猫獣人たかお 18

「さあさ、みんな、並んで並んで」
 顧問のマー坊がやたら張り切っている。カメラを持って。あれって動画も撮れるヤツじゃなかったっけ? オレ、人間事情に詳しくなったよ。機械にもね。
「緑間は真ん中だ真ん中! ほら! 獣人になった思い出に!」
「どうしてですか!」
 真ちゃんはノリノリのマー坊に抗議する。
「獣人なら火神がいるじゃないですか!」
「いやぁ、オレは今回は真ん中譲るぜ。なぁ、黒子」
「そうですね。かえって珍しいかもしれません」
 てっちゃんがタイガに頷き返す。
「ねー、マー坊。オレ、真ちゃんの隣でいい?」
「ああ、いいとも」
 マー坊がやに下がる。鬼顧問て言われてるけど、本当は優しいんだ。
「さぁ、2号も」
「んむ、んん……」
 この騒ぎの中でも、2号は眠っていたらしい。天下泰平って言うのかな。2号は目を瞑ったままだ。
「テツヤ、吾輩に膝枕を貸してくれ……」
「いいですよ」
「てっちゃん、2号の言うことわかるの?」と、オレ。
「ええ。長い付き合いですから」
 コガと水戸部のようなもんか。
「何を言っているのだよ、黒子。犬が喋るわけないのだよ」
 真ちゃんは石頭だ。そのくせおは朝の占いは超気にするから、どこが基準なのかちょっとわからない。ブレないところもあるにはあるんだけどねぇ……。
「桃井サン、大丈夫?」
「はい。カントク」
「また黒子君の猫耳姿とか想像して倒れたりしないでよ?」
「やだ……」
 桃井サンがぼぼぼと赤くなる。桃井サンはてっちゃんが好きなのだ。愛しているのだ。オレと真ちゃんみたいに。
「撮るぞー」
 カシャっとシャッターが切られた。赤司も密かにスマホで写真を撮っている。
「後は部活に戻っていいからなー」
「教授、オレも部活戻っていいですか?」
「おお。緑間か。構わないぞ」
「ありがとうございます」
「レア写真が撮れましたね。中谷教授」
 赤司がふふふ、と笑った。
「ああ。これは焼き増しして売ろう」
「それが教授の言うことですか……」
「バスケ部も部員が増えて大変なんだよ……」
 マー坊もいろいろ苦労してるんだなぁ……バックに縦線入ってるよ。
「おい、ちょっと、かずなり」
「はーい。なぁに? 真ちゃん」
「お前も参加しないか? バスケ」
「え? オレ見てるよ」
 真ちゃんの3Pシュートは美しい。だから、見ていたい。そりゃ、プレイもしたいけど……。
「オレ、真ちゃんの3Pが見られればいいや」
「かずなり……」
 真ちゃんの口元が綻ぶ。
「じゃあ、まず柔軟でもやってみる? 猫獣人だから、体は柔らかいんじゃないかしら。私もたかお君のプレイは見たい気もするけど」と、リコさん。
「わかった。真ちゃん、柔軟やろ、柔軟」
「あ……ああ」
 柔軟がどんなことをやるのか、オレにも大体わかっている。真ちゃんの見てるもん。オレは真ちゃんと一緒に体をほぐす。……ふぅ。――さてと、今度は前屈ー。
 綺麗に磨かれた床に上半身がぺったり。この体育館を綺麗にするのもオレ達の仕事なのだよって、真ちゃんが前、得意そうに教えてくれた。
「かずなりは本当に体が柔らかいな」
「だって――オレ、元猫だもん」
「そうだったな」
 真ちゃんが頷いた。赤司が来て言った。
「かずなり。君が元猫だったことは公言しない方がいい。君が突然変異の獣人だとしれたら、君の為にならない。その身が危険に晒されるかもしれないからね」
「なして」
「獣人を拉致して実験動物にしている輩もいる。僕はかずなりや真太郎にそんな目に合わせたくない」
「オレは今日だけなのだよ。後は何とでも言い抜けできるのだよ」
 と、真ちゃん。オレ達は小声で喋っている。赤司はどうしてオレが元猫だったことを知ってるんだろう。
「赤司はオレが猫だったこと、どうして知ってんの?」
「ああ――前に真太郎が大声で騒いでいたからね。おかげで部員達は皆知ってるよ。信じるか信じないかはともかくとしてね。でも、今回真太郎が獣人になったことで、信憑性も上がったんじゃないかな」
「な……! 騒いでなどいないのだよ」
「天使が集まってるわ……」
 少し離れたところでリコさんがそう言ったが、オレはどこに天使がいるのかわからなかった。心が純粋じゃないと天使に会えないのかなぁ。オレ、いい子じゃないから。だから、見えないのかなぁ。天使……。うー、見たいなぁ……。
「それから中谷教授」
 と、赤司がさっきよりやや声を張り上げる。
「んー?」
「少し考えたんですが、やはり写真は僕達部員の間で眺めるだけなら構わないと思うけど、外にばら撒くのは止した方がいいかもしれませんね」
「え……そうか……しかし、バスケ部で写真を撮ろうと提案したのは君だろう?」
「こんなに萌える写真が出来ようとは思わなかったんです。それに猫獣人は――」
 赤司とマー坊のセリフでオレは思った。もしかしたら写真に天使が写っているのかもしれない。萌えるって何だかわかんないけど、綺麗とか可愛いという意味なんだろうな。
「マー坊ー、赤司ー、さっき撮った写真に天使写ってたー?」
 オレはとてとてと近付いて行ってマー坊達に話しかける。赤司は頷いた。
「ああ。いっぱい写ってるとも」
「ふーん……」
 赤司とマー坊はスマホや動画を見せてくれた。しかし、どんなに凝視しても、天使はどこにも写っていなかった。リコさんや桃井サンといった女の子達は可愛いけど。
「赤司とマー坊の嘘吐き! 天使いないじゃん!」
 そうして、怒っているんだぞ、と言いたくて、頬を膨らませて見せる。
「か……可愛い……」
「癒しですね、教授……」
 天使といえば――
「そうか! 真ちゃんだ! 真ちゃんが天使なんだ!」
「教授、どうしよう……かずなりが可愛くて生きているのが辛い……光樹は別格だけどね……」
「同感だな。私もだよ……」
 赤司もマー坊も何が言いたいんだろう。オレは首を傾げた。二人とも何だか震えている。
「まぁ、ここで写真の流出を差し止めても、後で動画とかで流れるんでしょうけどね……隠し撮りとかもあるだろうし」
「君も隠し撮りしていただろう。ああ……私はたかお達の身の安全が心配だよ……」
 赤司とマー坊はまたオレには意味のわからないことを話し合っていた。
「まぁ、たかおも充分天使だとも」
「オレ、天使じゃないよ。猫獣人だよ。何言ってんのさ、マー坊」
「かずなり……」
「あ、真ちゃん」
 真ちゃんは体はおっきいけど、やっぱり天使だなぁ……。
「すみません。教授。こいつの管理はオレがきっちりやっておきますんで」
「ああ……頼んだよ。少々羨ましいが」
「真太郎。かずなりは真太郎が天使だと言ってたよ」
「聞こえてたのだよ。しかし、生憎と、オレは天使ではない」
 真ちゃんはそう言ってたけど、オレには天使に見えるんだよ、真ちゃんは。オレにはかずなりが天使に思えるのだよ、と真ちゃん。嬉しいけど――真ちゃんが天使じゃないなら、オレだって天使じゃないよ。さっきマー坊にも言ったけど、今のオレは猫獣人だもん!

2017.5.31

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