猫獣人たかお 21

「不意をつくつもりではなかったの。ごめんね」
 真ちゃんは舌で舐められるのが嫌いらしい。どうして? こんな気持ちのいいこと――。猫の時は舌はざらざらで、舐められた方は気持ちいくないかもしんないけど、今は滑らかな舌だから――。
 それに、真ちゃんの唇の血の味は美味しかった。オレ、猫獣人から吸血鬼になったのかなぁ。
「ああ、もう……オレをそんなに煽るのではないのだよ。このままでは理性が持たないのだよ――」
 そして、真ちゃんはオレの唇に――。
 ちゅ。
 と、唇を合わせた。
「…………!」
 オレはびっくりした。何だか、いつもと違う。
「真ちゃん……?」
「お前が悪いのだよ。かずなり。襲われても文句は言えんぞ。――お前にしたのがオレのファーストキスなのだよ」
「ファーストキス? 初めてのキスってことだよね」
「――そうだ。おかしいか?」
「何がおかしいの?」
「この年で――」
「真ちゃんはおかしくないよ!」
「かずなり!」
 真ちゃんはオレをがばっと押し倒した。真ちゃん……襲うってこういうこと?
「真ちゃん、オレのこと、食べる?」
「それはもう――とても食べたいのだよ。毎日、お前のことばかり考えている。お前のいない人生なんて考えられない」
「オレもだよ。真ちゃん……!」
 さっきのキス、気持ち良かったな。またしたい……。
「真ちゃん……キスして……?」
「駄目なのだよ……もう一度したら――止まらなくなるのだよ」
「真ちゃん……」
「やっぱり、こういうのは、順序を踏まえてだな――」
「順序?」
「ああ。かずなり――オレのことは好きか?」
 そのことか――それなら自信を持って言える。
「世界で一番大好き!」
 その緑色の目も髪も、白い肌も、自分に厳しいところもぶっきらぼうだけど本当は優しいところも――。
 真ちゃん……大好き……。
 交尾だったら初めては真ちゃんとしたい。キスも交尾のうちに入るのかな。
 だけど――真ちゃんは立ち上がると黙ってトイレに立って行った。オレは置いて行かれたような気がした。
 オレは何となくくたっとしていた。心臓がばくばく言ってる。真ちゃんがいなくなって、ほっとしたの半分、残念なの半分。
 オレ、どうして残念なのかな。
 真ちゃんが何となくちょっと怖くて――でも、ちょっぴり、何かを期待していた。オレと真ちゃんの関係を変える何かを。
 オレは床に転がったまま、何となくほけっとしていた。
 しばらくすると、トイレの流れる音が聞こえた。そして、真ちゃんが出てくる。あ、真ちゃんすっきりした顔をしてるな。
「悪かったのだよ。かずなり」
 真ちゃんの黒耳がへたっている。どうして謝るの?
「謝んなくていいよ。真ちゃん。だから、キスして?」
「いいのか? お前に劣情を催したオレだぞ。さっきだって――いやいや」
 真ちゃんは真っ赤になって手で口元を押さえた。真ちゃんの肌の色素は薄い。すぐに頬に血の色が上る。
「本当に、また、キスしていいか?」
「うん」
 真ちゃんとのキスは気持ちがいい。真ちゃんの唇が再びオレの唇を覆った。真ちゃんの唇は柔らかくて――ちょっぴり血の味がした。
「真ちゃん……唇は大事にしなきゃ、め、なんだからね!」
「ああ……」
 真ちゃんは泣きたいような顔で笑った。
「オレも真ちゃんが初めてなんだ。キスするの」
「まさか」
「うーん、まぁ、猫の時は口づけし合ったりしたけど……獣人になってからは初めて」
 でも、猫の時のはノーカンだよね。
「ヤバイのだよ……」
「何が?」
「お前が猫の時、お前の口にキスしたヤツに焼きもち焼きそうなのだよ……」
「んにゃっ?!」
 オレはびっくりした。真ちゃんがそこまで独占欲が強かったなんて。――でも、嬉しい。
「オレ、もう真ちゃんとしかキスしない。交尾しない」
「交尾って、お前なぁ……」
「真ちゃんが誰を好きになっても、オレは真ちゃん以外好きにならない!」
「かずなり……お前には好きな相手とかいなかったのか? 近所の雌猫とか……」
 確かに、いい匂いをさせたり、魅惑的な声を出す雌猫は何匹かいた。長老は発情期なんだ、と言ってたけど――。
 どんな雌猫も真ちゃんの魅力には敵わない!
「ちょっと……ドキドキしたことはあった。でも、オレは子供だったから、まだ発情期が来ないんだって」
「そうか……発情期が来たら言うのだよ。それまでオレも――いろいろ研究しておくから」
 研究って何だろ。白衣着て、実験とかすんのかな。真ちゃんは白衣似合いそうだなぁ……。
「研究するんなら、オレを助手にして!」
「その研究ではないのだよ。オレは――お前が初恋なのだよ。だからその……」
 童貞なのだよ。消え入りそうな声で真ちゃんは言った。
「童貞って……交尾……エッチしたことないってこと?」
「……まぁ、そうだ。かずなりは何も知らないような顔をして、意外と進んでんだな」
「真ちゃんの本で覚えたんだよ」
「ああ……そうか……隠しておいたつもりだったんだが……ぬかったのだよ」
「でも、わからないことがあるの。……猫の交尾と人間のエッチって、同じようなもんなの?」
「子作りという点では、同じだな」
「オレと真ちゃんじゃ、子供できないね」
「子供ができなくても――男同士でもセックスはできるのだよ」
「セックス……?」
 真ちゃんはしまった!と言う顔をした。
「お前には保健体育の授業が必要なようなのだよ。……ああ、オレはお前を汚しているようで怖い……」
「何言ってるの! 真ちゃんは綺麗だよ!」
 真ちゃんの目元から真珠の涙がこぼれた。
「お前は本当の雄の恐ろしさを知らないのだよ。オレは――どんなにお前に恋焦がれているかわかるか? お前をもっと知りたいのだよ……」
「オレも、真ちゃんのことが知りたい」
「言葉だけだろう。いざその時になったら、怖気づくに決まっているのだよ」
「真ちゃん……」
 オレは決心した。ここで奮い立たなかったら、男じゃない!
「オレは――真ちゃんになら何されてもいい! 痛いことでも辛いことでも我慢する!」
 真ちゃんはまだ泣いていた。オレはそれをぺろぺろと舐め取る。うん。しょっぱい。海の味がする。今度は真ちゃんも注意しなかった。
「オレは、お前を性奴隷にしたいのだよ……たかおかずなり。何て恐ろしい男だ……」
 何で真ちゃんはオレを怖がるのだろう。オレはこんなに愛してるのに!
「お前を狙っているヤツはいっぱいいるのだよ……お前は器量よしだし、素直だからな。性奴隷にはうってつけなのだよ。くそっ! 灰崎め、あの時殺してやろうかと思ったのだよ。あいつには虹村先輩がいるのに……」
「真ちゃん……」
 真ちゃんが自分と戦っていることがわかった。だって、オレだって、オレだっておんなじなんだもん。
 真ちゃんを傷つけたくて仕様がない。自分のものにしたい。ぐちゃぐちゃに、泣かせてみたい。
 今はその方法を知らないだけだと、オレは自分でわかっている。まだ大人でないからかな。大人になったら訊いてみたい。長老や――何なら2号に話を聞いてもらいたい。答えが返ってくるかどうかは別だけど。
「今日は――別々に寝るのだよ」
 オレは、「ニャダ!」と首を横に振った。真ちゃんが猫獣人でいられる最初で最後の夜だもん。一緒に寝たいよ。

2017.7.4

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