猫獣人たかお 19

「遅れてサーセン」
「よっ」
 あ、木吉兄ちゃんと日向サンだぁ。木吉兄ちゃんは優しいし、とぼけたこと言っても根は真面目だし、日向サンはスイッチ入ると怖いけど、優しいところもあるいい人だ。
「木吉兄ちゃあん、日向さーん」
 オレはててて、と二人の方に走り寄る。
「元気にしてたか? かずなり」
 木吉兄ちゃんはオレの頭を撫でてくれる。
「うん。元気だよー」
 真ちゃんが寂しそうな顔でこっちを見遣る。傍から見ればただのポーカーフェイスなんだけど。オレ、微かな表情で真ちゃんの気持ちがわかるんだ。
「真ちゃんもそんな顔して……真ちゃんも撫でてもらいたいのー?」
「ば……馬鹿を言え!」
 ああ、違ったのね……。でも、木吉兄ちゃんは、「緑間も猫耳似合うぞー」なんて言って真ちゃんの頭をポンポン叩いている。――確かに真ちゃんはとても嫌そうだ。
「日向君、遅れた罰として今から走ってきなさい」
 リコさんが言う。
「え? 遅れたのって木吉についてって病院でこいつの膝診てもらったからだぜ。理由はちゃんとあるじゃねぇか」
「いつもやってることだし足腰が強くなるでしょ? それに私、鉄平に話があるの」
 リコさんが怒ってる……! でも何で?
「奇遇だなぁ。オレもだ」
 木吉兄ちゃんは太陽のような花丸笑顔で答える。
「オレ、走ってきまーす」
 日向サンは外に出て行った。木吉兄ちゃんは真ちゃんから離れる。
「鉄平、ちょっといいかしら」
「日向のことだろ? うん。あいつを外に出したのは正解だった」
「でも、ここには他の部員がいるから……」
「え? オレが日向のこと好きだってのが、そんなに大事なのか?」
「言っちゃダメって言おうとしたのにーーーー!!!!!」
 ピシャーン!
 リコさんの雷が落ちた。怖い怖い。
「えー? リコだって日向好きだろ?」
「それとこれとは別!」
 えーと、これは、世に言う三角関係ってヤツ? 木吉兄ちゃんは日向サンが好きで、リコさんも日向サンが好きで……日向サンは誰を好きなんだろう。
 ――真ちゃんは苦い顔をしていた。そりゃそうだよねぇ。初恋の人は別な人のこと好きなんだから。それにしても日向サンて案外モテるんだな。
 真ちゃん、オレがいるでしょ?
 オレはちょっと笑って頷いてみせた。真ちゃんの表情は変わらなかった。
 桃井さんが再びこそっと――
「カズ君、カントクと木吉サンは昔付き合っていたことがあるのよ」
 えええええ?!
「でも、どっちも日向サンのこと、好きなんでしょ?」
「日向センパイへの気持ちに気づく前だったんだと思う。というか、そう思いたい」
 桃井サンが溜息混じりに呟く。そして、「じゃね」と言って去っていく。へぇー……人に歴史あり、ね。
「鉄平……私を出し抜くとはいい度胸ね」
「え? 出し抜いたつもりないけど」
「……はー、日向君が鉄平を苦手としている訳がわかったわ」
「オレが病院行くって言ったら『ついてく』って言ってくれたんだよ。優しいね、日向」
「鉄平……!」
 木吉兄ちゃんは高校時代膝を痛めている。アメリカに行ってたけど、日本に帰ってこの大学に通っている。
「おう、今度はリコも一緒に行くか?」
「――日向君が行くならね」
「大丈夫。日向には手を出さないよ。まだな」
「何と言う会話をしているのだよ。リコと木吉は」
 真ちゃんはすっぽりとオレの猫の耳を塞いだ。ところが、人間の耳でも会話は聞こえちゃうんだよね。
「かずなりの情操教育に悪いのだよ」
 じょうそうきょういく? て、何だっけ。どっかで読んだことがあったような気がするけど。
 それにしても、人間て大変だな。恋人を取ったり取られたり。
 まして、木吉兄ちゃんはリコさんのかつての恋人だったんだから――。
「リコはモテるのだよ……」
 真ちゃんが溜息を吐いた。真ちゃん、まだリコさんのこと好きなの? オレじゃダメ? ねぇ、オレじゃダメ?
 訊きたいのに訊けない……真ちゃんの答えが怖いから?
 ううん。違う。真ちゃんはオレのこと好きなの知ってる。でも……。
 オレ、メスで生まれてくれば良かった。そしたら、真ちゃんにもっともっと尽くす。リコさんや桃井サンよりもイイ女になってみせるのに……。
 オレは今、生まれて初めて自分の性別を呪った。第一、真ちゃんの子供産めないじゃん。
 ――あ、オレ、リコさんに妬いてる。
 可愛くて、強くて、みんなを引っ張っているリコさん。真ちゃんもそんなところに惚れたのかな?
 でも、木吉兄ちゃんと別れたり(別れたんだよね?)、日向サンに片思いしたりして、リコさんも結構大変なのかもしれない。
 みんな、ひとつひとつ課題が違うんだなぁ。人生の課題ってヤツが。
「――話が終わったようだ。もういいぞ。かずなり」
「にゃあ」
 オレはほっとした。真ちゃんが触ったオレの耳が熱い。
 しばらくして、日向サンが「ただいまー」と言いながら入って来た。
「あ、じゃ、日向君アップして。それから練習しましょ?」

「はぁー」
「どうした? かずなり」
「ん……何でも」
 帰る途中、オレは腑に落ちない気分に陥っていた。木吉兄ちゃんとリコさんにあんな過去があったなんて……。今日は写真も撮ってもらって、本当ならテンション最高潮! ――なはずなのに。
「真ちゃん……」
 オレはうるるっとなった。
「かずなり……そんな目で見るな、なのだよ」
 真ちゃんがくいっと眼鏡のブリッジを直した。
「オレ、真ちゃんが初恋だからね!」
「――はっ?! 何言ってるのだよ。かずなり」
 真ちゃんはちょっと動揺しているようだった。――リコさんのこと忘れろとは言わないし言えないから……。
「真ちゃん……オレのことちょっとは好きだったら……オレのこと、見て」
「かずなり……当然なのだよ」
 真ちゃんがオレのことを抱き締めた。ああ、オレ、もう死んでもいいッ!
 オレは真ちゃんの服の裾をぎゅっと握りしめた。
「ママー、あの獣人の人達、男同士で抱き合ってるー」
「しっ、見ちゃいけません」
 ――うん。今のはね、地味ーに傷ついた。オレ達はぱっとは離れた。真ちゃんなんかこほん、と咳払いをしている。
「帰るか」
「――そうだね」
「写真立て買っていくか」
「何に使うの?」
「後で今日の写真を飾ろう」
「にゃん!」
 オレの目はさぞかし輝いていただろう。真ちゃんナイスアイディア!
「よしよし、元気になったな。かずなり」
 真ちゃんがオレの頭を撫でてくれる。木吉兄ちゃんの手も大きくてあったかいけど、やっぱり真ちゃんになでなでされるのが一番気持ちいい。――愛してる。真ちゃん。
「オレ、今日夕飯作るよー」
「楽しみにしてるのだよ。――それから、その、感謝なのだよ」

2017.6.15

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