猫獣人たかお 23

「さすが、赤司が指定してくるだけあって、高そうなレストランなのだよ。着替えて正装してよかったな」
「にゃあ」
「ああ。オレの今日のラッキーアイテムは白いネクタイなのだよ」
 そんなこと訊いてないんだけどな……。
 真ちゃんが相変わらずおは朝に夢中なんで、ちょっとオレは笑ってしまった。
「む、どうした? かずなり」
「ん? 真ちゃん変わんないなと思って」
「当たり前だ。獣人になろうが人間に戻ろうが、オレはオレだ」
「そうだね……」
 そんな真ちゃんだからこそ好きになった。好きになれた。獣人であっても人間でも、オレは真ちゃんに恋してる。
「行くぞ!」
 ――決戦前夜みたい。
 オレは真ちゃんの後について行った。

「やぁ。真太郎。かずなり」
「――赤司。用件は何だ」
「やれやれ。せっかちな男だ。君もそう思うだろ? かずなり」
「にゃあ。真ちゃんせっかちー」
「な! かずなりまでっ!」
「にゃへへ」
「少しはこの店の雰囲気を楽しんだり、料理を堪能しようとは思わないのか」
「思わない」
「実に簡潔な男だ。なぁ、かずなり」
「にゃあ」
「ここは獣人でも大丈夫の店なのか?」
「真太郎。僕を誰だと思っている。そういうことについてはリサーチ済みだ」
 そういえば、獣人がちらほらと……。あ、あのウサギの獣人可愛い。
「よそ見しているのではないのだよ。かずなり」
 う……真ちゃんから怒りのどす黒いオーラが出てる……怖い……。
「真太郎。嫉妬はみっともないぞ」
 と、赤司。
「煩い。――降旗はどうした」
「SPに警護を頼んでいる」
 オレの頭に黒服のSPに囲まれて震えているチワワの図が浮かんだ。可哀想に、降旗……。
「オレね、赤司が降旗と結婚するという話なのかな、と思ったんだ。今日」
「そういう話だったら嬉しいね」
「違うのか?」
「真太郎もそう思っていたのか。残念ながら、僕達の結婚式はまだだ。僕の誕生日にプロポーズする予定だよ。光樹にはまだ内緒にしておいてくれ。かずなり。君は約束は守れるかな?」
「にゃあ」
「じゃあ、約束だ」
 赤司は人差し指を唇に当てた。そういう仕草のひとつひとつがエレガントで、真ちゃんにちょっと似てる。
 オレはちょっと降旗が羨ましくなった。あ、浮気じゃないかんね。真ちゃん。って言っても、真ちゃんにわかってもらえるかにゃあ。
 オレの恋人は緑間真太郎ただ一人だ。
 それに、赤司は強引だから……。
「何しにオレ達を呼びつけたか、そろそろ明らかにしてもいいのじゃないか? 赤司」
「ああ。済まない。ここのワインは美味しいね。ノンアルコールだからかずなりが飲んでも大丈夫だよ」
「赤司!」
「何も話をはぐらかしているわけではない。ただ、食事の時は料理と料理人に敬意を、と思ったまでさ」
 うわぁ……あの『赤司!』だけで真ちゃんの言いたいことわかるんだ。さすがだな……。
 赤司と真ちゃんは中学時代、バスケ部で一緒だったって聞いたけど。
 高校は別々で、同じ大学に入って今に至る――と。
 レストランの中では綺麗な音楽が鳴っている。男の人や女の人(獣人もいたりする)が談笑したり、ナイフやフォークをカチャカチャ言わせる音が鳴っている。
「本当は貸し切りにしたかったんだけど、そこまでするなと父に止められた」
「貸し切りにしてまで内緒にしたかった話なのか?」
「今のところはまだそれほどではない。かずなりは器用だな。ちゃんとナイフとフォークを使っている」
「にゃあ」
「さすがは真太郎の恋人と言ったところか」
「――恋人ではないのだよ」
 にゃっ?! 真ちゃん、オレに恋してるんじゃなかったの?! 赤司がいるから照れ隠し?!
 ――ならいいにゃ。オレは真ちゃんの恋人だと、自分で勝手に思ってるからね。一方通行の思いは虚しいけど。
 デザートに入ろうかという頃、赤司が身を乗り出した。
「さてと、そろそろ本題に入らせてもらう」
「ん」
 真ちゃんが頷いた。――赤司が言った。
「真太郎。もっとかずなりの身辺に気をつけた方がいい」
「何だと――?」
 真ちゃんの眉がぴくりと上がる。怒っても美人だなぁ、真ちゃん。昨日はそんなことまで観察する余裕なかったけど。――オレの欲目かな。
「かずなりを狙っている奴等がいる。或いは、獣人を――というべきか」
「かずなりを?」
 真ちゃんがチャリン、とスプーンを落とした。拾わないのかな、と思って見ると、レストランの従業員が拾って新しいスプーンを持ってきた。
「――やれやれ。その様子じゃ何も知らなかったみたいだね。僕がどうして光樹の護衛を増やしたかわかるかい?」
 そういえば、降旗、数人の男達に見張られていた。あれ護衛だったのか。男達は目立たないように控えてたけど。オレは降旗にそれとなくそのことを伝えたが、降旗は困ったように笑って、気にしないで、と言っただけだった。
「――お前が少し過保護で考え過ぎだからそうしただけじゃないのか?」と、真ちゃん。
「否定はしないよ。だが、取り敢えず光樹は安全だ。狙われているのは主に猫獣人だからね。真太郎、君の変身が早く解けて良かったよ」
「にゃあ!」
「かずなり。君は変な視線を感じたことはなかったかい?」
 ある。あるけど……ホークアイというオレの特殊能力でも、別段変わった人間は見当たらなかった(降旗の護衛以外)。変わった獣人も――というか、獣人はみんな変わってるから。
「あったのか?! かずなり」
 真ちゃんががくがくとオレを揺さぶる。真ちゃん、心配してくれてるのかな。ああ、胸が踊る。真ちゃんへの恋心でオレ死にそうだよ!
 でも、死んだら交尾ができないにゃあ。
「うん。でも、怪しい人誰もいなかったから、気のせいだと思ってたの……」
「早く言わないか、それを」
「そうだね。それはプロの仕業だ。言ってくれた方が僕も動きやすかった」
 オレ、責められてるの?!
「だってぇ……」
 真ちゃん達といるのが楽しくて嫌なことは考えないようにしていた。そんなことが言い訳になるかな。
「誘拐する獣人のリストには、たかおかずなりも入っているはずだ。かずなり、まさか君は自分の魅力を過小評価してはいまいな」
「にゃ、にゃあ……」
「こいつに話しても無駄なのだよ。どんなに言っても、オレの気持ちすらわかってもらえない……」
 真ちゃんは、台詞の後半の方、落ち込んでいるみたいだった。
「真太郎。君は本当に気の毒だね」
「降旗に恐れられている赤司よりはマシなのだよ」
「光樹はシャイなんだよ」
「それで、確信はあるのか」
「かなりね。かずなりは可愛いから――光樹には敵わないけれど」
「あの臆病なチワワよりは優れていると思うが?」
「真太郎。それ以上光樹の悪口を言ってみろ。命は無いと思え」
「先に言ったのは貴様だ」
「にゃあ、喧嘩はやめて」
「ほら、かずなりもああ言ってる――今回かずなりを狙っている組織には、捕まったらおしまいだ。真太郎。君の可愛いかずなりが性奴隷になったらどうする?」

2017.7.19

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