猫獣人たかお 22

「一緒に寝よ。真ちゃん。一緒に寝よ、ね?」
 オレは必死になって説得しようとした。
「寝ないのだよ。だいたいお前は猫の年ではもう大人だろう? いつまでも甘えるな!」
「真ちゃ~ん……」
 真ちゃんに叱られ、ぶわわっと涙腺が崩壊した。オレ達、最初は――というか、オレが獣人になってしばらくは別々に寝てたんだけど、例の『黒猫』騒ぎ以来、一緒の布団に寝ていたのだ。猫の時も真ちゃんの傍にいるのが当たり前だったけど――。
「それから、今日はオレは居間で寝る」
「嘘……」
 オレ達は、別々の寝床で寝ていた時すらも、違う部屋で寝ることはなかった。真ちゃん……もしかして、オレと寝るのが嫌になったの?
 でもオレ、寝相はいい方だし、おねしょだってもうしない。真ちゃんは潔癖症だけど、猫とだけでなく、もしかしたら本当は人間とも一緒に寝るのは嫌なのかもしれないけど、オレだけは特別だと思ってたんだ――。
「ねぇ、どうして? オレ達今まで一緒の部屋に寝てたじゃん――あ!」
「――何なのだよ」
「もしかして真ちゃん、オレが獣人だから嫌なの?」
「馬鹿な……もしそうだったとしたらとっくに追い出しているのだよ」
「じゃあどうして? オレのこと嫌いになった?」
「嫌いになれないから別々に寝るのだよ!」
 真ちゃんがついに怒った。オレはしゅ~んとなった。耳も尻尾もへたった。意味がわからないよ――。こんなこと、確か前にもあった気がする。あの時はまだ発情期じゃなかったらしいけど……今も真ちゃん見ると体の奥が火照る。オレは真ちゃんと交尾というものをしてみたい。だけど、きっと真ちゃんはそんなオレに耐え切れなくなったんだ。
 だったらオレのこと、嫌いになったってはっきり言ってくれればいいのに……。
「――わかった。もういい……真ちゃんのバカ……」
「かずなり……」
 真ちゃんはオレに怒ったくせに、傷つけられたような顔をして、その場に立ちすくんでいた。
 んしょ、んしょ。オレだって布団敷くくらいはできるんだからね。いつもは真ちゃんが敷いてたけど。
「おやすみ、真ちゃん」
 ――こうして、緑間真太郎……真ちゃんが猫獣人でいられる日は終わったのだった。居間の電気が消える。オレは涙まじりに呟いた。
「真ちゃんの……バカ」

「あれあれ、どうしようもないですねぇ」
「てっちゃん……じゃなかった! 神様!」
「可哀想に。真太郎君はキミに嫌われたと思って不貞寝しましたよ。まぁ、彼に言葉が足りなかったのは認めますが」
「真ちゃんはオレのことが嫌いなんだ。オレが猫獣人だから――」
「でもね、たかおかずなり君。嫌いな存在にこんなに尽くすことはできませんよ」
「尽くす……」
 そういえば、真ちゃんはいつだってオレのことを考えてくれていた。思ってくれていた。
「じゃあ、何で真ちゃんはオレと一緒に寝ないの? 真ちゃんとくっついて寝るの、大好きだったのに。いつもいい匂いがしてて――」
「……罪作りな人ですねぇ。たかお君は。いや、元は猫ですね」
 ――オレは首を傾げた。
「じゃあ言いましょうか。緑間君はキミに恋をしているんですよ。欲情も含めてね」
「恋? オレだって真ちゃんに恋してるよ」
「緑間君はキミを汚すのは嫌なのです」
「真ちゃんはオレを汚せないよ」
「クロコ、ま、だ、か……!」
 と、神様を釣竿で支えているタイガ似のお兄さんが言った。
「もう少しですから我慢してください。カガミ君」
 と、神様は言った。
 クロコとカガミ――てっちゃんとタイガとおんなじ名字?――というか、名前なんだ。偶然てあるんだな……。というか、ご都合主義みたい。
「――そろそろ時間ですよ。たかお君」
 神様がぼおっと光る。オレはそれに導かれて真ちゃんの寝ている居間に来た。
「もう人間に戻さなくてはね――緑間君を」
 真ちゃんの体がきらきら光ってて綺麗だった。
「真ちゃん、キレイ……」
 こんな綺麗な人に恋せずにはおられない。オレは近付いて行って、半透明になった真ちゃんの黒耳にキスをした。
 バイバイ。猫獣人の真ちゃん。
 てっちゃん似の神様は、タイガそっくりの男と一緒に消えていた。――彼が消える前に、
「――ごめんなさい」
 と、いう声が聞こえたような気がした。
「かずなり……」
「にゃあ……」
「にゃあ、じゃない。まだ寝てなかったのか」
 その真ちゃんの目は慈しみに溢れていた――オレ、夜目がきくんだもん。
「真ちゃん……オレ、真ちゃんのことが大好き。だって、真ちゃんて、とても綺麗なんだもん」
「オレは――綺麗じゃないのだよ。かずなりの方がよっぽど綺麗なのだよ」
 何で真ちゃんがオレのことを綺麗と言ったのかわからない。でも、逆らうことはなしにする。
「愛してるよ。真ちゃん」
「――ん、オレもだ」
 そしてオレ達は寄り添ったまま深い眠りについた。

 朝になった。
「おはよう、真ちゃん」
「――ああ。おはようなのだよ」
 そう言いながら真ちゃんは、夢ではなかったのか……と小声で呟いた。
「真ちゃん、朝ごはん作るね」
「悪いな。いつも」
 真ちゃんが謝るなんて珍しい。でも、悪い気はしない。
「どんな夢見たの?」
「――言えないのだよ」
「昨日の真ちゃん、とってもキレイだったよ」
「――かずなり。お前、オレに何かしたか?」
「なぁんにも」
 真ちゃんの猫耳にキスをしたのは、オレと神様(と釣竿の男)だけの秘密。

「はぁ~あ」
 マー坊は、真ちゃんを見るなり大きな溜息を吐いた。
「教授。人の前で溜息吐くのは止めてもらえませんか?」
「ああ、済まない。緑間。君にこうね。ぴくぴく動く耳と尻尾がないとね……」
「教授。変態ですか?」
 真ちゃん、容赦ない。
「緑間、変態とは何だ」
「冗談ですよ」
「まぁいい。私にはまだたかおがいる」
「うにゃ?」
「かずなりはオレのものです」
「そっか。オレ真ちゃんのものか」
 嬉しいな。マー坊も微笑んだ。
「こらこら、ニヤけてるぞ。たかお」
「だって嬉しいんだもん」
「あー、緑間、くれぐれもたかおに変なことはしないように。たかおクラスタを怒らせると怖いぞ」
「そんなことしません。それにいつできたんですか。そんなおかしなクラスタは」
 変なことって何だろ。エッチなことかな。だったら、真ちゃんに限っては、許す。
「ああ、そうだ。赤司が部活が終わったら一緒に食事でもどうかと言っていたぞ。かずなり。オレも同伴だが」
 マー坊を無視した真ちゃんは、必要事項だけを伝えた。赤司とお食事か。そういえばそんなこと今までになかったな。部活の後は真ちゃん疲れてるだろうに、大変だな。
 赤司のことだ。何か重大な話があるのだろう。例えば、降旗と結婚するとか、降旗と喧嘩したとか……。或いは全然別のことかな。何だろ……。

2017.7.15

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