?」
「トイレもだ」
 真ちゃんの顔が微妙に赤くなる。
「ねぇ、赤司。タイガとかショーゴは無事かなぁ」
「灰崎には虹村先輩がいる。大我は――反対に悪者を返り討ちにするかもなぁ」
 オレは悪い男どもをのしてしまうタイガを想像した。
 にゃあ! タイガ、かっこいい!
 デザートを平らげた後、赤司は立ち上がった。
「僕はもうこれで行くよ。真太郎。かずなりを宜しく。僕も組織を見張ってる」
「あ、赤司。降旗は大丈夫なの?」
 赤司はオレの額を人差し指でつん、と押した。
「君は自分の心配をした方がいい。光樹の心配は僕がする。――ここの代金は僕が払っておく」
 そう言って、赤司は颯爽とレジへ向かった。
 その様子がちょっとかっこよかったので、真似したかったのは秘密だ。
「真ちゃん……」
「ん?」
「オレ、真ちゃんに護られるの?」
「そうだ。――嫌か?」
「ううん。そうじゃないけど……」
 いつも真ちゃんと一緒にいられるのは嬉しいけど、オレだってオスなんだ。真ちゃんにばかり護られるのは――ごめんだ。
 レストランから真ちゃんと一緒に出た時だった。
 ――ドサッ。
 何かの倒れる音。――真ちゃんだった。
「真ちゃん? ――ぐむっ!」
 オレはクロロフォルム?か何かを嗅がされた。
 遠くなる意識の中で、オレが思ったのは真ちゃんのことだった。
(真ちゃん……)

 ボーッ。
 汽笛の鳴る音が聞こえる。真ちゃんの家から海は、近い。
「約束の猫獣人だ」
 女の人の声がする。女の人にしては声が低いけど。
 それよりも、早く逃げなきゃ……でも、体が、動かない……。
「本当にこの子なの?」
「間違いない。オレンジ色の瞳だった」
「赤司が我々の正体に気付きそうだったからな。上手いこと処理できた――赤司征十郎を敵に回すと厄介だからな」
「緑間は大したことない――とこういうわけね」
「さぁな。だが、この獣人にかなり執心なようだったからな」
「殺さなくていいの?」
「余計なことをすると足がつく。――運び込め」
「はっ!」
 真ちゃん、真ちゃん、真ちゃん――!
 何だか知らないけど、こいつら絶対許さない。許さないんだ!
「お、おあ~お! おあ~お!」
「ああ、煩い」
「鎮静剤は打ったのか?」
「打ったわよ。たっぷりと」
「黙らせとけ」
「はい!」
 そして――オレの記憶はそこで途切れた。

 揺れている。ゆらゆら、ゆらゆら……。
 オレは目をあけた。何だか暗い……。
「――よぉ」
 声がする。男の声? 誰? あっちか。
 オレは元は猫だから夜目がきく。ホークアイもある。オレに声をかけたのは黒髪に黒い耳と尻尾の猫獣人だ。他にも何匹か猫の獣人がいる。みんな表情が冴えない。
「にゃあ……オレとおんなじ……」
「だいぶ弱ってんな。そう、お前はオレとおんなじ。でも、オレはオレンジの瞳じゃない。オレンジの瞳の獣人は珍しいからな。お前、高く売られるぜ」
「真ちゃんは?」
「ふはっ、誰それ」
「オレの――」
 性奴隷、と言おうとしたが、真ちゃんが嫌がりそうなので止めた。代わりにこう言い直す。
「オレの――飼い主」
「ふぅん。お前も飼い獣人だったのか。やっぱりな。でも、アニマルヒューマン保護機構に睨まれて無事だった獣人などいやしねぇんだよ」
「オレ、真ちゃんのところに帰れないの?」
「ああ。――正体がバレそうになったんで組織の奴らも実力行使に出たんだろう。細かいことは知らんが大体当たりじゃねぇかな。ま、飼い主の元に帰るのは諦めるんだな」
 そんな、真ちゃん、真ちゃん……!
「ぶぇぇぇぇぇ~ん! 真ちゃ~ん!」
 真ちゃんに会えないのが悲しくて、オレは泣き出してしまった。真ちゃん、誰かに倒されてたよね。――無事だよね。無事だといいけど……ぐすっ、真ちゃーん……。
「おい、花宮。お前、なに泣かしとんねん」
 そう言ったのは、テレビに出てくるような大阪弁の口調の猫獣人だった。黒い耳と黒尻尾はオレや花宮と呼ばれた猫獣人とおんなじだ。

2017.7.25

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