猫獣人たかお 2

 爽やかな風がオレを優しく包む。
 気持ちいい……。このまんまずっと眠っていたい。
「にゃっ、にゃっ」
 オレは寝言を言っていたらしい。
「おい、かずなり。朝だぞ」
 真ちゃんが起こしてくれた。あれ、何だかいつもと違う。
 そっか。オレ、人間になってたんだっけ。カゲ様――いや、神様のおかげで。
 オレはたかおかずなり。真ちゃんに飼われている黒猫だ。いや、元・猫と言った方がいいのかな。
 真ちゃん――緑間真太郎がオレの飼い主。ちょっと無愛想だけど、実はとっても優しい人なんだ。
「かずなり、起きろ」
「にゃあ……」
 微かに鳴いて、目を覚ますと、そこには眼鏡をかけた緑色の髪のご主人様が。
「ああ、真ちゃん、おはよ」
 オレはあくびと一緒に伸びをした。耳がぴくぴく動く。
「いつまで寝ているんだ。――ほら、着替えだ」
「真ちゃんの?」
「オレの中学時代の服だ」
 中学かぁ……。オレだって中学くらい知っている。生意気盛りの人間の生徒が通う、学校というところだ。
 えへ。真ちゃんにも中学時代があったんだなぁ。どんな生徒だったんだろ。
「それなら、かずなりにも着ることができるだろ。このズボンにも尻尾穴は開けといたからな」
「ん……ありがと、真ちゃん」
 オレはその場で着替えようとした。真ちゃんは急いで出てしまった。
 オレのその服はサイズが合っていた。うん。バッチリ☆
 真ちゃんは『おは朝』を熱心に観ていた。オレの存在にも気付かない。真ちゃんは『おは朝』に命を握られていて、『おは朝』のいう通りにしないと死んでしまうそうなのである。
 でも、これからはオレが『おは朝』の代わりに真ちゃんを守ってあげるね。オレ、真ちゃん好きだもん。
 人間になれてよかった。真ちゃんと話すことができるから。
「今日のラッキーアイテムは『獣人』か。かずなりおいで」
「にゃあ……じゃなかった、はーい」
 オレは真ちゃんの膝にちょこんと座った。うーん。いつもの様に丸くなることができない。サイズがおっきくなったからな。
「今日は離れずにいるのだよ」
「にゃあ……」
 喜んで、と言ったつもりだった。真ちゃんはオレを抱き締める。オレはドキドキしてきた。
 どうしたんだろ、オレ――。
 長老から『発情期』のことは聞いていた。でも、オレはまだ大人じゃないから、無縁のものだと思っていた。だけど、これは――。雄のシンボルが頭をもたげてくる。こういうのは発情期にしかならないんだそうだ。
「ねぇ、真ちゃん。真ちゃんの発情期っていつ?」
「な……!」
 真ちゃんはオレを膝からふるい落とした。
「ねぇ、いつ?」
「な……恥ずかしいことを訊くのではないのだよ」
 ふーん。発情期って、恥ずかしいことなのか。長老はそんなこと言わなかったけどな。むしろ、子供が作れるようになって誇らしいことだとか言ってたような気がするけど。
「人間は、いつでも発情期みたいなものなのだよ」
「じゃ、いつでもやれるってこと?」
「む。まぁ、そうだ」
 真ちゃんは眼鏡のブリッジにテーピングした左手をやった。真ちゃんのうろたえた時のくせなのだ。うろたえてなくてもやるけど。
「オレもそうなったの?」
「まぁ――獣人になったからそうなんだろうな」
「オレ、真ちゃんとやりたい」
「…………!」
 真ちゃんは真っ赤になった。
「おまえは自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「にゃあ……うん」
「言っておくが今はダメだ。お前の服を買いに行くんだからな。そうそう、ピザトースト作るからお前も食え」
「にゃあ」
 オレはピザトーストというのが何かもわからずに返事をした。
 食卓には旨そうな匂いが漂っている。オレは以前は肉と魚とミルクにしか興味がなかったが、獣人になってから、興味のレパートリーがぐんと広がったみたいだ。
「いただきます」
「にゃぁ……いただきます」
 ピザトーストに温かいミルク。サラダ。美味しい。
「お前はずいぶん美味しそうに物を食べるな」
「にゃ?」
 オレは頭を傾げた。真ちゃんがそっぽを向く。
「猫の獣人は何を食べるのかさっぱりわからなくてな。猫は、イカとかタコとかネギ科の植物とかはダメなようだが……だから、お前のトーストには玉ねぎは入れていない。そうそう。アワビは絶対にいけないらしい。耳が落ちるらしいからな」
「あわびって?」
「知らなくてもいい。どうせ貧乏学生のオレには買えん」
 それにしても詳しいな真ちゃん。しかし、そこで話題が途切れた。真ちゃんもオレも朝食を黙々と片づけていった。なんか気まずい。
 もっと真ちゃんとお話がしたいなー……。
「ご馳走様」
 真ちゃんが、かたんと立ち上がり流しに向かう。
「そうだ。かずなりの食器も洗ってやる。でもいずれはお前にも洗ってもらうからな」
「にゃあ」
 オレは真ちゃんの食器を洗う姿を見ていた。なんか、様になってるなぁ……。
 がしゃーん。
 お皿のひとつが割れて飛び散った。
「手が滑った。大丈夫か? かずなり」
「にゃあ」
「ラッキーアイテムはここにいるのにな……そういえば、今日の占いで蟹座は十位だったな……」
 わけのわからないことをぶつぶつ呟きながら真ちゃんは皿のかけらをビニールに入れていく。
「オレも手伝う」
「いい。怪我でもされたら困るからな」
 ――ね、みんな、真ちゃんは優しいでしょ?
「掃除機かける。ちょっとどいててくれ」
 掃除機! オレの耳がぴんと立った。掃除機の音は苦手なのだ。
 けれど、真ちゃんが掃除機をかけるのを見て、掃除機の音も、猫の時のように耐え難いものとは思わなくなった。それでもうるさいのには違いないのだけれど。
 片づけが終わった真ちゃんが言った。
「さぁ、街へ出よう」

 街ではいろんな人達が歩いていた。なんか変な気分。オレなんか蹴られそうになった記憶しかないのに。今は人間達と同じ目線で歩いている。
「緑間っちじゃないスか!」
 片耳にピアスをした金髪の男が、真ちゃんに話しかける。
「ふぅん。緑間っちも獣人飼ってたんだ。名前、何て言うの?」
 真ちゃんが無視しろ、と目で合図したが、オレはこの男が見た目はともかく悪いヤツじゃなさそうなので、
「たかおかずなりだよ」
 と、自己紹介した。
「お前……名字があったのか」
 名字? 名字って何だろ。
「オレ、黄瀬涼太。宜しくッス。たかおっち」
 そう言って手を差し出した。
「――黄瀬。かずなりの服を探しているから、お前も協力しろ」
「はーい。わっかりましたー」
 こうして、街の探訪に黄瀬ちゃんが加わることになった。

2016.12.16

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